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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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宮廷の歓迎

 宮城の門をくぐると、皇帝が自ら出迎えていた。


 正装の承乾しょうけんが、文武の官吏を従えて大殿の前に立っている。金糸の龍が刺繍された正黄の衣。頭上には冕冠べんかん。その姿は三年前よりも引き締まって見えた。少年の面影が消え、為政者の顔になっている。


 麗華が姿を現した瞬間——官吏たちの間にさざ波が走った。


 廃妃。かつて後宮を追われた女。三年間、食糧で帝都を兵糧攻めにした女。


 その女が——今、皇帝の招聘を受けて、正門から宮城に入ってきた。


 麗華は微笑んだ。


 あの笑顔だ。


 後宮で「微笑みの貴妃」と恐れられた、穏やかで優美で、そして底知れない笑顔。三年の歳月を経ても、その微笑みは一切色褪せていない。むしろ——深みが増している。後宮の処世術としての笑みではなく、修羅場を潜り抜けた者の余裕を纏った笑みだった。


 覚えている者は——背筋が凍った。


 かつてこの笑顔で食糧を止められた記憶が、官吏たちの脳裏を駆け巡る。あの優しい微笑みのまま「帝都の食卓が寂しくなりませんよう」と告げた女が、今ここにいる。


「鳳麗華殿。遠路ご苦労であった」


 承乾が正式な口調で迎えた。声に感情の揺れはない。だが、麗華を「鳳麗華殿」と呼んだ。「廃妃」とも「鳳氏」とも言わなかった。それが皇帝の態度の表明だった。


「陛下のご招聘に感謝申し上げます」


 麗華は一礼した。完璧な所作。腰を折る角度、手の位置、目線の下げ方——後宮仕込みの礼儀作法は、三年間の畑仕事を経ても錆びていない。むしろ畑で鍛えた体幹が、礼の姿勢をより美しく見せていた。


 官吏たちが麗華を見つめている。


 視線は複雑だ。好奇、警戒、気まずさ、そして——かつて廃妃を進言した者たちの恐怖。特に前列に並ぶ中年の文官たちの顔色が悪い。三年前、趙文昌ちょうぶんしょうの下で廃妃の弾劾に加担した連中だ。


 麗華はその視線を受け止めながら、大殿に向かって歩いた。


(この視線は——覚えている)


 三年前、後宮を去るとき。背中に突き刺さった視線と同じだ。


 だが、あのときの視線は「排斥」だった。追い出す者への蔑みと安堵。


 今の視線は——「畏怖」だ。追い出した相手が、より強くなって戻ってきた。


(面白いものね。追い出した相手が戻ってきたら、今度は怖いのだ)


 内心の毒舌が顔を出す。だが顔には出さない。微笑んだまま、品格を保って歩く。背筋を伸ばし、視線を真っ直ぐ前に向ける。一歩一歩が、この宮城に対する宣言だ。


 大殿までの道のりは百歩ほど。その百歩の間に、麗華は帝都の宮城の匂いを嗅いだ。


 三年前と違う匂いがした。かつての宮城は、香の匂いと料理の匂いが混じり合っていた。白檀びゃくだんの香が廊下に満ち、昼時には御膳房ごぜんぼうから焼き肉や蒸し魚の匂いが漂ってきた。後宮の女官たちが花の香をまとい、宮城全体が華やかな匂いに包まれていた。


 今の宮城は——匂いが薄い。香は焚かれているが、質が落ちている。料理の匂いはほとんどしない。華やかさが消え、代わりに石と木の素朴な匂いが目立つ。


(食が痩せれば、宮城も痩せる。——当然のことだ)


 承乾が大殿の前で声を上げた。


「諸官に告ぐ。鳳麗華殿は、朕の招聘を受けて帝都に参られた。霊脈再生事業の主導者として、朝廷と対等の立場で国事に参画していただく」


 官吏たちのざわめきが大きくなった。


「対等——?」


「廃妃ではないのか」


「霊脈再生とは——」


 声がさざ波のように広がる。三年前、この場で廃妃を進言した者たちが、今度は「対等」という言葉に動揺している。


 承乾が声を張った。


「廃妃の詔は撤回する。鳳麗華殿の名誉は回復された。——異議のある者は、この場で申し出よ」


 沈黙が落ちた。


 春の風が大殿の前を通り抜けた。官吏たちの衣の裾が揺れる。


 異議を申し立てる者は——いなかった。


 三年間、食糧で帝都を震え上がらせた女に楯突く勇気のある官吏は、もういない。趙文昌が失脚し、蘇家が力を失い、かつての廃妃推進派は後ろ盾を全て失っていた。


 麗華は内心で微笑んだ。


(あら。静かなことね。三年前に私を弾劾したときの威勢はどこへ行ったのかしら。あのとき口々に「鳳家の専横」「貴妃の越権」と叫んでいた方々が、今は俯いて黙っている。——人の口は、風向きで回るものだわ)


 だが口には出さない。


「陛下のご厚情に感謝申し上げます。微力ながら、この国の再建に尽力いたします」


 完璧な一礼。その姿に一点の驕りもない。感謝の言葉と、決意の表明。それだけを、過不足なく。


 官吏たちは、改めて麗華を見た。


 かつてと同じ笑顔。同じ品格。同じ所作。


 だが——纏う空気が違う。後宮の女の優美さではなく、鳳凰領の主としての覚悟が、背筋に宿っている。領地を治め、民を養い、荒地と戦い、国の行末を自分の手で動かしてきた者の重みが、その立ち姿に表れていた。


「微笑みの貴妃」が帰ってきた。


 いや——帰ってきたのではない。


 より強くなって——来たのだ。


 暁風が麗華の半歩後ろに立っている。将軍としての正装——鉄紺の軍袍に暗銀色の鱗甲。肩の雲雷紋が禁軍の将軍であることを示している。その立ち位置が——護衛でも監視でもなく、「共にいる者」のそれであることに、気づいた者もいた。


 古参の文官が隣の者に小声で囁いた。


「……あの将軍、陸暁風だろう。監視役として派遣された男が、なぜあの立ち位置にいる」


「さあな。だが——あの目を見ろ。任務で立っている目ではないぞ」


 大殿に入り、正式な着席が行われた。


 麗華は皇帝の左手側、上座に座った。


 かつて貴妃として座った場所と——同じ位置だった。


 だが意味は、全く違う。


 三年前は後宮の序列で座った。今は——国事の対等な参画者として座っている。


 卓の上に茶が運ばれてきた。だが、かつて宮城で出されていた龍井ろんじん茶ではなく、安価な粗茶だった。碗に注がれた茶の色は薄く、香りも弱い。


(宮城の茶まで変わったのね)


 麗華は粗茶を一口含んだ。渋みばかりが先に立ち、甘みがない。茶葉の質が落ちている。


 承乾が茶碗を見て、僅かに目を伏せた。皇帝自身が、この変化を恥じている。


 麗華は心の中で言った。


(これも——建て直す。茶の味を取り戻すことも、国を建て直すことの一部だ)


 今度は——自分で選んで、ここに座っている。


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