皆で食べる飯
翠微の「卒業試験」の成果を皆で食べよう——と麗華が提案した翌日、五人が食卓を囲んだ。
麗華の居室。普段は二人か三人で食事を取る小さな卓に、今日は椅子が五つ並んでいる。
鳳老太爺。陸暁風。柳春蘭。そして翠微。
翠微が一人で地養して育てた粟を中心に、麗華が腕を振るった献立が卓に並ぶ。
翠微の粟で炊いた白飯。麗華が作った筑前煮風の根菜煮物——蓮根と牛蒡と人参を、鶏の出汁で甘辛く煮込んだもの。老太爺が秘蔵していた自家製の漬物——蕪の塩漬けに胡麻を振ったもの。春蘭が蒸した川魚——鳳凰領の清流で獲れた鮎を、薄い塩で蒸し上げ、生姜と葱を添えた一品。
「翠微。お前が育てた穀物で、皆に食べてもらいなさい」
麗華がそう言うと、翠微は緊張で顔を真っ赤にした。
「は、はい」
翠微が飯椀に粟の飯をよそう。手が震えている。一人分ずつ丁寧に盛り、五つの椀を卓に並べた。
最初に箸をつけたのは、老太爺だった。
椀を手に取り、一口。
ゆっくりと咀嚼し——目を閉じた。
「……うむ」
それだけだった。だがその「うむ」には、深い肯定が込められていた。皺深い顔に、かすかな笑みが浮かんだ。
春蘭が続いた。
「翠微ちゃん。これは——」
春蘭は普段、食に関して大袈裟な反応をしない女だ。その春蘭が、目を見開いている。
「味が……澄んでいますね。お嬢様の穀物とは——趣が違います」
「春蘭にも分かるか」
「はい。お嬢様の穀物は力強い。翠微ちゃんのそれは——清水のような」
翠微の目がきらきらと輝いた。
暁風が箸で飯をすくい、一口。
箸が止まった。
いつものことだ。暁風は麗華の料理を食べるとき、最初の一口で必ず箸が止まる。味に感動しているのだ。だが今日は——いつもより長かった。
「……旨い」
暁風が呟いた。
「旨いぞ。これは」
「ありがとうございますっ」
翠微が弾けるように笑った。
麗華も自分の椀に箸をつけた。昨日食べたときと同じ——澄んだ甘み。清らかな余韻。翠微の粟は、麗華のものとは明確に味が違う。
「よくやりました」
麗華が微笑んだ。
穏やかな笑みだった。後宮仕込みの計算された笑みではなく、弟子の成長を純粋に喜ぶ——師としての笑顔。
暁風の箸が、もう一度止まった。
今度は飯ではなく——麗華を見ていた。
麗華のその笑顔に、暁風は不意を突かれたのだ。
いつもの麗華は、笑顔の裏に知略を隠している。穏やかに見えて、三手先を読んでいる。だが今の笑顔は——何も隠していない。純粋に嬉しそうで、誇らしそうで、少しだけ寂しそうで。
暁風は目を逸らした。
飯を一口。根菜の煮物を一口。蒸し魚を一口。黙々と食べた。
(——何だ、今の)
心臓が跳ねた。理由が分からない。旨い飯を食っているだけなのに。
「暁風殿。お代わりはいかがですか」
翠微が椀を差し出した。暁風は「ああ」と短く答えて、二杯目を受け取った。
食卓の会話は穏やかに続いた。
「翠微。お前の粟は——わしの若い頃に食った穀物に似ておる」
老太爺が言った。
「おじいさまの若い頃?」
「うむ。霊脈がまだ豊かだった時代の穀物は——もっと澄んだ味がしておった。力で押し付けるのではなく、大地と共に在るような味。お前の粟には、その片鱗がある」
翠微の目に涙が浮かんだ。
「おじいさま。あたし——」
「泣くな。飯が塩辛くなる」
「はいっ」
翠微が袖で涙を拭いた。だがすぐにまた涙が溢れた。
「皆で食べるご飯が——一番美味しいです」
その言葉に、食卓が静かに温まった。
春蘭が微笑み、老太爺が茶を啜り、翠微が飯を頬張る。暁風は黙って三杯目を食べている。
麗華はその光景を見渡した。
(これが——継承の実りだ)
翠微が育てた穀物を、皆で食べている。食卓が人を繋ぎ、食が命を繋ぐ。鳳家の秘伝は——独占するためのものではなかったはずだ。
「先生。おかわりどうぞ」
翠微が四杯目の飯を暁風に差し出そうとして、麗華の分を先に盛った。
「先生から」
「ありがとう」
麗華が椀を受け取った。
暁風はその瞬間——麗華が翠微から飯を受け取る、ただそれだけの所作を——じっと見ていた。
師匠の表情。弟子の笑顔。受け渡される椀。
暁風は自分の椀に視線を落とした。
(……俺は、何を見ている)
答えは出なかった。だが胸の奥で、名前のない感情が——小さく脈打っていた。
食後。
翠微が食器を片付けようとすると、春蘭が「あなたは今日の主役でしょう。座っていなさい」と止めた。老太爺は茶を飲みながらうとうとしている。
暁風が密書の支度のために席を立った。
帝都の皇帝に送る定期報告——最近はすっかり「鳳凰領の日常報告」になっているそれに、暁風は一行を書き加えるだろう。
「沈翠微という少女が、地養術の後継者として成長している」
暁風にはまだ分からなかっただろう。その一行が——いずれ帝都の朝廷の認識を変える、小さな種になることを。
夕暮れ。
皆が去った後、麗華は一人で食卓に座っていた。空の椀が五つ、卓の上に並んでいる。
翠微の粟飯の残り香が、まだ部屋に漂っている。
(五人で食べた飯——)
後宮にいた頃、食卓は常に一人だった。貴妃の位にあっても、食事は孤独なものだった。侍女が給仕し、毒味役が先に口をつけ、麗華は一人で食べた。
鳳凰領に帰って——それが変わった。
春蘭と二人で食べ、暁風が加わり、翠微が来て、老太爺が顔を出す。食卓に人が増えるたびに——飯の味が変わっていく。
同じ穀物、同じ調理法でも——誰と食べるかで味が変わる。
それは地養術の理論では説明できない。だが麗華は確信していた。食卓とは——人と人を繋ぐ場所だ。食は武器にもなるが、本来は——人を繋ぐためにある。
(この食卓を——守りたい)
麗華は空の椀を一つずつ片付けた。洗い、拭き、棚にしまう。
五つの椀がきちんと並んだ棚を見て——麗華は微笑んだ。明日もここに、皆の飯を用意しよう。




