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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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治療の試み

 翌日から、麗華は荒地に戻った。


 だが今度は一人ではない。翠微を伴い、老太爺の助言を携えて——「治す力」の実験を始めた。


 荒地化した畑の最前線。灰色の土が広がる一画に、麗華は膝をついた。土の冷たさが膝頭に染みる。かつてはこの畑で二期作の稲が黄金色に揺れていた。農夫が汗を拭い、子供が畦道を走り、収穫の季節には米俵の山が道を埋めた。


 今は灰だ。色も匂いも失った、ただの灰色。


 以前と同じ場所だ。全力で地養術を行使しても侵食を止められなかった場所。力を注いでも、砂に水を撒くように消えていく感触を、体が覚えている。指先に残る虚しさ。


 だが今日は、別のアプローチを試みる。


「翠微。ここで、あなたが感じた『声』をもう一度聞いてみて」


「はい」


 翠微が隣に膝をつき、両手を灰色の土に置いた。目を閉じ、意識を沈める。三つ編みを頭の上にまとめた修行の髪型で、顔つきが引き締まっている。


 麗華も同時に術を発動した。通常の「育成」型。霊脈に力を注ぐ。指先が淡い緑色に光り、その光が灰色の土に吸い込まれていく。


 力が土に入る——そして、以前と同じように散逸していく。留まらない。器がないから。水を注いでも、底が抜けたかめには溜まらない。


 だが今日は、そこで止まらなかった。


「先生。——聞こえます。すごく弱いけど……霊脈が、まだ動いています」


「どの辺り?」


「真下です。深いところに——かすかに」


 翠微の指先が翡翠色ひすいいろに光った。麗華の淡い緑とは違う、深い青緑の光。宝石の核のような、澄んだ輝き。二つの異なる色が灰色の土の上に並んで光る様は、不思議と美しかった。


 麗華は自分の術式を変えた。力を「注ぐ」のではなく——翠微が感知した微弱な脈動に合わせて、力を「添える」。


 応答はなかった。


 何度試しても、灰色の大地は沈黙していた。風が荒地の表面を撫で、乾いた土埃が舞い上がる。土埃には匂いがない。生きている土なら湿った草の匂いがするはずだ。この土には——何もない。


 麗華は術を解いた。膝が震えている。消耗が蓄積している。額の汗が顎を伝い、灰色の土に落ちた。


「足りない。やはり——通常の育成術では荒地に作用しない」


 翠微が立ち上がり、服の土を払った。裾についた灰色の土が、ぱさぱさと落ちる。


「先生。あたしだけでやってみてもいいですか」


「翠微?」


「先生の術と、あたしの術は違う。先生が『注ぐ』のに対して、あたしは——あたしの術は、もっと……うまく言えないんですけど」


 翠微は言葉を探すように首を傾げた。農家の娘に理論的な語彙はない。だがその代わりに、身体で掴んだ感覚がある。


「注ぐんじゃなくて、話しかける感じなんです。土に向かって、『大丈夫?』って。それが意味あるのかどうか分からないけど——」


「やってみなさい」


 麗華は下がり、翠微に場所を譲った。


 翠微が灰色の土に座り込み、両手を広げて土に触れた。農家の娘の手。小さいが指が長い。土に触れる仕草は自然で、幼い頃から畑仕事で培った手つきそのものだった。


 目を閉じる。


 深く、深く、意識を沈める。


 何も起きなかった。


 一分。二分。五分。


 何も起きないまま、翠微は土に触れ続けた。額に汗が浮かび、唇を薄く開いて呼吸している。


 麗華は待った。暁風も離れた場所から見守っていた。腕を組み、微動だにせずに立っている。


 十分が過ぎた。


 何も起きなかった。


 翠微が目を開け、振り返った。顔に悔しさが滲んでいる。


「……今日は駄目みたいです。すみません、先生」


「謝らなくていい。初日から成果が出るほうが怖いわ」


 二人は荒地を離れ、屋敷に戻った。


 帰り道、西の空に夕焼けが広がっていた。灰色の荒地の上にも赤い光が落ちているが、荒地は色を吸い込んで返さない。生きている土なら夕陽を反射して赤銅色に輝くはずだ。灰色はただ、赤い光を飲み込んで暗く沈むだけだった。


 翠微が足を止めた。


「先生。備蓄の穀物は——」


「中部と北部の収穫で当面は持つ。だが南部の穀倉地帯が使えなくなった分、備蓄の消費速度は上がっている」


 夕食の食卓に、それが表れていた。


 いつもの白飯が——今日から雑穀混じりになっていた。白米にあわひえが混ざった飯。粟の黄色い粒と稗の灰白色の粒が白米の中に散らばっている。


 暁風が黙って箸を動かした。雑穀飯を一口食べて、咀嚼する。軍の糧食で鍛えた胃には、雑穀混じりなど気にもならないだろう。だが一瞬、暁風の目が飯の色を見て、わずかに動いた。白飯が雑穀に変わった意味を、この男は正確に理解している。


 翠微も何も言わず食べた。農家育ちの翠微にとって、粟や稗は子供の頃から食べ慣れた穀物だ。むしろ懐かしいくらいかもしれない。だが今日の雑穀飯が「懐かしさ」ではなく「食糧事情の悪化」を意味していることは、翠微にも分かっている。


 麗華は雑穀飯を一口食べ、思った。


(備蓄食の質が落ち始めている。南部穀倉地帯の損失は、もう食卓に影響を出し始めた)


 粟のぷちぷちとした食感が歯に当たる。白米の甘みに混じって、雑穀の素朴な味が広がる。味は悪くない。だがこの飯の意味するところは——純粋な白飯が贅沢品になりつつあるということだ。


 荒地化は止まらない。地養術では止められない。


 だが——止める方法がないわけではない。


 翠微の「治す力」。老太爺の知識。朝廷の古文書。


 パズルの破片は揃い始めている。ただし、まだ嵌め合わせる方法が見つからない。


 雑穀飯を最後まで食べた。碗の底に残った粟の粒を箸で拾い、口に運ぶ。


 食べることは、時間と戦い続ける力だ。一粒たりとも、無駄にはしない。


 翠微が碗を覗き込んだ。


「先生。明日は——もう一度、荒地に出ましょう。今日は先生のやり方で試して、明日はあたしのやり方で試したいです」


「あなたのやり方?」


「はい。先生は力を『注ぐ』けど、あたしは——もっと別の方法がある気がするんです。うまく言えないんですけど」


 麗華は翠微を見つめた。弟子の目には、疲労の奥に——何かを掴みかけている光がある。


「いいわ。明日、やってみましょう」


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