三人目
さらに素質者が見つかったのは、その三日後だった。秋晴れの空に鳶が輪を描き、鳳凰領の田畑が黄金色に輝く昼下がりのことだ。
南の集落から「うちの孫も不思議な力がある」と申し出があった。北の村の宝泉の噂が——麗華が口止めしたにもかかわらず——隣の集落に漏れたらしい。
「お嬢様。噂の広がりが早いです」
「止められなかったか」
「農村の口伝えは春蘭の情報網より速いようで」
春蘭が苦笑した。
麗華は翠微を伴い、南の集落を訪れた。
集落の入り口で老農夫が出迎えた。背の曲がった白髪の老人で、手には竹の杖を握っている。
「鳳家のお嬢様。孫を見てやってくだされ」
「お名前は?」
「孫は——呉の小蕊と申します。十の歳でございます」
小さな家の中庭に、女の子が座っていた。翠微よりも幼い。痩せた体に大きな目。祖父に似て肌が浅黒く、農家の子供らしい。
「こんにちは」
小蕊が小さく頭を下げた。
「宝泉の話を聞いたのか。お前も——何か不思議なことがあるのか」
「おじいちゃんの畑で——手が光ることがあるの。小さいときから」
麗華は小蕊の手を取った。小さな手だ。霊脈の露頭までは遠いが、庭の土に手を当てさせてみる。
微かに——本当に微かに——指先が光った。
宝泉よりもさらに弱い。だが確かに、霊脈への反応がある。
「翠微。何か聞こえるか」
翠微が小蕊の隣に膝をつき、同じ土に手を当てた。
「……この子の力、あたしに似てます。聞くほうの力です。でも、すごく小さい。芽が出たばかりみたいな」
「十の歳なら、これから伸びる可能性がある」
「はい」
麗華は老農夫に事情を説明した。小蕊には地養術の素質がある。まだ微かだが、育て方次第で開花する可能性がある。
老農夫が目を潤ませた。
「この子は昔から——畑に入ると元気になるんでございます。体は弱いんですが、畑にいるときだけは顔色がよくなって。不思議な子だとは思っておりました」
「不思議ではありません。この子の体が、大地の力に応えているのです」
小蕊が不安そうに麗華を見上げた。
「あたし——変じゃないの?」
大きな目が不安に揺れている。この年頃の子供にとって「他の子と違う」ことは恐怖でしかない。
「変ではない。特別だ。お前の力は——大切なものだ」
小蕊の目に、安堵と——小さな誇りが浮かんだ。
帰り道。秋の斜陽が街道を赤く染め、二人の影が長く伸びていた。
翠微が隣を歩きながら、ぽつりと言った。
「先生。あたしだけじゃなかったんですね。本当に」
「ああ。宝泉、小蕊——鳳凰領の中にも素質者がいた。探せば、もっと見つかるかもしれない」
「なんで今まで誰も見つけてくれなかったんでしょう」
翠微の声は、責めるような調子ではなかった。純粋な疑問だ。
麗華は答えに窮した。
(なぜ——見つけなかったのか)
鳳家は代々、地養術を門外不出としてきた。外に素質者がいるかどうかを探す理由がなかった——いや、探すことを避けてきたのかもしれない。外に素質者がいると認めれば、秘伝の独占という前提が崩れる。
「……見つける者がいなかっただけだ」
麗華はそう答えた。嘘ではない。だが全てでもない。
「先生」
「何だ」
「あたし——嬉しいです。あたしと同じ力を持つ子が、他にもいるって」
「ああ」
「でも——ちょっと悔しいです」
「悔しい?」
「宝泉くんも小蕊ちゃんも、ずっと一人で力を持ってたんです。誰にも分かってもらえなくて。あたしだって——先生が見つけてくれなかったら、ずっと『変な子』のままでした」
翠微の目が真っ直ぐに麗華を見た。
「だから——もっと見つけたいです。同じ力を持ってて、誰にも気づいてもらえてない子を。一人ぼっちで不安な思いをしてる子を」
麗華は足を止めた。
翠微の言葉が、胸に刺さった。
(この子は——私が考えるよりも、ずっと先を見ている)
「先生?」
「……ああ。見つけよう。お前の力で、見つけなさい」
翠微が笑った。強い笑みだった。もう怯えていない。自分の力の意味を、自分の言葉で語れるようになっている。
集落で出された昼食のことを思い出す。芋と山菜の炊き込み飯。小蕊の祖父が「ばあさんが育てた芋は甘い」と笑い、小蕊が「おばあちゃんの芋は世界一」と胸を張った。
素質者の手が育てた食材は——たとえ自覚がなくても——味が変わる。小蕊の祖母もまた、微かな素質を持っていたのかもしれない。
帰路、馬上で麗華は考えた。
鳳凰領には素質者がいる。翠微、宝泉、小蕊。もっといるかもしれない。百年前には鳳家の外にも術者がいたと老太爺は言った。
なら——「秘伝を閉じた」理由は何だ。
素質者が外にもいるなら、秘伝を独占する意味はない。むしろ共有すべきだったはずだ。
(なぜ閉じた。何のために——「守るためではない」なら、何のために)
馬の背で揺られながら、翠微の言葉が頭を離れなかった。
「なんで今まで誰も見つけてくれなかったんでしょう」
この問いには——答えなければならない日が来るだろう。鳳家の秘伝が「門外不出」とされてきた理由。外の素質者が「いなくなった」理由。全てが繋がる日が来たとき、麗華はその答えを持っていなければならない。
(祖父様が知っている。いや——祖父様だけが知っている)
老太爺の「消されたのだ」という言葉。「また今度だ」と口を閉ざした苦しげな表情。百年前の秘密を——祖父は一人で背負ってきた。
鳳凰領の門が見えてきた。
門番が「お帰りなさいませ」と頭を下げる。秋の夕暮れが領地を茜色に染めている。畑から帰る領民の声が、穏やかに響いていた。
秋の風が、馬の鬣を揺らした。鳳凰領の田畑が黄金色に広がっている。どこかの畑で農夫が鎌を研ぐ音がする。子供の笑い声が風に乗って聞こえ、炊飯の煙が夕空に白い筋を引いていた。その美しい光景の下に——まだ見えない秘密が眠っている。




