秋の収穫
秋。
金色の穂が風に揺れていた。
鳳凰領の辺縁部。かつて荒地だった土地で——初めての収穫の日が来た。
麗華は畑の端に立ち、風に揺れる穂を見つめていた。
冬小麦の穂。春に蒔いた種が、夏を越えて実を結んだ。
金色だった。
朝日を受けて、穂の一つ一つが琥珀のように輝いている。風が吹くたびに穂が揺れ、さわさわと乾いた音を立てる。それは——鳳凰領で最も美しい音だった。穂先の髭が光を受けて金色の糸のように輝き、穂の重みで茎がわずかにしなっている。実が充分に入っている証拠だ。
灰色だった大地が——今、実りの色に染まっている。
半年前、ここは灰と砂の土地だった。暁風と二人で鍬を振るい、種を蒔いた。握り飯を食べながら、「芽が出るかしら」と聞いた。暁風は「出る」と言った。根拠は「お前が蒔いた種だから」。根拠にならないと笑った。だが——芽は出た。伸びた。実った。
「お嬢様。準備ができました」
春蘭が声をかけた。
「ええ。——行きましょう」
収穫は領民総出だった。
この畑を知っている者——かつてここが荒地だった頃を覚えている者が、鎌を手に集まった。年寄りも、若者も、子供も。鳳凰領の民が——一斉に畑に入る。鎌の刃が朝日を受けて光り、子供たちが麦わら帽子を被って駆け回っている。
「鳳様。——本当に、ここに穀物が実ったのですね」
老農夫が目を細めた。日に焼けた顔に深い皺が刻まれている。その皺が——笑みの形に寄っている。目尻から頬にかけて走る皺は、長い年月の証だ。
「ここは儂の祖父の代に枯れた土地でした。まさか——生きているうちに、この色を見られるとは」
「あなたたちが——この土地を諦めなかったからです」
麗華が微笑んだ。
「さあ。刈りましょう」
鎌が入った。
ざくり、と穂が刈られる音。乾いた茎が鎌に切られ、金色の穂が揺れて倒れる。その音が——畑中に響く。
一束、また一束。領民たちの手が動く。笑い声が上がる。子供たちが刈り取った穂の束の間を駆け回る。老婆が孫の頭を撫でながら、「お前が生まれた年はまだ荒地だったのにね」と呟いている。
暁風も畑にいた。鎌は不慣れだが、体力で補っている。将軍の腕力で穂を刈ると、一度に三束分は刈れる。だが刃の当て方が荒い。
「暁風。鎌の持ち方が違うわよ。——こう。根元に近いところで、斜めに引く」
「こうか」
「もう少し手前に。……そう。上手になったわね」
暁風がぎこちなく穂を刈る。不器用だが、一生懸命だった。額に汗が光っている。将軍の正装からは想像もつかない姿だが——麗華はこの姿のほうが好きだった。
収穫が進む。
午後には、畑の半分が刈り取られた。金色の穂の束が、畑の端に積み上がっていく。山のように積まれた穂の束から、甘い穀物の匂いが立ち昇っていた。日に干された麦の匂い。これが——百年ぶりにこの土地から生まれた実りの香りだ。
麗華は穂の束を手に取った。
一粒の種から——一束の穂。一束の穂から——何十粒もの麦。食の循環。命の循環。鳳凰領の食卓が——ここから始まる。穂の先端に付いた髭が指先をくすぐり、粒を押すと硬く弾力がある。よく実っている。
夕刻。
収穫祭だった。麗華が厨房に立った。今日の主役は——新麦だ。
新しい麦を石臼で挽き、篩にかけ、粉を取る。きめの細かい、白い粉。手に取ると、さらさらと指の間からこぼれていく。新麦の匂いがした。焼けた太陽と、秋の風と、大地の力が混じった匂い。この粉には——半年分の雨と日差しと土の力が詰まっている。
その粉で麺を打った。手打ちの麺。水を少しずつ加えながら捏ね、生地が滑らかになるまで押し続ける。掌に力を込め、体重を乗せて押す。生地が柔らかく弾力を持ち始めると、台の上に伸ばして薄く延ばす。太さが不揃いだが、それがいい。均一でないところに——手仕事の温かさがある。包丁がまな板を叩くたびに、規則正しい音が厨房に響く。
鶏骨から取った出汁で湯を作り、麺を入れる。出汁は朝から仕込んでいた。鶏骨をじっくり煮出し、灰汁を丁寧にすくい取る。透き通った琥珀色の出汁。葱と生姜を添え、胡麻油を一垂らし。出汁の琥珀色に、胡麻油の輪が広がった。湯気が顔に当たり、鶏と葱の香りが鼻腔を満たす。
新麦の麺。収穫した穀物で作る、最初の料理。
食卓に膳が並んだ。領民たちが卓を囲む。暁風が末席に座る。春蘭が給仕する。卓の上に、湯気を上げる丼が並んでいく。麺の白。出汁の琥珀。葱の緑。胡麻油の金。色彩が豊かだ。
「いただきます」
一斉に箸が動いた。
「美味い!」
声が上がった。あちこちの卓から歓声が飛ぶ。
「この麺——噛むと甘い。麦の味がする」
「鳳様の手打ちだ。贅沢だなあ」
「出汁が美味い。五臓六腑に染みる」
「わしも食べていいかの」
老農夫が遠慮がちに三杯目をよそう。麗華が「どうぞ」と微笑むと、老農夫は嬉しそうに麺を啜った。この老農夫の祖父が、この土地が枯れるのを見た最後の世代だ。三代かかって、この土地は蘇った。
暁風が麺を啜った。箸が止まった。いつものことだ。最初の一口で目が僅かに見開かれ、それから——黙々と食べ始める。麺を啜る音が、食卓の喧騒の中でひときわ力強い。
「……美味い」
麗華が隣で微笑んだ。
「特別な味付けはしていないわよ。新麦の力よ。——この土地の力」
暁風が二杯目をよそった。三杯目もよそった。
領民たちが笑う。
「将軍様は相変わらず健啖家だなあ」
「四杯目はないのですか」
「……あるなら食う」
笑い声が食卓に満ちた。
金色の穂が風に揺れる。かつて灰色だった大地が——今、実りの色に染まっている。
麗華は食卓を見渡した。
新米の炊きたてのご飯。手打ちの新麦麺。鶏の塩焼き。蕪の煮物。冬菜の胡麻和え。そして——翠微が東の果てから送ってきた貝の干物。
全てが——この土地から。この国から。
食は命だ。そして命は——食卓に宿る。




