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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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領地巡検

 巡検は翌日の朝から始まった。

 秋晴れの空が鳳凰領の上に広がっている。雲一つない青空の下、田畑は収穫後の落ち着いた色合いで、遠くの山々の稜線がくっきりと見えた。


 麗華れいかが案内役に指名したのは、陸暁風りく・ぎょうふうだった。


「俺が案内役だと?」


 暁風は眉を寄せた。朝食の席で麗華からそう告げられたとき、箸を止めたまま数秒固まっていた。朝食は鳳凰米の粥に、干し海老と葱の刻みを散らしたもの。暁風の碗は既に半分空いていた。


「ええ。陸将軍は監視役として鳳凰領を隅々まで見ていらっしゃるでしょう? 私よりも客観的にご案内いただけると思いますわ」


「客観的、か」


「それに——」


 麗華は茶碗を口元に運びながら、目を細めた。


「嘘のつけない方の言葉は、何よりも説得力がありますもの」


 暁風は何か言いかけて口を閉じた。反論する余地がなかった。


 巡検の一行は五人。暁風を先頭に、使節三名と春蘭しゅんらん。麗華は同行せず、屋敷で交渉の準備を進めると言った。


「では、よろしくお願いしますね、陸将軍」


 見送りの際、麗華が暁風にだけ聞こえる声で言った。


「見せたいものは全部見せてください。隠すことは何もありませんから」


(隠すことはない——か。この女は、見せること自体が武器になると分かっているんだ)


 暁風は無言で頷き、使節を連れて屋敷を出た。


 一行は馬に乗り、まず鳳凰領の南部に広がる穀倉地帯を目指した。街道は整備されており、馬車でも通れる幅がある。道の両側には農家が点在し、どの家の軒先にも干し物や備蓄の袋が積まれていた。飢えた領地の景色ではない。


 収穫を終えた田が一面に広がっている。切り株が整然と並び、その間を領民が歩いて冬前の手入れをしている。畦道あぜみちは綺麗に整備され、用水路には澄んだ水が流れていた。


「これが鳳凰領の穀倉地帯です」


 暁風が簡潔に説明した。


「秋の収穫は先月終わった。今は裏作の準備と、田の養生をしている時期だ」


「養生?」周鶴齢しゅう・かくれいが首を傾げた。


「田を休ませるんです。鳳凰領では収穫後に、こう——」


 暁風は畦道に降り、地面を手で触った。


「土に力を戻す作業をする。堆肥を入れ、水を引き、土が次の種を受け入れられるようにする。鳳家のやり方は——」


 暁風は言葉を切った。自分が何を言おうとしていたのか、気づいたのだ。


(俺は何を説明している。まるで鳳凰領の農官じゃないか)


 だが言葉は止められなかった。この数ヶ月で見てきたことが、自然と口から出てくる。


「——鳳家のやり方は、他の領地とは違う。土を痩せさせない。使い潰さない。だから毎年、安定して収穫できる」


 周鶴齢は真剣な顔で聞いていた。張文遠ちょう・ぶんえんは暁風の言葉を聞きながら、周囲の農地をじっと観察している。畑の面積、作物の種類、水路の構造——頭の中で情報を整理しているのが見える。


 昼前に、領内の村を一つ訪ねた。


 村の広場では、子供たちが駆け回り、女たちが井戸端で洗濯をしていた。男たちは畑仕事や薪割りに精を出している。どの顔にも、飢えの影はない。


「これが——廃妃の領地の村か」


 周鶴齢が呟いた。その声には驚きよりも、深い感慨が滲んでいた。


 昼食は、農地の脇に設えた簡素な食事処で取った。


 炊きたての新米を塩で握った塩むすび。漬物が三種——白菜の浅漬け、大根の甘酢漬け、胡瓜きゅうりの味噌漬け。小鉢には鶏の煮こごりが添えられている。


 質素な食事だ。宴席の豪華さはない。だがそれが——かえって使節たちの胸を突いた。


 これが日常なのだ。特別な宴ではなく、農地で働く者たちが普通に食べている食事。塩むすびの米は昨夜の宴と同じ鳳凰米で、一口かじれば甘みが広がる。漬物は新鮮な野菜を丁寧に漬けたもので、歯触りが良い。煮こごりは鶏の出汁が煮固まった素朴な品だが、口に入れると体温で溶けて旨みが広がる。


「この飯が——」


 周鶴齢は塩むすびを見つめ、声を絞り出した。


「この飯が、帝都に届かないのか」


 誰も答えなかった。


 張文遠は黙って塩むすびを食べていた。味が分からないわけではない。うまいことは分かっている。だからこそ、その表情は険しかった。


 暁風は使節とは少し離れた場所に座り、自分の分の塩むすびを食べていた。


 塩むすびを一口かじる。米の甘みが口に広がる。鳳凰領に来てから、飯の味が分かるようになった。禁軍にいた頃は、飯など腹を満たすものでしかなかった。味など考えたこともない。


 それが今は——一口ごとに甘みを感じ、噛むほどに旨みが増すことを知っている。米が変わったのか、自分の舌が変わったのか。おそらく、両方だ。


(——俺は、何のためにここにいる)


 監視役だ。鳳麗華の動向を皇帝に報告するためにいる。


 だが今日、使節に領地を案内しながら、暁風は気づいてしまった。自分の口から出る言葉が——すべて、鳳凰領を褒める内容になっていることに。


 土の手入れ。水路の整備。領民の暮らし。領民が暁風に向ける笑顔。子供たちが暁風を見て「陸様だ」と手を振る姿。


 暁風はそれを「事実」として語っただけだ。嘘は一つもない。だが事実が全て鳳凰領の素晴らしさを証明しているのだとすれば、暁風の「客観的な案内」は——実質的に、麗華の宣伝になっている。


(あの女、分かっていてやったな。俺が嘘をつけないことを知っていて、案内役を任せた。正直な人間に事実を語らせれば、それが最も効果的な宣伝になると分かっていた)


 暁風は塩むすびの最後の一口を飲み込み、遠くの田畑を見つめた。悔しいとは思わない。だが——また一つ、あの女の手のひらの上で踊らされた気がした。


 使節が帰路につく頃、張文遠だけが一人、振り返って農地の方角を見ていた。その目は——何かを計算している目だった。穀倉地帯の面積、推定される収穫量、水路の構造——全てを頭の中に叩き込もうとする、偵察者の目。


 暁風はその視線に気づいたが、何も言わなかった。


(あの男が何を見て何を報告するか——それは俺の仕事ではない。俺は俺の報告を書くだけだ)


 だがその報告に何を書くべきか——暁風はまだ、決めかねていた。


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