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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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謝罪使節

 鳳凰領に、再び使節が来た。秋の終わりの澄んだ空の下、街道に砂塵が上がるのが遠くから見えた。


 前回とは格が違った。


 城門の前に、四頭立ての馬車が止まっている。馬車の車体には金箔で朝廷の紋章が描かれ、護衛の兵が左右に整列していた。旗には「朝廷謝罪正使」の文字が墨痕鮮やかに記されている。


「正式な謝罪使節、ですか」


 麗華は城門の楼閣ろうかくから、使節の到着を見下ろしていた。隣に春蘭が控え、半歩後ろに暁風が立っている。


「前回とは装いが違いますね。礼装です。しかも護衛の兵まで——」


 春蘭が目を細めた。


「格式を整えてきたわ。陛下の意思ね」


 麗華は階段を降り、城門に向かった。足取りは穏やかだった。歓迎でも拒絶でもない、「対等の主」としての出迎えだ。


 城門が開いた。


 先頭に立っていたのは、白髪の老人だった。礼部の長老格——陳秉文ちん・へいぶん。かつて先帝に仕えた重臣で、清廉で知られる人物だ。趙文昌の派閥には属さず、朝廷の良心と呼ばれていた。引退していたが、今回の使節のために呼び戻されたのだという。


「鳳麗華どの。お初にお目にかかります。朝廷謝罪正使の陳秉文でございます」


 老人は深く一礼した。形式ではない、真摯な敬意が込められた礼だった。


「陳大人。遠路お疲れさまでございます」


 麗華が応じた。穏やかな微笑み。だが内心では——


(陳秉文。朝廷の良心と呼ばれた御仁ね。趙文昌の腹心ではない。陛下が自分で選んだ人物……)


 前回の副使・張延嗣のような腹心ではない。皇帝が趙文昌を押し切って人選したことが、この一手で読み取れた。


「お部屋をご用意しております。まずはお寛ぎください」


「恐れ入ります。ただ——」


 陳秉文は背筋を正した。


「一刻も早く、お伝えしたいことがございます。本日中に、お時間をいただけますでしょうか」


「ええ、もちろん」


 客間に通した。


 前回の交渉使節に出したのと同じ格の食事を用意させた。格を変えないこと——それが麗華の外交だ。前回より上げれば歓迎になり、下げれば冷遇になる。同じ格を維持することで、「立場は変わっていない。対等のままだ」と示す。


 膳が運ばれてきた。


 鳳凰米の白飯。粒が立ち、ふっくらと炊き上がった白飯は、茶碗に盛っただけで甘い香りが漂う。蒸し魚——川魚の清蒸チンヂョン。薄く塩をした白身魚の上に、刻んだ葱と生姜を散らし、熱した胡麻油をじゅっとかけている。魚の皮が艶やかに光り、葱と生姜の香りが湯気とともに立ち上る。青菜の炒め物は彩りよく、豆腐の煮物には干し海老の出汁が効いていた。そして棗のスープ。干し棗と鶏骨を半日煮込んだ琥珀色の滋養湯だ。


 陳秉文は膳を見て、わずかに目を見開いた。


「見事な膳でございますな」


「普段のお食事です。帝都では珍しくなったかもしれませんが、鳳凰領ではこれが日常です」


 麗華は穏やかに笑った。


 陳秉文は箸を取り、白飯を一口食べた。ゆっくりと噛み、飲み込んだ。目を閉じた。もう一口。噛む速度が遅くなった。味わっているのだ。帝都では白粥と塩漬け菜しか出ない食卓で暮らしてきた老人が、久しぶりに食べる本物の白飯。米の甘みが口に広がるたび、陳秉文の眉の皺がわずかに緩んだ。


「……鳳凰米は、やはり別格ですな」


 その一言には、感嘆と、微かな悲しみが混じっていた。かつては当たり前だったものが、今は贅沢になっている。それが、この国の現実だった。


「さて、陳大人。お話とは」


「はい」


 陳秉文は箸を置き、居住まいを正した。


「陛下から預かった書状がございます」


 懐から、封蝋つきの書簡を取り出した。封蝋には皇帝の御印が鮮明に押されている。


「内容は、老臣から口頭でもお伝えいたします」


 陳秉文が咳払いを一つした。


「皇帝陛下は、鳳貴妃——鳳麗華どのの廃妃が不当であったことを認められました。蘇家と趙宰相が提出した証拠に疑義があったにもかかわらず、十分な調査を行わなかった朝廷の過失として、正式に謝罪いたします」


 春蘭が小さく息を呑んだ。


「また、鳳麗華どのの名誉回復と、貴妃への復位をお約束いたします。復位に伴い、鳳家への弾劾を全面的に撤回いたします」


 陳秉文は深く頭を下げた。


「以上が、陛下から預かった言葉でございます」


 交渉の間に、沈黙が落ちた。


 麗華は茶碗を手に取った。碧螺春へきらしゅんの香りが立つ。


 一口、飲んだ。


 長い沈黙だった。


 春蘭が麗華の横顔を窺った。暁風が部屋の隅で腕を組んだまま、麗華を見ていた。陳秉文は頭を下げたまま、麗華の言葉を待っていた。


 麗華は茶碗を卓に置いた。


「陳大人」


「はい」


「お茶のおかわりはいかがですか」


 陳秉文がゆっくりと顔を上げた。


 麗華は微笑んでいた。穏やかな、いつもの微笑み。だがその目が——何かを考えていた。


「……いただきます」


「春蘭、お茶をもう一杯」


 春蘭が動き、新しい茶が注がれた。


 麗華は自分の茶碗を両手で包んだ。温かい。碧螺春の青い香りが鼻に届く。


「陛下のお言葉、確かに承りました」


「では——」


「ただし。お返事は明日、改めて申し上げます」


 陳秉文が目を瞬いた。


「明日でございますか」


「ええ。大切なお話ですから、一晩考えさせてくださいませ。——お茶をゆっくり召し上がって、今日はお休みになってください」


 麗華は立ち上がった。茶碗の温もりが、両手にまだ残っている。


 陳秉文に丁寧に頭を下げ、交渉の間を出た。廊下に出ると、鳳凰領の夕暮れの空気が肌に触れた。どこかの家で夕餉の支度をしているのだろう、煮物の匂いが風に乗って流れてきた。


 廊下を歩く麗華の後ろを、春蘭が小走りに追いかけた。


「お嬢様。復位を受けるのですか」


 麗華は足を止めなかった。


「明日話すわ」


 その声は静かだったが、春蘭には分かった。


 ——もう、答えは決まっている。


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