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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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各地からの報告

 報告が集まり始めた。


 東部第三ポイントの成功を皮切りに、各地のチームから次々と便りが届く。鷹の早飛脚が帝都の客館に降り立つたびに、麗華の胸が跳ねた。


 麗華は客館の執務室に霊脈地図を広げ、報告が届くたびに印を付けていた。赤い印を消し、緑の印に変える。一つ、また一つ。墨を付けた筆が地図の上を走るたびに、赤が緑に塗り替わる。その小さな変化が、麗華の心を温かくした。


 東部——三ポイント中、二つ目の修復完了。残り一つは深度が深く、時間を要する見込み。しかし術者たちの士気は高い。報告の末尾に「我々は必ずやり遂げます」と書き添えてあった。伝承式で最初に手を挙げた農家の少年の字だろう。少し崩れた、勢いのある字だ。


 南部——第一ポイントの調査終了。断裂箇所の特定に成功。修復作業に着手。「土壌が予想より固く、術の浸透に時間がかかります」と報告に添えられていた。


 西部——河川域の霊脈が予想以上に複雑。水脈と霊脈が絡み合い、術式の調整が必要。進捗は遅れ気味。担当の術者が「水の音が邪魔をして、土の声が聞き取りにくい」と書いている。


 北部——草原地帯の霊脈は深度が深いが、状態は比較的良好。修復の見通しは明るい。「草の根の匂いが変わり始めました」という一文が、麗華の目を引いた。匂いの変化は霊脈が動き始めた証だ。


 鳳凰領周辺——荒地化の最前線。翠微が直接指揮し、断裂の中心に向けた準備を進行中。翠微の文は相変わらず元気だ。「あたしは元気です。土の声は日に日にはっきり聞こえます」。


 麗華は地図を見渡した。


 成功もあれば、困難もある。


 西部チームの報告には苦戦の色が滲んでいた。


 ——河川域の霊脈は想定よりも脆く、通常の術式では亀裂が広がる恐れがあります。新しい手法を試みていますが、まだ確立できていません。正直に申せば、焦りがあります。


 麗華は筆を取り、返信を書いた。


 ——焦らないこと。西部の霊脈は水脈と絡んでいるため、「育成」型ではなく「繋ぐ」型の術式が適します。以下の手順を試してください——


 細かい術式の調整方法を書き添えた。水脈と霊脈が交差する箇所では、力を一点に集中させるのではなく、広い範囲に薄く流す。水の流れに逆らわず、沿わせるように。川の水が岩を削るのではなく、岩を撫でるように。力の使い方を変えるだけで、結果は大きく違ってくる。


 理論的な助言を書き終え、もう一枚の紙を取った。


 ——それから、決して無理をしないでください。壊してしまうよりも、慎重に進めるほうがずっといい。あなたたちが無事であることが、最も大切な成果です。大地は逃げません。あなたたちの身体を第一に。


 最後に一行、追加した。


 ——食事はきちんと取っていますか。身体が冷えているなら、生姜を入れた粥が良いでしょう。現地で手に入る食材で、温かいものを。河川域は湿気が多いから、身体の芯から冷えやすい。温かい汁物を一日三度、必ず。


 文を封じ、暁風に渡した。


「西部に送って」


「ああ。——励ましの言葉も入っているか」


「当然よ。それと食事の助言も」


「……食事の助言か」


「あなたに言われたくないかもしれないけれど。食べなければ力は出ないわ」


 暁風が文を受け取り、出て行った。


 翠微からの報告も来ていた。


 ——先生。鳳凰領周辺の荒地は、やはり断裂の中心に近いだけあって手強いです。灰色の土は固くて冷たくて、最初は手を当てるのも怖かった。でも、あたしには聞こえます。土がまだ息をしている音が。微かですけど、確かに。大丈夫です。あたしがやります。あと、鳳凰領の粥が恋しいです。帝都に戻ったら先生の粥が食べたいです。


 麗華は微笑んだ。


(「あたしがやります」か。——私の口癖を、いつの間にか継いでいる)


 だが翠微の「あたしがやります」には、かつての麗華にはなかったものがある。仲間がいる、という前提だ。翠微は一人で抱え込まない。周りのチームと連携し、困ったら助けを求め、成功したら共に喜ぶ。


 それは——麗華が最も苦手としてきたことだ。翠微が自然にできることを、麗華は三年かけてようやく学んだ。


 夕刻。暁風が戻ってきて、各チームの進捗を整理した。


「全体の進捗は——間に合うペースか」


「微妙ね。西部が遅れているのが気がかりだけれど、東部と北部が前倒しで進んでいる。南部は予定通り。鳳凰領は翠微次第——」


「翠微を信じるか」


「ええ。あの子を信じるわ」


 暁風が頷いた。


「俺もだ」


 沈黙が流れた。穏やかな沈黙だった。窓から夕暮れの光が差し込み、地図の上の緑の印を照らしている。赤と緑のまだら模様が、夕日の光を受けて柔らかく輝いた。


 麗華は地図の印を見つめた。赤と緑が混在する地図。だがこの地図が全て緑になる日が——きっと来る。


 成功した者がいる。苦戦している者もいる。だが——誰も、諦めていない。二十八人の術者が、それぞれの持ち場で戦っている。一人ではなく、仲間がいるということを知りながら。


 それが、何よりも大きな成果だった。


 夜。暁風が屋台から焼き饅頭を買ってきた。紙に包まれた饅頭は、まだ湯気を立てている。油が紙に染みて、香ばしい匂いが執務室に広がった。


「食え」


「また屋台?」


「帝都の味を知りたいと言ったのはお前だ」


 焼き饅頭の皮は香ばしく、噛むと中の肉餡から肉汁が溢れた。豚肉とねぎを練り合わせた餡で、しっかりと五香粉ごこうふんが効いている。帝都の庶民の味だ。力強くて、素朴で、温かい。皮の焦げ目がぱりぱりと小気味よい音を立て、中の餡は熱くてふうふうと息を吹きかけないと食べられない。暁風が無言で水を差し出した。


「……美味しいわね。鳳凰領の饅頭とは味が違うけれど」


「ああ。こっちのほうが荒い味だ」


「荒いけれど——力が出る味ね」


 二人で焼き饅頭を齧りながら、麗華は地図を眺めた。暁風が紙に残った油を指で拭い、その指を舐めた。行儀が悪いが、暁風らしくて微笑ましい。


 点と点が——線になりつつある。


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