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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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味が違う

 翠微が初めて一人で地養した穀物が、実った。


 秋の風が修行場を渡り、黄金色に色づいた穂先を揺らしている。修行用の小さな畑で——冬小麦ではなく、翠微が特別に世話をしてきた一画のあわだ。麗華の指導のもとで霊脈に力を注ぎ、翠微自身の「聞く」力で穀物の声に応え続けた成果が、黄金色の穂先になって実を結んだ。


 収穫の日。


 翠微が鎌を手に畑に立った。手が震えている。


「先生。刈っていいですか」


「お前の畑だ。お前が刈りなさい」


 翠微は深呼吸をして、鎌を振った。


 ざく、と音がした。一束の粟が手の中に収まる。穂先が朝日を受けて輝いている。


「……重い」


 翠微が呟いた。たった一束の粟が、手の中でずしりと重い。


「実が詰まっている証だ」


 麗華が隣に立ち、穂先を指で確かめた。粒が大きく、はち切れそうなほど膨らんでいる。通常の粟よりも明らかに実りが良い。


 翠微は残りの粟も丁寧に刈り取った。小さな畑だ。全部で両手に抱えるほどの量しかない。だがその一束一束を、翠微は宝物のように抱えて穀倉に運んだ。


 午後。


 麗華の居室。


 翠微が自分で粟を脱穀し、洗い、土鍋に水と一緒に入れた。


「先生。あたしが炊いていいですか」


「ああ」


 翠微は火を起こし、土鍋を乗せた。麗華が見守る中、蓋から湯気が立ち始める。粟の甘い香りが部屋に広がった。


 炊き上がりを待つ間、翠微はそわそわしていた。膝の上で指を組んだり解いたりしている。


「緊張しているのか」


「だって——先生に食べてもらうんですよ。あたしが育てたお米を」


「粟だが」


「あ。粟です」


 蓋から泡が噴き出しそうになり、翠微が慌てて火を弱めた。そこからはじっくりと蒸らす。麗華が教えた通りの手順で、丁寧に。


 蒸らし終わり。部屋の中に穀物の甘い香りが充満している。翠微の頬が紅潮し、目が期待と不安で揺れていた。


 翠微が蓋を開けた。


 ふわりと——甘い湯気が立ちのぼった。粟の粒がつやつやと光り、一粒一粒がふっくらと膨らんでいる。


 翠微が小さな椀に盛り、麗華の前に差し出した。


「食べてみてください」


 手が震えている。


 麗華は椀を受け取った。匙ですくい、一口。


 舌に触れた瞬間——麗華の目が見開かれた。


「……味が違う」


「えっ」


「私のとは——味が違う」


 麗華は二口目を食べた。三口目を食べた。


 麗華が地養で育てた粟は、力強い味がする。大地の恵みが凝縮されたような、しっかりとした甘みと香り。噛むほどに味が出る、骨太な穀物の味。


 翠微の粟は——違った。


 澄んでいる。


 甘みはある。しかしその甘みが透き通っている。余計な雑味がなく、粟そのものの味がまっすぐに舌に届く。喉を通ると、体の奥に染み渡るような——清らかな余韻が残る。


「先生……おいしくないですか?」


 翠微が不安そうに覗き込んでいる。


「おいしい」


 声が掠れた。自分でも驚くほどに。


 麗華は正直に言った。


「おいしい。だが——私が育てた粟とは、根本的に味が異なる。同じ品種、同じ畑、同じ水で育てたのに」


「違うんですか?」


「私の粟は力強い。お前の粟は——澄んでいる」


 翠微は首を傾げた。


「術者の個性が——穀物に宿るのかもしれない」


 麗華は椀を卓に置き、翠微を見つめた。


「お前は穀物に力を注ぐとき、話しかけていただろう」


「はい。聞こえますかって」


「私は——命じる。力を注げ、育て、と。お前は——お願いしている」


 翠微が目を丸くした。


「そうなんですか? あたし、お願いしてるだけなのに」


「それが違いだ。お前の地養は、穀物に寄り添っている。だから穀物が素直に応える。結果として——味が澄む」


 同じ米なのに、術者の在り方で味が変わる。


 麗華は感動と——微かな嫉妬を覚えた。嫉妬というほど強くはない。だが自分にはできないことを、この十四歳の少女がやっている。それは——認めざるを得ない。


(この子は私を超えるのではない。私とは違う道を行くのだ)


「先生。あたしの粟は——合格ですか」


「合格だ」


 翠微の顔がぱっと輝いた。


「やった!」


「ただし」


「はいっ」


「もう一椀、食べさせなさい。確認のために」


「は、はいっ!」


 翠微が慌てて二杯目を盛った。麗華はそれを受け取り、ゆっくりと食べた。


 二杯目も同じだった。澄んだ甘み。清らかな余韻。翠微の「聞く」力が、穀物の味として結実している。


 窓の外で——夕陽が修行場の畑を赤く染めていた。翠微が育てた粟の穂が、最後の一束まで刈り取られた畑は空っぽだ。だがその空の畑に、麗華は未来を見た。


 この子は——きっと、麗華がまだ知らない地養術の形を、見せてくれる。


 翠微が嬉しそうに笑いながら、残りの粟を小さな袋に詰めた。


「先生。この粟、おじいさまにも食べてもらいたいです」


「ああ。持っていきなさい。きっと喜ぶ」


 翠微が袋を抱えて走っていった。老太爺の居室に向かう後ろ姿が、午後の光の中で小さく跳ねている。三つ編みが背中で揺れ、農家育ちの足が軽快に石畳を蹴っていく。


 麗華は空の椀を手に取った。椀の底に、粟の粒が数粒残っている。匙ですくって口に入れた。


 澄んだ甘み。翠微の粟の味が、舌の上に残っている。


(この子が育てた穀物は——私のものとは違う。だが劣っているのではない。違う道を行っているのだ)


 師として、それは誇らしかった。だが同時に——微かな寂しさもあった。翠微が自分と同じ道を歩いているうちは、麗華が導ける。だが翠微が独自の道を歩き始めたら——麗華は道標ではなくなる。


(それでいい。師が弟子より先にいる必要はない。大切なのは——この子が自分の足で歩けるようになること)


 麗華は椀を洗い、棚にしまった。


 窓の外で——夕陽が修行場の畑を赤く染めていた。


 味の違いは、術の違い。そして術の違いは——翠微の力が持つ、まだ見えない可能性を示している。


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