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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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立ち直る者

 七日目の朝、麗華は目を覚ました。


 枕元に、春蘭が置いていった白湯さゆがある。まだ温かい。蓋碗がいわんに残る湯気が、朝の冷えた空気の中でかすかに揺れている。蓋碗の表面に結んだ水滴が、朝日を受けて小さな虹を作っていた。


 七日間——真相を知ってから七日間、麗華は苦しんだ。食事を取れず、筆を取れず、窓の外の荒地を見つめ続けた。春蘭が毎朝枕元に白湯を置いてくれたが、半分も飲めない日が続いた。翠微が粥を持ってきても首を振り、暁風が声をかけても返事ができなかった。


 だが七日目の朝に、ふと——目が覚めたとき、頭が澄んでいた。


 嵐が過ぎた後のような静けさ。感情の波はまだ残っているが、その波の下に——沈み込んだ何かが、固い地面に触れた感触がある。落ちるところまで落ちて、底に着いた。そこから先はもう、沈まない。


 白湯を一口飲んだ。温かい水が喉を通り、空っぽの胃に落ちる。七日間ほとんど何も受け付けなかった胃が、小さく——しかし確かに反応した。もう一口。今度は意識して飲んだ。水の温もりが体の芯に染み渡るのを感じた。白湯の何もない味が、今の麗華にはちょうど良い。余計な味は要らない。ただ温もりだけが欲しい。


 麗華は立ち上がり、窓を開けた。


 朝の風が顔に当たった。鳳凰領の田園が朝靄あさもやに煙っている。南の灰色は——確かに広がっている。だが北部と中部は、まだ黄金色だ。朝露に濡れた稲穂が、弱い朝陽を受けてかすかに光っていた。稲穂の先端に宿った露が、風に揺れるたびにきらきらと瞬く。生きている大地の朝の表情だ。


(先代の過ちは私の過ちではない)


 暁風の言葉を、もう一度思い出す。


(だが責任を放置することは、私の罪になる)


 これは——暁風の言葉ではなく、麗華自身の言葉だ。


 七日間の苦悩の果てに、麗華が辿り着いた結論。


 先代が壊した。それは百年前の先代の過ちだ。麗華が背負うべき「罪」ではない。


 だが、百年前の過ちの結果が今も続いている。荒地化が進行し、鳳凰領すら蝕まれ、このままでは瑛朝の全土が枯れる。


 それを知って——放置するのか。


 放置すれば、それは麗華の選択だ。麗華の責任だ。


(先代の罪を引き継ぐのではない。「知った者として、できることをやる」——それが、私の新しい正義の根拠だ)


 食糧を武器にした正義ではない。加害者の末裔としての贖罪でもない。


「知った者の責任」。


 それなら——立てる。


 麗華は厨房に向かった。


 厨房はひんやりとしていた。かまどの火は落ちている。春蘭が白湯を沸かした残り火がかすかに赤く明滅しているだけだ。厨房の空気には、昨夜春蘭が煎じた薬草の名残がかすかに漂っている。七日間、麗華が食べなくても、春蘭は毎日この厨房で白湯を沸かし、薬湯を煎じ、麗華のために備えていた。


 七日ぶりに、自分で米を研いだ。水甕みずがめから水を汲み、鳳凰領の米を掌に受ける。白い粒が朝の光を反射して、淡い真珠のように見えた。手のひらの中で米を回し、水を替える。米を研ぐ指先の感覚が——懐かしかった。たった七日間離れただけなのに、何年も前のことのように感じる。研ぐたびに水が白く濁り、すすぎを重ねるごとに透明になっていく。その工程の一つ一つが、今の麗華には儀式のように感じられた。


 水を量り、竈に火を入れた。薪が爆ぜる音。乾いた木が炎を受けて、ぱちぱちと小気味よく鳴る。やがて鍋の中で水が温まり、米が踊り始める。


 米が炊ける匂いが厨房に広がったとき——目頭が熱くなった。


 泣きそうになったのは、米の匂いのせいだ。鳳凰領の米。百年前に鳳家が霊脈を集めた土地で育った米。その匂いは甘く、温かく、この土地の全てが凝縮されている。


 だがその米が、民を食わせてきたのも事実だ。加害の結果であると同時に、百年間の救いでもある。


 どちらも事実。


 どちらかだけを見て、もう一方を否定するのは——公平ではない。


 白飯を碗に盛り、漬物を添えた。胡瓜きゅうりの塩漬けと、かぶらの甘酢漬け。素朴な朝食。春蘭が毎日用意してくれていた漬物だ。麗華が食べなくても、春蘭は毎朝欠かさず新しい漬物を漬けていた。胡瓜は昨日の朝に漬けたものだろう。浅漬けの鮮やかな緑が、白い飯の上に映えている。


 箸を取った。


 手が——震えた。


 だが握りしめて、白飯を一口、口に運んだ。


 米の甘みが舌に広がった。七日ぶりの米の味。ふっくらと炊き上がった粒が歯の間で潰れ、でんぷんの甘さがじわりと滲む。噛むほどに味が深くなる。鳳凰領の米特有の、あの余韻の長い甘さ。唾液が分泌され、空だった胃が微かに動く。体が米を求めている。七日間眠っていた食欲が、最初の一口で目を覚ました。


(食べられる)


 当たり前のことだ。だが今の麗華にとって、「食べられる」ことの意味は以前とは違っていた。


 食は武器だった。そして今、食は——もう一度、「命を繋ぐもの」に戻ろうとしている。


 二口目を食べた。三口目。胡瓜の塩漬けを齧ると、ぱりりと小気味よい音がした。塩の辛さが米の甘みを引き立てる。蕪の甘酢漬けは、酢の酸味がさっぱりと胃を開く。甘酢に漬かった蕪の断面が半透明になっていて、噛むとじゅわりと酢の汁が染み出す。


 味が——前とは違って感じられた。同じ米なのに。同じ鳳凰領の米なのに。


(食べることは、生きることだ。生きることは——責任を引き受けること。先代の罪を背負うのではない。知った者として、できることをやる)


 碗を空にした。


 麗華は箸を置き、深く息を吸った。


 窓から厨房に朝の光が差し込んでいる。竈の残り火が赤く燃え、炊き上がった飯の香りがまだ漂っている。光の筋が白い湯気を貫き、細かな粒子がきらきらと舞っている。


 廊下で足音がした。軽い足音。翠微だ。


「先生——あ」


 厨房の入り口で、翠微が立ち止まった。目が大きく見開かれている。


「先生、ごはん食べたんですか?」


「ええ」


「本当に? 碗、空っぽじゃないですか!」


 翠微の声が弾んだ。三つ編みが揺れ、笑顔が溢れる。目尻に涙が光っているのは——きっと嬉しいからだ。


「翠微。七日間、ご苦労さま」


「あたしは何も——」


「粥を持ってきてくれたこと、全部覚えているわ。あなたが毎日運んできた粥を、私は食べなかった。——ごめんなさい」


 翠微が首を振った。涙を拭う仕草は、まだ少女のそれだった。


「先生が食べてくれただけで。それだけで——」


 七日間の闇が——明けた。


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