帝都の門
帝都の門は、記憶よりも小さく見えた。
三年前、この門を出たときは——巨大な獣の口のように感じた。背後から閉まる音が、二度と戻れないという宣告に聞こえた。廃妃の烙印を押されたまま、振り返ることすら許されなかった。
あの日の空気を、麗華は今でも覚えている。冬の初めだった。凍てつく風が頬を刺し、門衛たちは一様に目を伏せていた。かつて貴妃として通った門を、追われる者として出た日。
今、門の前に立つ麗華の隣には暁風がいる。後ろには翠微がいる。
門は開いている。
早春の柔らかい陽光が、門の向こうから差し込んでいた。三年前とは季節が違う。それだけのことが、不思議と胸に沁みた。
「先生。でっかい門ですね」
「ええ。瑛朝の正門よ。建国以来、六百年の歴史がある」
「六百年……。鳳凰領の農家は、せいぜい三代ですよ」
翠微は門を見上げて目を丸くしている。鳳凰領の農家の娘にとって、帝都の威容は圧倒的だろう。だが翠微のまっすぐな目は、威圧されるよりも純粋に驚いている。
暁風が先に門をくぐった。護衛の兵が続く。暁風の背中は緊張している。ここは彼にとって主君の膝元であり、かつて忠義を尽くした場所であり、そしてその忠義の形を変えた場所でもある。
麗華は一呼吸してから、門をくぐった。
帝都の大路が目の前に広がった。
——変わっていた。
三年前の帝都を、麗華は覚えている。大路の両脇に店が並び、行商人が声を上げ、甘い菓子の匂いや焼き肉の匂いが充満していた。夕刻には饅頭の蒸籠から白い湯気が立ち昇り、子どもたちが焼き栗を頬張りながら走り回っていた。活気に満ちた帝都の風景。それが麗華の記憶にある帝都だ。
今の大路は——どこか痩せて見えた。
店は開いているが、品数が少ない。行商人の声は小さく、通りを歩く人の顔に疲労が滲んでいる。道端に座り込んでいる老人がいた。かつてなら物乞いなど帝都の中心部では見かけなかった。
「……食卓が寂しくなったのは、帝都だけではなかったのね」
麗華は呟いた。
三年間、麗華は朝廷に対して食糧を絞り続けた。官糧を止め、品目を制限し、帝都の権力者の食卓を空にした。精密な兵糧攻め。それは麗華の知略の結晶であり、鳳家を切り捨てた朝廷への報いだった。
だがその影響は——権力者だけに留まらなかった。
市場の食糧は民間の流通ルートで維持してきた。一般市民が飢えない仕組みは確保した。だが三年間の食糧不足は、帝都全体の活力を確実に削っていた。市糧は流通していても、経済の循環そのものが細くなっている。商人は仕入れを減らし、職人は仕事を失い、活気が消えた。
(私がやったことだ)
その自覚が、胸に重く落ちた。復讐の代償は、狙った相手だけではなく、この大路を歩くすべての人に及んでいた。
「先生……」
翠微が麗華の袖を引いた。翠微の目にも、帝都の疲弊が映っている。
「ここ、なんだか——元気がないです」
「ええ」
「荒地の方を見ると、ここも灰色に見えます。土は灰色じゃないのに」
翠微の言葉は素朴だが、核心を突いていた。帝都の土は荒地化していない。だが人の暮らしが——痩せている。土壌ではなく、人の心に灰が積もっている。
一行は大路を進んだ。
道すがら、麗華は帝都の食事情を観察した。それは彼女の癖だった。どんな場所でも、まず食を見る。食がその土地の健康を映す鏡だと、祖父に教わった。
路傍の屋台。かつては饅頭や焼き包子が山と積まれていたが、今は品数が半分以下だ。蒸籠は一段しかなく、中身は野菜餡の饅頭だけ。肉餡は見当たらない。
茶館の看板。「本日の茶菓子、品切れ」の札が掛かっている。かつてこの茶館は、蓮の実の羊羹と桂花の練り切りで評判だった。
肉屋の店先。肉の量が明らかに少ない。値札が以前の倍近い。店主の顔色が悪い。
(食糧戦略の代償が、ここにある)
麗華は目を逸らさなかった。自分がやったことの結果を、見つめなければならない。これが私の戦の跡だ。正しかったか間違っていたかではなく、これが現実だ。
暁風が馬を寄せてきた。
「大丈夫か」
「……大丈夫よ。ただ——見なければいけないものを、見ているだけ」
暁風は何も言わなかった。ただ、麗華の隣を歩いた。言葉ではなく、存在で支える。この男はいつもそうだ。
帝都の中心部に近づくにつれ、建物が大きくなり、道が広くなった。宮城の外壁が見えてくる。白い城壁は変わらないが、かつてその前に並んでいた露店の数が激減している。
麗華は宮城の門を見上げた。
三年前、この門から出た。今日、この門に——向かっている。
帰るのではなく、行くのだ。廃妃として追い出された場所に、国を建て直す者として足を踏み入れる。
路傍の屋台の前で、麗華は足を止めた。
かつてはここに、饅頭売りがいた。湯気を上げる蒸籠が三段積みで、肉餡の饅頭と野菜餡の饅頭を売っていた。帝都に入るたびに祖父が買ってくれた。皮がふかふかで、噛むと肉汁がじゅわりと溢れる。祖父は必ず二つ買い、一つを麗華に、もう一つを自分で食べた。並んで歩きながら饅頭を頬張る——それが帝都に来るたびの決まりだった。
今、その屋台は——閉まっていた。蒸籠もなく、看板が外されている。隣の茶菓子屋も「本日休業」の札が掛かっている。
「先生……」
翠微が声をかけた。
「ここ、前はお店があったんですか」
「ええ。饅頭屋が。帝都で一番美味しいと評判の」
「今は——」
「閉まっている。食材が手に入らないのでしょう」
麗華は屋台の前を離れた。
かつて栄華を誇った帝都の大路は、どこか痩せて見えた。食卓が寂しくなったのは——帝都だけではなかった。荒地化が国土を蝕み、食糧戦略が経済を圧迫し、この国全体が衰えている。
だから——建て直しに来たのだ。
この屋台が再び蒸籠を並べる日のために。帝都の大路に饅頭の湯気が戻る日のために。あの肉汁の溢れる皮の味を、次の世代の子どもたちが知ることができるように。
麗華はまっすぐ前を見て、宮城の門に向かって歩いた。
暁風がその半歩後ろを歩く。翠微がその後ろに続く。
廃妃が——帝都に戻った。




