二人目の光
報せは、鳳凰領の北の村から届いた。
秋も深まった午後のことだった。麗華が翠微の修行記録を帳面に書き留めている最中に、春蘭が足早に入ってきた。
「井戸掘り中に光る石を見つけた少年がいる」
春蘭が持ってきた知らせに、麗華は筆を止めた。墨が帳面に一滴落ち、黒い点が広がった。
「光る石?」
「はい。村の者によると、井戸を掘っていた少年が岩盤に突き当たり、鶴嘴を振り下ろした瞬間に石が緑色に光ったと。少年の手も一瞬光り、周囲の大人たちが腰を抜かしたそうです」
麗華の胸が高鳴った。
「行く。春蘭、馬を用意して」
「はい。翠微ちゃんは」
「今日の修行は自主練にさせる。一人で行く」
鳳凰領の北の村までは、馬で半刻ほどの距離だ。秋の風が冷たくなり始めた街道を駆け、麗華は村に着いた。
村長が出迎えた。恰幅のよい中年の男で、日に焼けた顔に困惑の色を浮かべている。麗華を見ると深々と頭を下げた。
「鳳家のお嬢様。わざわざお越しいただき——」
「少年は?」
「こちらです」
井戸掘りの現場に案内された。村の外れ——畑と林の境目にある一画で、新しい井戸の穴が掘られている。
少年が穴のそばに座っていた。十二、三歳だろうか。日に焼けた肌に、がっしりとした体つき。農家の息子らしい。麗華を見ると、びくりと身を竦めた。
「あなたが——石を光らせた子?」
少年は泥にまみれた手を膝の上で握りしめている。怯えた目。自分が何か悪いことをしたと思っているのだろう。
「は、はい。あの……怒られますか」
「怒らない。名前は?」
「張……張宝泉です」
「宝泉。その石を見せてくれるか」
少年が穴の中から拳大の石を取り出した。灰色の普通の石に見える。だが麗華が手に取ると——微かに温かかった。
霊脈の露頭に近い場所の石だ。表面はざらついているが、手のひらに触れる面だけが滑らかに磨かれている。霊脈の力を僅かに帯びている。
「これに触ったとき、光ったのか」
「はい。鶴嘴で叩いたら、ぱあっと」
「もう一度、触ってみてくれ」
少年が恐る恐る石に手を伸ばした。指先が石の表面に触れた瞬間——
光った。
微かだが、確かに。少年の指先と石の表面が、淡い緑色の光を放った。翠微のような鮮やかな翡翠色ではない。薄い、朧げな光だ。
「……」
麗華は少年の手を取った。石から離して、今度は地面に触れさせる。
「何か感じるか」
「えっと——あったかいです。地面が」
「それだけか」
「あと……何か流れてる感じがします。水みたいな」
翠微ほどの鋭さはない。だが——確かに霊脈を感知している。
(翠微だけではなかった——素質者は、探せばいるのだ)
井戸端の空気が一瞬、甘い土の匂いを含んだ気がした。霊脈の近くでは、空気すらも違う。
麗華の中で何かが揺らいだ。
鳳家の秘伝を「門外不出」として守ってきた数百年の歴史。その前提が——一人の少年の手のひらで、静かに崩れ始めている。
「宝泉。お前は——特別な力を持っている」
「特別?」
「大地の力を感じ取れる。それは珍しい力だ」
少年の目が丸くなった。隣で村長が口をぽかんと開けている。
「あの……鳳家のお嬢様。この子は何か悪いことを」
「悪いことではない。良いことだ。ただし——この力のことは、しばらく村の中だけに留めてほしい」
「は、はい」
麗華は村長に幾つかの指示を出し、少年の家族と話をした。宝泉の父は寡黙な農夫だったが、「息子に何かできることがあるなら」と深く頭を下げた。宝泉は不安と期待が混じった顔で麗華を見上げていた。
村を出た。
帰りの馬上で、麗華は考えていた。
(翠微だけではなかった)
宝泉の素質は翠微ほど強くない。だが確かに霊脈を感知している。つまり——鳳凰領の中に、地養術の素質を持つ者が複数いる可能性がある。
鳳家は代々、秘伝を一子相伝で守ってきた。素質のある者が鳳家の血筋にしか現れないから——そう信じてきた。
だがそれは本当か?
老太爺の言葉が蘇った。
「百年以上前、鳳家の外にも術者がいた時代があった」
「書かれなかったのではない。消されたのだ」
素質者は鳳家の外にもいた。百年前までは。そして百年前に——「いなくなった」。
(いなくなったのではなく——見つけられなくなったのだ)
霊脈震で大地が荒れ、霊脈が衰えた。素質者がいても、弱まった霊脈では力が発現しにくい。鳳凰領だけが霊脈を保っているから——鳳凰領の中でなら、素質者が見つかる。
(秘伝を独占してきたのではなく——他に術者がいなくなっただけだったのか。鳳家が門外不出を守ったのではなく、門の外に人がいなくなったのだ)
帰りの馬上で、秋風が頬を撫でた。鳳凰領の門が見え、城壁の向こうから炊飯の煙が何本も昇っている。夕餉の支度が始まる時刻だ。
鳳凰領に戻った麗華は、翠微に報告した。
「翠微。お前と同じ力を持つ者が——他にもいた」
「えっ」
「北の村の少年だ。お前ほど強くはないが、霊脈を感じ取れる」
翠微の目が大きくなった。
「あたしだけじゃなかったんですね」
「ああ。お前だけではない。素質者はいたのだ。ずっと。ただ——見つける者がいなかっただけで」
翠微は少し考え込んでから、ぽつりと言った。
「先生。嬉しいです」
「嬉しい?」
「あたし一人じゃないんだって思ったら——なんか、ほっとしました」
麗華は翠微の頭を撫でた。
「お前は一人ではない」
その言葉は——翠微だけでなく、麗華自身にも向けられていた。
村で出された昼食のことを思い出した。野菜の煮物と黍飯。宝泉が「この井戸の水で炊くと旨いんです」と笑っていた。霊脈の近くの水は、穀物の味を変える。少年はそれを——無意識に知っていた。
(素質者が複数いるなら——なぜ鳳家は秘伝を「独占」してきたのか)
老太爺の「消された」という言葉が、再び頭をよぎった。




