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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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老太爺の解放

 麗華は老太爺の居室を訪ねた。


 告白から一週間。老太爺は心身が衰弱していた。百年間——正確には五十年間抱え続けた秘密を吐き出したことで、精神的な張りが解けたのだろう。寝台に横たわることが増え、食も細くなっていた。


 居室に入ると、薬草を煎じた香りが鼻を掠めた。甘草かんぞう当帰とうきの、ほろ苦くも温かみのある匂い。枕元に置かれた土瓶から、淡い湯気が立ちのぼっている。春蘭が毎朝煎じている養生の薬湯だ。土瓶の表面に結んだ水滴が、窓からの光に照らされて微かに光っている。


 だが——老太爺の表情は穏やかだった。苦悶の色はない。秘密を抱えていた頃の、眉間の深い皺が消えていた。皺の跡だけが残り、それがかえって長い歳月の重みを物語っている。


「祖父様」


「おお、麗華。来たか。……久しぶりじゃな」


「一週間ほど、ご無沙汰しました」


「一週間か。長かったのう。——お前にとっても、わしにとっても」


 老太爺は寝台から半身を起こした。白髪が乱れ、頬の肉がさらに落ちている。寝巻の襟元から覗く鎖骨が痛々しいほど浮き出ていた。だが目は——澄んでいた。秘密の重荷を降ろした目。曇りのない、穏やかな瞳。かつて地養術を教えてくれた頃の、あの聡明な光が戻っている。


「顔色が良くなった。飯を食ったか」


「はい。今朝、七日ぶりに」


「そうか。そうか」


 老太爺が笑った。皺だらけの顔に、純粋な安堵が浮かんでいる。その笑顔を見て、麗華は胸が詰まった。七日間、自分が苦しんでいた間、祖父はどんな思いでこの部屋にいたのだろう。秘密を打ち明けた後の祖父は、孫娘の反応を待ち続けていたのだ。許されるのか、責められるのか——その不安を抱えたまま。


「祖父様。——よくぞ話してくれました」


 麗華の声は静かだった。


 老太爺の目が見開かれた。


「……麗華?」


「辛かったでしょう。五十年間、一人で。——話してくれて、ありがとうございます」


 老太爺の唇が震えた。


 予想していなかったのだ。怒られると思っていたのかもしれない。なぜ黙っていた、なぜもっと早く言わなかった——そう責められると。五十年間ずっと、その叱責を恐れてきたのかもしれない。


 だが麗華の言葉は——感謝だった。


「わしは……お前に謝らねばならぬと」


「謝らなくていいとは言いません。でも——今は感謝が先です」


 麗華は持ってきた盆を老太爺の枕元に置いた。


 粥だった。


 白米を丁寧に炊いた白粥。米粒がほどけて花が開いたような、とろりとした仕上がり。なつめが一粒と、刻み生姜が添えてある。棗のほのかな甘みが粥に移り、棗の赤い色が白い粥の上に美しく映えている。生姜の辛味が胃を温める。体の弱った老人にとって、これ以上の滋養はない。


「先日も粥を持ってきたわね。あの時は——まだ秘密があった」


「……ああ」


「今日の粥は——秘密の後の粥です。味が違うかもしれません」


 老太爺は震える手で匙を取り、粥を一口啜った。


 唇が粥の温かさに触れ、舌の上で米の甘みがほどける。棗の果肉が柔らかく崩れ、生姜の辛味がかすかに鼻を抜ける。棗の自然な甘さが米の甘さと重なり、喉を通る温もりが体の奥まで届いていく。


 咀嚼そしゃくして、飲み込んで。


 そして——涙が落ちた。


「……旨い。旨いのう、麗華」


「祖父様」


「こんな旨い粥は——五十年ぶりじゃ」


 五十年ぶり。秘密を知ってから五十年間、何を食べても罪悪感の味がしていたのだろう。穀物の一粒一粒が、百年前の過ちの結果だと知っていたから。米の甘みの裏に、常に苦い後味がつきまとっていたのだ。朝の粥も、夕餉の飯も、祝いの席の御馳走も——全てに、あの日の過ちの味が混じっていた。


 秘密を吐き出した今——同じ粥が、違う味になっている。


「よくぞ……話してくれました、祖父様」


 麗華がもう一度言った。


 老太爺の目から、涙が頬を伝った。


 声を上げて泣いたわけではない。ただ静かに、涙だけが落ちた。五十年間、一人で背負い続けた重荷が——ようやく降りた。その解放が、涙になって溢れている。涙は皺を伝い、枕に落ちた。枕の白い布に、小さな染みが広がった。


「すまなんだ……麗華。お前に——この重荷を渡すことになった」


「重荷は一人で持つものではないと、最近学びました」


「誰に教わった」


「……暁風殿に」


「そうか」


 老太爺が微笑んだ。涙の跡が残る頬に、温かい笑みが浮かんでいる。


「あの男ならば——任せられる」


 何を任せるとは言わなかった。だが麗華には分かった。老太爺の目は、すでに多くのことを見通している。孫娘の傍にいる不器用な将軍のことも。孫娘が一人で抱え込む性格だということも。そしてあの男が、孫娘に「一人で背負うな」と言い続けていることも。


 老太爺は粥をゆっくりと食べた。匙を口に運ぶ速度は遅く、時折手が震えて粥がこぼれそうになった。だが麗華は手を出さなかった。老太爺が自分の手で食べることに、意味があると分かっていたから。自分で食べる。自分で味わう。それは——生きている証だ。


 最後の一口まで。


 空になった椀を見て、麗華は微笑んだ。


 匙の先に残った粥の膜が、灯火の光を受けて薄く光っていた。


 同じ粥。同じ米。同じ鳳凰領の穀物。


 だが秘密を超えた後の味は——確かに、違っていた。


 老太爺が目を閉じ、寝台に横たわった。食事の疲れが出たのだろう。呼吸がすぐに深く穏やかになった。眠りに落ちるのが早い。体力が落ちている証だ。


 麗華は椀を盆に戻し、立ち上がった。


 部屋を出る前に振り返った。祖父の寝顔は安らかだった。秘密を抱えていた頃には見られなかった穏やかさが、老人の顔に宿っている。枕元の土瓶から薬湯の香りが立ちのぼり、窓から差す午後の光が寝台を柔らかく包んでいた。


(祖父様。あなたが五十年間味わえなかった「ただの粥」の味を——これからは、毎日届けます)


 廊下に出ると、翠微が待っていた。


「先生。おじいさまは——」


「粥を全部食べたわ」


「全部? 本当ですか?」


「ええ。五十年ぶりに美味しい粥だと言ってくれた」


 翠微の目が輝いた。


「よかった……。明日はあたしも一緒に行っていいですか。おじいさまに、蓮の実の粥を作りたいです」


「いいわよ。きっと喜ぶ」


 麗華は粥の椀を厨房に運びながら、思った。


 食は罪を消しはしない。だが食は人を繋ぐ。秘密を挟んだ食卓と、秘密を超えた食卓は——同じ料理でも、全く別のものになる。


 碗を洗う水の音が、静かな厨房に響いた。


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