残党の末路
残党の処分は、儀式と並行して進められた。
暁風の部下が東部で拘束した十名は、帝都に護送された。蘇家傍系の七名と旧趙派の三名。武装蜂起未遂と国事妨害の罪で、禁軍が身柄を確保した。首謀者の蘇維清は老齢ながら反抗の色を見せず、拘束に応じた。玉蘭に止められた直後、全ての気力が抜けたように見えた——と護送した兵は報告していた。百年分の恐怖と執念が、一度に抜け落ちたのだろう。
儀式が進行する中、麗華のもとに朝廷からの報告が届いた。
——蘇家残党の首謀者以下十名を拘束。取り調べの結果、蘇家傍系の一部が旧趙派と結託し、百年前の真相の露見を恐れて妨害を企図したものと判明。霊脈再生に対する組織的抵抗は、これをもって全て排除されたと判断する。なお、蘇玉蘭殿の功績は特記事項として記録する。
麗華は報告を読み、静かに畳んだ。
(これで——最後の障害がなくなった)
政治的な障害も、軍事的な障害も。残っているのは、術式の成否だけだ。蘇家の百年にわたる秘密の守護は——その守護者自身の手で終わった。皮肉ではあるが、それが最も正しい終わり方だったのかもしれない。秘密を守るために百年間苦しんだ者たちが、自ら秘密を手放す。それは——麗華が鳳家の秘伝を手放したのと、鏡写しだ。
翌日。
儀式はまだ続いている。各地のポイントで術者たちが霊脈の再接続を進めている。全体の完了にはあと数日かかる見込みだった。
その合間に——玉蘭と麗華は、帝都の客館で顔を合わせた。
偶然ではない。玉蘭が「話がしたい」と申し入れ、麗華が受けた形だ。春蘭なら「お嬢様、蘇家の女など追い返しなさい」と言っただろう。だが春蘭は鳳凰領にいるし、麗華には会う理由があった。
客館の小部屋。卓を挟んで、二人の女が向き合った。
窓から午後の陽が差し込み、卓の上に長方形の光を落としている。部屋には茶の匂いが満ちていた。麗華が鳳凰領の春茶を淹れたのだ。清涼な香りが、二人の間の空気を少し和らげている。茶碗から立ち昇る湯気が、窓からの光の中でゆらゆらと漂っている。
玉蘭の目には、もう憎しみはなかった。かつて後宮で麗華を陥れた女の目には、複雑な感情が渦巻いていたが、その中に憎悪はなかった。疲労と決意と、微かな悲しみが混じり合っている。
かといって——友情でもなかった。
「お座りになって」
麗華が茶を注いだ。碗から湯気が立ち昇る。玉蘭が椅子に腰を下ろす。かつて後宮で見せていた優雅な所作は健在だが、どこか力の抜けた自然さがあった。背筋は真っ直ぐだが、肩の力が抜けている。演じていない。初めて——蘇玉蘭という女が、素のまま座っている。
しばらく、二人とも黙っていた。茶の湯気だけが静かに立ち昇る。
玉蘭が先に口を開いた。
「蘇家の残党を止めたのは——私の意志です。誰かに命じられたわけではありません」
「知っているわ」
「……そう」
玉蘭が茶碗を見つめた。碗の中に映る自分の顔を見ているのか、茶の色を見ているのか。
「麗華姐姐。——いえ、鳳麗華」
「どちらでもいいわよ」
「鳳麗華。あなたに——一つだけ、聞きたいことがあります」
「何かしら」
「あなたは——蘇家を、許しますか」
沈黙が落ちた。窓の外で鳥が鳴いた。遠くから屋台の呼び声が微かに聞こえる。帝都の日常が、窓の外で続いている。
麗華は茶碗を持ち上げ、一口飲んだ。春茶の清涼な苦みが喉を通る。舌の上に微かな甘みが残る。鳳凰領の山の水で育った茶葉の味だ。
「許す、ではないわね」
玉蘭の目が揺れた。
「百年前の罪は、許すとか許さないとかいう次元の話ではない。あれは——歴史よ。鳳家も蘇家も、同じ罪を背負っている。霊脈を独占しようとしたのは鳳家の先祖、それに協力したのは蘇家の先祖。どちらも罪人で、どちらも——この国を壊した」
「……」
「あなたが今日やったことは、蘇家の罪を消すものではないわ。でも——蘇家の未来を変えるものよ。百年前の罪はもう変えられない。でも、これからの蘇家を——あなたが決められる」
玉蘭の手が微かに震えた。茶碗が揺れ、水面に波紋が広がる。
「私は——」
「あなたは、自分の足で立った。蘇家の命令ではなく、自分の意志で。後宮で蘇家の駒だった女が——自分で選んで、蘇家を止めた」
「……はい」
「それだけで——十分よ」
麗華は微笑んだ。
それは後宮の仮面でも、復讐の微笑みでもなかった。ただ、一人の女が別の一人の女に向ける——静かな敬意の笑みだった。
玉蘭の目から涙がこぼれた。
——今度の涙は、演技ではなかった。後宮で泣いてみせた玉蘭の涙は、全て計算だった。だが今の涙は——計算の外にある。頬を伝い、顎から落ちて、卓の上に小さな染みを作った。
「……ありがとう、ございます」
「お礼を言われることではないわ」
麗華は卓の上の茶菓子を玉蘭の前に押しやった。胡桃の飴煮。鳳凰領の名物だ。胡桃を砕いて蜂蜜と一緒に煮詰めたもので、甘くてほろ苦い。春蘭が「お嬢様の大切なお客様に」と持たせてくれたものだ。琥珀色に輝く飴が、光を受けてとろりと艶やかだ。
「食べて。泣いた後は甘いものがいいのよ」
玉蘭が飴煮を一つ取り、口に含んだ。
甘さが舌に広がる。蜂蜜の甘さと胡桃のほろ苦さが混じり合い、鼻に抜ける香りが温かい。噛むと胡桃が砕けて、香ばしさが口の中に広がった。素朴な甘さだ。後宮の精緻な菓子とは違う。だが——この素朴さが、今の玉蘭には沁みた。
「……美味しい」
「でしょう」
二人は茶を飲み、飴煮を食べた。
友人にはならない。なる必要もない。
だが——同じ時代に生き、同じ罪を背負う者同士として。それぞれの道を、それぞれの足で歩く。麗華は鳳家の継承者として、玉蘭は蘇家の清算者として。背負うものは違うが、前を向いて歩くことだけは同じだ。
窓の外で、帝都の鐘が鳴った。午後の刻を告げる、澄んだ音。茶碗の中の茶が微かに揺れた。
それで——いい。




