各地への派遣
三日間の伝承式が終わった。
二十三名の素質者たちは、基礎の基礎を身につけた。まだ術として実用に足るものではないが、全員が霊脈の存在を感じ取れるようになっていた。感覚の強さには個人差がある。農家の少年は既に微かな光を灯せるようになったが、漁村の女はまだ感知するのがやっとだ。老人は感知能力は高いが体力に限界がある。
それでいい。一人一人の歩幅が違うのは、当然のことだ。
そして今日——彼らは各地に散る。
朝。客館の前庭に、五つの小隊が整列していた。朝霧が薄く立ち込め、兵たちの吐く白い息が空に消えていく。帝都の朝は鳳凰領より冷え込む。石畳に朝露が光り、馬の蹄が滑らないよう藁が敷かれていた。
各隊に翠微が育てた先行弟子が一名ずつ付き、指導役を兼ねる。この先行弟子たちは、翠微の下で既に一年以上の修行を積んだ者たちだ。素質の強弱はあれど、全員が実戦で地養術を使える水準に達している。加えて暁風が手配した禁軍の護衛が各隊に二名。蘇家残党の脅威はまだ完全に消えていない。
麗華は前に立ち、一人一人の顔を見渡した。
農家の少年の日焼けした顔。漁村の女の潮焼けした手。老人の深い皺に刻まれた覚悟。山間部から来た娘の怯えを押し隠した目。草原の遊牧民の青年の真っ直ぐな瞳。
二十三人。それぞれの土地から来た、それぞれの人生を歩んできた人々。共通しているのは——大地の声が聞こえるということだけだ。
「これから皆さんは、瑛朝各地の霊脈ポイントに向かいます」
静かな声が朝の空気に通った。麗華の声は大きくはないが、広間の端まで届く。後宮で鍛えた発声法だ。
「任務は三つ。第一に、現地の霊脈の状態を調査すること。第二に、可能であれば霊脈の修復を試みること。第三に——現地の人々に、地養術の存在を伝えること」
素質者たちの目が真剣だった。三日前の不安はもうない。代わりに、使命感が宿っていた。
「困ったら報告を。——一人で抱え込まないこと。助けを求めることは、弱さではありません」
その言葉を口にしたとき、麗華は自分自身に言い聞かせている気がした。一人で抱え込まないこと——それは、麗華が最も苦手としてきたことだ。だからこそ、弟子たちには同じ轍を踏ませたくない。
翠微が麗華の隣で頷いた。
「先生の言う通りです。あたしも最初は一人で何とかしようとして、先生に怒られました。というか、三回怒られました。四回目はさすがに学びました」
笑い声が起きた。緊張がほぐれる。翠微にはそういう才能がある。場の空気を和らげ、人の心を開かせる才能。麗華にはない力だ。
「では——出発」
五つの小隊が、それぞれの方角へ歩き出した。
東部の穀倉地帯へ向かう隊が最初に門を出た。隊長は先行弟子の中で最も経験豊富な青年だ。農家の少年がその後ろについている。少年が振り返り、翠微に手を振った。翠微が大きく手を振り返す。
南部の山間部へ。北部の草原地帯へ。西部の河川域へ。そして——鳳凰領周辺の荒地へ。
一隊ずつ門を出ていく。蹄の音が遠ざかり、砂塵が舞い上がり、やがて静かになる。
麗華は門に立ち、最後の一隊が見えなくなるまで見送った。
暁風が隣に立っている。腕を組んだまま、遠ざかる隊列を見つめている。朝霧の中に消えていく小さな影の列を、二人は黙って見守った。
「……行ったな」
「ええ」
「一人だった作業が、二十三人になった」
「二十八人よ。先行弟子の五人を含めれば」
「ああ。二十八人、か」
暁風が腕を組んだ。考え事をしているときの癖だ。
「すごいことだな」
「まだ始まったばかりよ。——これからが本番」
「ああ。だが——もう、一人ではない」
麗華は遠ざかっていく弟子たちの背中を見つめた。朝霧が薄くなり、朝日が差し込んで、小隊の影が金色に縁取られた。
(もう、一人ではない)
その言葉が胸に沁みた。
かつて麗華は一人で鳳凰領を支えていた。地養術を使えるのは自分だけ。秘伝を守るのも自分だけ。食糧戦略を考えるのも、実行するのも、その重荷を背負うのも——全て一人。
暁風が来て、翠微が来て、少しずつ変わった。だが根本的な構造は変わらなかった。「麗華一人に依存する」構造。それが——今日、変わった。
二十八人の術者が各地に散っていく。彼らが新たな術者を育て、その術者がまた次の世代に伝える。鳳家の秘伝は、もう鳳家だけのものではない。
「暁風」
「ああ」
「見送ったら、お腹がすいたわ」
「……そこか」
「何よ、その顔。朝食がまだなのよ。見送りの準備で食べ損ねたの」
暁風が小さく笑った。この男が笑うのを見るのは、いまだに新鮮だ。鳳凰領に来た頃は、鉄面皮を絵に描いたような男だったのに。
二人は客館に戻った。厨房で麗華が簡単な粥を作った。残り物の鶏肉を細かく裂いて入れた鶏粥。葱と生姜を添えて。生姜の千切りが熱い粥に溶けて、ぴりりとした辛味が身体を温める。
二人で向き合って食べた。
「美味いな」
「あなたは何を食べてもそう言うわね」
「美味いものを美味いと言って何が悪い」
麗華は匙を止めて、粥の湯気越しに暁風を見た。
この人が隣にいる食卓は——どんな豪華な宴よりも、温かい。
「暁風」
「ああ」
「これからが、本当に忙しくなるわよ」
「ああ。覚悟はしている」
「鳳凰領のことも心配だし、各地の修復チームの報告も来る。それに——春蘭は祖父の看病で手一杯だし、帝都での政治的な根回しも必要だし」
「一つずつやればいい」
「……あなたは、いつもそうね。簡単に言う」
「簡単なことだ。——やるべきことをやる。それだけだ」
麗華は微笑んだ。
暁風の言葉は、いつも簡潔で、いつも的を射ている。政治の駆け引きは苦手だが、核心を突く力がある。
粥を食べ終え、匙を置いた。
各地に散っていく弟子たちの背中を思い返しながら、麗華は思った。
もう、一人ではない。
その事実が——何よりの力だった。




