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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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玉蘭の一歩

 蘇家の邸宅。


 かつて帝都で五指に入る広さを誇った屋敷は、今は人気がなく、庭の手入れも行き届いていない。枯れた池の周りに落ち葉が積もり、かつて見事だった藤棚は蔓だけが空しく揺れている。池の底が見えるほど水が減り、鯉の姿はもうない。石灯籠は苔に覆われ、飛び石の隙間から雑草が伸びている。


 当主の爵位が剥奪され、主だった者が拘束された後、残ったのは傍系の年寄りと使用人のわずかばかりだった。広い廊下に足音が響くと、それだけで屋敷中に聞こえた。かつてはそんなことはなかった。侍女たちの足音、客人の笑い声、楽師の奏でる琵琶の音——それらが屋敷を満たしていた。今はただ、沈黙が満ちている。


 その邸宅の一室で、蘇玉蘭は座っていた。


 卓の上に、荒地の地図が広げてある。その傍らに、水が入った茶碗と梅干しが一つ。質素な食事だった。かつては侍女が十人がかりで支度した膳が並んでいたが、今の玉蘭にはこれで十分だった。梅干しの酸味が舌に染みた。この酸っぱさが——今の自分にはちょうどいい。甘さは要らない。甘い言葉も、甘い料理も、甘い嘘も。


 蘇家の残党を止めた後、玉蘭は帝都に留まっていた。後宮を出るでもなく、蘇家に戻るでもなく——宙ぶらりんの立場だった。承乾は連座から除外してくれた。蘇家の名は残った。だが名が残っただけでは、人は生きていけない。


 日が落ちかけた窓の外を見た。庭の向こうに、帝都の街並みが見える。屋根の上に夕焼けが広がり、茜色と紫が混じり合っている。美しい。後宮の窓からも夕焼けは見えたが、あの頃は景色を楽しむ余裕がなかった。蘇家の指示を待ち、皇帝の寵愛を保ち、麗華の動向を探り——絶え間ない緊張の中にいた。


 今は——何もない。指示もない。寵愛もない。探るべき相手もいない。


 だが今日、玉蘭は一つの決断を下した。


「蘇家の名を捨てはしない」


 誰に言うでもなく、呟いた。声が空虚な部屋に反響して消えた。


「蘇家が百年前に枯らした土地がある。——その土地を、蘇家の手で蘇らせる」


 地図の上に、荒地化が最も激しい地域が示されている。霊脈再生で進行は止まったが、まだ灰色のままの土地が広大に残っている。


 その中に——蘇家の旧領があった。


 百年前、蘇家の先代が鳳家を唆して霊脈を操作させた。その結果、蘇家自身の領地も荒地化した。因果応報というには、あまりに長い時間が経っている。だが——清算に遅すぎるということはない。百年前の罪を、百年後に清算する。蘇家が壊したものを、蘇家が直す。壮大すぎる目標だが——最初の一歩は、鍬を握ることから始まる。


 玉蘭は立ち上がった。


 蘇家の蔵に入る。残党が武器を隠していた蔵ではなく——農具を仕舞ってある蔵だ。蔵の扉は錆びた鍵がかかっていたが、力を入れると開いた。中は埃と蜘蛛の巣だらけだった。天井から吊り下げられた農具が、幽霊のように揺れている。


 埃を被った鍬と鋤。蘇家がかつて農地を持っていた時代の名残。木の柄は乾いてひび割れていたが、刃はまだ使える。百年の埃を払うと、刃が鈍く光った。蘇家が最後に農具を使ったのはいつだろう。誰も覚えていない。蘇家は策略で生きてきた。鍬を振るう必要がなかった。策略で他人の土地を奪い、他人の穀物を横取りしてきた。


 その蘇家の末裔が——自分の手で鍬を握る。


 玉蘭は鍬を手に取った。


 重かった。後宮で磨いた手には、農具は馴染まない。白魚のような指が、柄を握ると痛んだ。掌の皮膚が硬い木に擦れて、すぐに赤くなった。


 だが——持てないわけではない。


 蔵を出ると、夕日が玉蘭の顔を照らした。赤い光の中で、鍬を肩に担いだ自分の影が庭石の上に長く伸びている。後宮の寵姫だった女の影には見えなかった。それでいい。


 翌朝。


 玉蘭は帝都の東門を出た。


 蘇家の旧領に向かう。荒馬一頭と、鍬と鋤と種子の入った袋。侍女を一人だけ連れて。後宮を出た日と同じだ。最低限の荷物で、新しい場所へ向かう。だがあの日とは違う。あの日は逃げるように出た。今日は——自分の足で歩いている。誰の命令でもなく、自分の意志で。それだけで——玉蘭の心は、三年前とは比べものにならないほど軽かった。


 馬の背に揺られながら、玉蘭は帝都の街並みが小さくなっていくのを見ていた。高い城壁が遠ざかり、街の喧騒が風に消えていく。前に広がるのは——灰色がかった荒野だ。


 旧領に着いたとき、そこには灰色の大地が広がっていた。


 風が吹くと、乾いた砂塵が舞う。目に砂が入り、涙が出た。だが泣いているのではない。


 玉蘭は馬を降り、大地を見渡した。見渡す限りの荒地。枯れた木の幹が点々と立ち、空だけが広い。鳥の声もない。虫の音もない。ただ風の音だけが、荒地を渡っていく。


 玉蘭は鍬を地面に突き立てた。


 硬い。灰色の土は乾ききっている。刃が食い込まず、鍬が跳ね返された。


 だが——霊脈は通り始めている。麗華たちの儀式のおかげで、この土地にも微かな力が戻っている。踏みしめた足の裏に、かすかな温もりを感じた気がした。死んだ土地ではない。眠っている土地だ。翠微ならきっと、「この土は寝ぼけてます」と言うだろう。


「ここに——種を蒔く」


 玉蘭は鍬を振った。


 一度目は空振りした。鍬の重さに振り回され、足がふらついた。体勢を崩し、危うく転びかけた。二度目で土に食い込んだ。両手が痺れた。三度目で、小さな溝ができた。


 侍女が心配そうに見ている。


「玉蘭様……お手を……」


「大丈夫」


 手のひらが赤くなっている。明日には水膨れになるだろう。後宮の手だ。琴を弾き、書を認め、袖口で涙を隠すための手だった。だがこの手で——土を耕す。


 構わない。


 四度目。五度目。六度目。腰が痛い。肩が張る。息が上がる。汗が額から顎に伝い、土に落ちた。かつて後宮で浮かべた嘘泣きの涙より、この汗のほうがよほど正直だった。


 蘇家が枯らした土地に、蘇家の手で種を蒔く。


 それが——蘇玉蘭の選んだ道だった。


 溝に種子を一粒ずつ落としていく。何の種子か——麦だ。冬小麦。鳳凰領の品種を、市場で買った。鳳家の穀物を買うために、蘇家の蔵に残っていた銀子を使った。蘇家の金で、鳳家の種を買い、蘇家が枯らした土地に蒔く。複雑な因縁だが——その因縁を断ち切るのは、鍬を握った手だ。


「麗華姐姐の——いえ、鳳麗華の穀物を、この手で植える」


 皮肉なことだ。蘇家が鳳家を陥れた女が、鳳家の穀物をこの土地に蒔いている。


 だが——皮肉を超えた先に、意味がある。


 種を蒔き終えたとき、夕日が荒地を赤く染めていた。


 玉蘭は立ち上がり、自分が耕した小さな畑を見渡した。


 広大な荒地の中の、ほんの一畝。


 だが——自分の手で耕し、自分の手で種を蒔いた。蘇家の命令ではなく。演技でもなく。自分の意志で。


 風が吹いた。


 玉蘭の髪が揺れた。白玉の蘭花簪はもうない。素朴な銀の簪が、夕日に光っている。かつては侍女に結わせた髪を、今は自分で結っている。不器用だが、それでいい。


「……芽が出ますように」


 小さな声で、願った。


 蘇家が枯らした土地に——蘇玉蘭が、種を蒔いた。


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