蘇家の残影
帝都の外れ。
廃屋の奥。蝋燭の明かりが揺れる中、七人の男が車座になっていた。黴の匂いが漂う小部屋に、蝋の焦げる匂いが混じっている。壁の漆喰は崩れかけ、天井の梁に蜘蛛の巣が張っている。かつては商家の離れだったのだろうが、今は誰にも使われていない。窓は板で塞がれ、外の光は入らない。蝋燭の橙色だけが、七人の顔を照らしている。
蘇家の家紋を刻んだ印章を握る老人が、低い声で言った。白髪を束ね、痩せた顔に深い皺が刻まれている。眼光だけが鋭い。
「明日、鳳麗華が霊脈再生の儀式を行う」
沈黙が落ちた。蝋燭の炎が男たちの影を壁に映し出す。影が揺れるたびに、壁の崩れた漆喰の模様が歪む。
「成功すれば——百年前の真実が、永遠に隠せなくなる」
老人は蘇家の重鎮だった。趙文昌の失脚と蘇家当主の拘束の後、かろうじて追及を免れた傍系の男だ。名を蘇維清という。先代当主の従弟にあたり、かつては蘇家の財務を担っていた。痩せた肩には、百年分の秘密の重荷が載っている。
「霊脈が再生されれば、鳳家と蘇家が百年前に何をしたかが明白になる。荒地化が人為的だったという証拠が、大地そのものに刻まれる。再接続された霊脈の断面を調べれば、人為的な操作の痕跡が読み取れるのだ」
隣の男が歯を噛んだ。蘇家の元家令だ。五十を過ぎた細面の男で、両目の下に深い隈がある。夜ごとの恐怖が、その顔に刻まれている。
「蘇家の名は——」
「地に堕ちる。永久に。百年前の罪が公式に認定されれば、蘇家の資産は全て没収され、一族は流刑だろう。——今でさえ風当たりが厳しいのに、止めを刺されることになる」
蝋燭の炎が揺れた。風が壁の隙間から入り込む。冷たい風だ。春だというのに、この部屋には温もりがない。
「それを許すわけにはいかない」
老人が印章を卓に置いた。蘇家の家紋——蓮の花を図案化した紋章が、蝋燭の光に照らされて鈍く光る。
「儀式を止める。——修復チームの一つを潰せば、全体の術式が崩れる。全ポイントの同時接続が条件だと聞いている。一つでも欠ければ、儀式は成立しない」
「どのチームを」
「東部だ。帝都から最も離れている。護衛も手薄い。しかも東部のポイントは四つあり、一つを潰すだけで全体に穴が開く」
計画は単純だった。儀式の当日、東部のチームを夜明け前に襲撃し、術者を無力化する。術式を中断させる。全ポイントの同時接続が崩れれば、儀式は失敗する。
男たちは頷いた。
「武装は」
「蘇家の旧い蔵に、まだ残っている。弓と剣を十名分。鎧はないが、相手は文官上がりの術者だ。武装した兵ではない」
「人数は」
「我々七名に加え、旧趙派の三名が動く。十名で足りる」
老人が立ち上がった。骨張った手が卓を叩く。枯れ木のような指に、なお力がこもっている。
「蘇家は百年間、この秘密を守ってきた。先代から——そしてそのまた先代から。我らが守らねば、誰が守る。百年分の蘇家の名誉を——鳳家の女ごときに潰させてたまるか」
七人の男が立ち上がった。
廃屋の扉が軋んで開き、夜の闇に紛れていく。足音が路地裏に消える。
彼らは知らなかった。
蘇家の蔵を見張っていた者がいたことを。三日前から、蔵の近くの茶屋に一人の女が通っていたことを。
帝都の裏路地を足早に歩く女がいた。
淡い藤色の外套の下に、白玉の簪はない。代わりに素朴な銀の簪が、月明かりに鈍く光っている。かつて後宮で「月光の如し」と讃えられた美貌は、疲労と痩身で翳りを帯びている。だが目だけは——鋭く、そして静かだった。頬骨が以前より際立ち、顎の線が細くなっている。後宮にいた頃の豊かな丸みは消え、代わりに刃物のような鋭さが顔に宿っていた。
蘇玉蘭は——残党の動きを、三日前から察知していた。
蘇家の傍系の中に不穏な動きがあることは、後宮にいた頃から知っていた。蘇家の情報網は崩壊したが、玉蘭自身の観察力は健在だ。後宮で生き延びるために磨いた目は、人の動きの裏にある意図を読む。
廃屋に出入りする人影。蔵への不審な訪問。旧趙派との接触。蘇維清が夜ごと帝都の外れに消えていくこと。
玉蘭はそれらを——黙って見ていた。見ながら、考えていた。
(止めなければ)
誰に言われたわけでもない。命令でもない。
蘇家の命令で動いた時代は終わった。後宮で蘇家の駒として麗華を陥れ、権力のために笑い、泣き、媚びた時代は——終わった。
今、自分の意志で動いている。
(明日の儀式を——蘇家の残党が潰す。そうなれば、蘇家の罪は更に深くなる。妨害の罪が加わり、一族は永遠に汚名を背負う。百年前の罪だけなら——まだ、償う道がある。だが今、新たな罪を犯せば)
玉蘭は足を速めた。
向かう先は——帝都の禁軍駐屯地。陸暁風のもとだ。
夜道を歩きながら、玉蘭は思った。
蘇家の名を捨てることはしない。捨てれば楽だろう。「蘇」の姓を返上し、別の名で生きる。誰にも知られず、蘇家の罪から逃れる。
だが——それでは、蘇家が犯した百年の罪から逃げることになる。
蘇家の名を背負うからこそ、蘇家の愚行を止める。蘇家の者として、蘇家の罪を清算する道を自分の足で探す。
それが——蘇玉蘭として生きるということだ。
駐屯地の門が見えた。松明の光が石壁を照らしている。門の上に掲げられた禁軍の旗が、夜風にはためいている。
玉蘭は外套のフードを下ろし、背筋を伸ばした。
門番が怪訝な顔で近づいてくる。
「止まれ。何者だ」
「蘇玉蘭です。陸将軍に——至急、お伝えしたいことがあります」
門番の目が見開かれた。蘇家の——あの蘇家の女が、自ら禁軍に来た。
玉蘭は門番の驚きを気にも留めず、真っ直ぐに前を見た。
霊脈再生が成功すれば、百年前の真実は永遠に隠せなくなる。
それを恐れる者がいた。
だが玉蘭は——もう、恐れない。恐れるべきは真実の露見ではなく、真実から逃げ続けることだ。




