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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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朝廷の刷新

 朝廷の大広間。


 文武百官が居並ぶ中、承乾が玉座から立ち上がった。朝の光が天井の梁を照らし、金箔の柱に反射して、広間全体がわずかに輝いている。埃の粒子が光の筋の中を舞い、まるで金粉が降っているかのように見えた。高い天井から吊り下げられた絹の旗が、微かに揺れている。朝議の始まりを告げる鐘の音が、まだ空気の中に残っていた。


「朕は、本日をもって瑛朝の新たな統治体制を発表する」


 広間が静まり返った。百官の衣擦れの音が一斉に止まり、承乾の声だけが高い天井に反響する。


 承乾の声は低いが、よく通った。かつてのように側近の用意した原稿を読み上げるのではなく——自分の言葉で語っている。一語ずつ噛みしめるように、だが淀みなく。原稿は用意してあったかもしれないが、手には何も持っていない。全て頭に入れてきたのだ。背筋が伸び、肩が広く見える。かつての少年皇帝は、いつの間にかこれほどの威厳を纏うようになっていた。


「第一に。宰相職を廃止する」


 ざわめきが起きた。百官の衣擦れの音が波紋のように広がる。宰相職は瑛朝の創建以来の重職であり、歴代の皇帝ですら軽々に触れなかった制度だ。それを廃止するという宣言は、朝廷の根幹を揺るがす決定に等しい。前列に座る老臣の一人が、無意識に膝の上の手を握りしめている。その隣の若い文官は、目を見開いたまま動けずにいた。


「趙文昌の失脚以来、宰相の座は空席だった。今後、宰相を置かない。朕が直接政務を執り、各部の長が朕に直接報告する体制とする」


 趙文昌に操られていた構造を、制度として排除する。二度と一人の側近に権力が集中しないように。麗華は末席からその言葉を聞きながら、静かに頷いた。この決断がどれほどの覚悟を要したか——わかる者には、わかる。宰相を廃止すれば、全ての政務が皇帝の肩にかかる。補佐する者はいても、最終判断は全て皇帝一人が下す。楽な道を選ばなかった。それが——今の承乾だ。


(この人は——知っているのだ。一人で全てを背負う重さを)


 麗華は思った。かつて鳳凰領の食糧を一人で守り続けた自分と——今の承乾は、どこか似ている。違うのは、承乾がその重さを自ら選んだということだ。誰に強いられたのでもなく。


「第二に。霊脈管理の国家事業化」


 承乾が麗華のほうを見た。視線が一瞬だけ交わり、承乾が小さく頷いた。その頷きに——「頼む」という信頼が込められていることを、麗華は感じ取った。


「地養術はもはや一家の秘伝ではない。国の事業だ。——霊脈管理院を新設し、全国の霊脈の監視・保全・修復を統括する」


「長官は?」


 官吏の一人が尋ねた。白髪の老臣で、趙文昌の時代からの生き残りだった。その目には警戒の色がある。声にはわずかな挑発が混じっていたが、承乾はそれを正面から受けた。


「鳳麗華が初代長官を兼務する。ただし長官は朝廷の官職ではなく、独立した地位とする。朝廷の指揮下に入るものではない」


 ざわめきが広がった。廃妃だった女が——国家機関の長を務める。前例のない人事だ。老臣が口を開きかけ、しかし何も言わずに閉じた。異論を唱える者はいなかった。霊脈再生を成し遂げたのが誰かは、全員が知っている。反対の声を上げれば、自分の食卓がどうなるかも。


 広間の中央を貫く日差しが、一段と強くなった。窓の格子から差し込む光が、百官の正装を照らし出す。古い制度が崩れ、新しい制度が立ち上がる——その瞬間の空気は、春の嵐の前のように張り詰めていた。


「第三に。蘇家・旧趙派の処分」


 承乾の声が厳しくなった。眉間に力が込もり、若き皇帝の顔に為政者の厳粛さが浮かぶ。広間の温度が一段下がったかのようだった。


「趙文昌は既に拘束済みだが、蘇家の処分がまだだった。百年前の霊脈操作への関与、偽証による鳳麗華の弾劾、霊脈再生の妨害——これらの罪状に基づき、蘇家当主の爵位を剥奪する。ただし——」


 承乾は一瞬、間を置いた。広間の全員が息を止めた。この「間」を作れるようになったことが、承乾の成長を物語っている。かつての承乾は沈黙を恐れていた。趙文昌の言葉で空白を埋めていた。今は——沈黙を武器にできる。


「蘇家の全員を連座とはしない。蘇玉蘭をはじめ、罪に直接関与せず、むしろ残党の鎮圧に功があった者は除外する」


 広間の隅で、玉蘭の侍女が涙を拭いていた。玉蘭本人は宮廷にいないが、この決定は彼女の未来を大きく変えるものだった。連座であれば全てを失う。だが除外されれば——自分の足で立つ余地が残る。


「第四に。人事の刷新」


 承乾が一枚の書面を読み上げた。趙文昌の息がかかった官吏の罷免。新しい人材の登用。地方から優秀な実務家を招聘する方針。名前が一つ読み上げられるたびに、広間の空気が微かに揺れた。罷免される者は顔を青くし、登用される者は驚きに目を見開いている。末席に座る若い文官が、自分の名を呼ばれて慌てて立ち上がり、衣の裾を踏んでよろめいた。それを見た隣の同僚が、こっそり衣を引っ張って助けている。


「朕は、先帝の遺言を今日ようやく理解した」


 広間が再び静まった。先帝の名が出ると、老臣たちの背筋が伸びる。白髪の老臣の目に、一瞬だけ遠い日の記憶が過ぎった。


「先帝は『鳳家を敵に回すな』と遺した。それは鳳家への恐怖ではなく——鳳家が国の生命線であるという事実を指していた。朕はそれを忘れ、過ちを犯した。今日、その過ちを正す」


 承乾の声に——迷いはなかった。


 麗華は広間の末席に座り、その言葉を聞いていた。


(この人は——本当に変わった)


 かつて三日眠れずに廃妃の詔を出した少年皇帝が、今は自分の声で国を動かしている。あの頃の承乾は、趙文昌の操り人形だった。今は——糸を断ち切り、自分の足で立っている。玉座の上の承乾の横顔に、かつての少年の面影はもうなかった。代わりにあるのは、孤独を引き受ける覚悟を決めた為政者の顔だ。


 暁風が壁際に立ち、無言で主君を見つめていた。忠義を捧げた主君が、ついに——自分の足で立っている。暁風の目に、静かな誇りが灯っているのを麗華は見た。暁風にとって承乾は主君であり、幼い日からの知己だ。その主君が成長した姿を見ることは、暁風にとっても言葉にできない感慨だったのだろう。暁風の口元がわずかに緩んでいる。あの不器用な男が見せる、精一杯の微笑みだった。


 会議が終わった後、承乾が麗華を呼んだ。


 広間を出て、隣接する小部屋に入る。窓の外には宮廷の庭園が見える。かつて後宮の女官たちが散策した小径に、今は事務方の文官が忙しく行き交っている。時代が変わった、と麗華は思った。


「霊脈管理院の設立は、お前に任せる。人選も、予算も」


「ありがとうございます。——お言葉ですが、陛下」


「何だ」


「霊脈管理は国の事業だ、と仰いましたね。それは正しい。ですが——国の事業は、国の食卓に直結します」


 承乾が目を細めた。麗華の言葉の裏を読もうとしている。かつてなら読めなかっただろう。だが今の承乾は——読める。


「分かっている」


「国の食卓を豊かにすることが、陛下の最大の仕事です。——よろしいですね」


 承乾が微笑んだ。


「脅しか」


「助言ですよ」


 二人は目を合わせて、ほんの僅かだけ——笑った。後宮にいた頃とは違う。為政者同士の、対等な笑みだった。かつて「帝都の食卓が寂しくなりませんよう」と去った女が、今は「国の食卓を豊かに」と進言している。同じ食卓の話なのに、意味が全く違う。


「一つ、聞いてもいいか」承乾が窓の外を見ながら言った。


「何でしょう」


「霊脈管理院の長官として——お前は帝都に留まるのか」


「いいえ。鳳凰領に戻ります。管理院の日常業務は帝都の副長官に任せ、私は鳳凰領から全体を統括します」


「そうか。——そのほうがいい」


 承乾の声に、僅かな寂しさが滲んだ。だがそれはすぐに消え、為政者の顔に戻った。


「鳳凰領から国を支えろ。朕は帝都から国を治める。——互いの持ち場で、最善を尽くそう」


「はい。——陛下」


 麗華は頭を下げた。深く、丁寧に。それは臣下の礼ではなく——同じ志を持つ者同士の、敬意の表明だった。


 部屋を出るとき、承乾が背中に声をかけた。


「麗華」


「はい」


「……食卓を、頼む」


 その一言に——かつて食卓を奪われた国の皇帝の、全ての想いが込められていた。


 霊脈管理は国の事業だ。個人の秘伝から、国の制度へ。それが——新しい瑛朝の姿だった。


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