蘇家の真実、玉蘭の選択
帝都、蘇家の邸宅。
蘇玉蘭は、蘇家の長老たちが集まる広間の隅に座っていた。
広間には白檀の香が焚かれていたが、今日はその芳香すら人の神経を逆撫でするように感じられた。長老たちの衣擦れの音が耳に障る。額を拭う袖の動きが忙しない。普段は泰然としているはずの老人たちが、誰一人として落ち着いていなかった。
蘇家の長老会議は、通常なら玉蘭のような若い女が列席する場ではない。だが百年前の記録が発覚し、蘇家全体が動揺する中で、後宮における蘇家の「顔」である玉蘭が呼ばれたのだ。
「落ち着け。まだ確定ではない」
蘇家の大叔父——玉蘭を後宮に送り込んだ張本人が、低い声で言った。右手に握った扇が微かに震えている。落ち着けと言うその声自体が、落ち着いてはいなかった。
「古文書庫の記録は断片的だ。解釈の余地がある。鳳家との共犯などという——」
「解釈の余地はない」
別の長老が首を振った。禿げ上がった頭に汗が浮いている。
「調査官が直接読んだ。蘇家の先代が鳳家に術の実行を持ちかけたと、明確に書かれている」
広間がざわめいた。衣擦れの音が一斉に重なり、まるで蝗の羽音のように鳴った。
「ならば隠せ。文書を処分しろ」
「もう遅い。写しが朝廷に渡っている」
「では——否認だ。偽文書だと主張すればいい」
「百年前の文書を偽造した証拠がどこにある。朝廷の調査官は優秀だ。否認すれば逆に追い詰められる」
玉蘭は黙って聞いていた。
膝の上に置いた両手を、きつく組んでいる。指の節が白くなるほど力を込めなければ、この手が震え出しそうだった。
長老たちの議論は一つの方向に向かっていた。隠蔽。否認。時間稼ぎ。百年前にも同じことをしたのだろう。失敗の責任を鳳家に押し付け、自分たちは手を引いた。あの時と同じ発想で、今度の事態にも対処しようとしている。
広間の卓には菓子が用意されていた。蜜漬けの棗と胡桃の飴炊き。蘇家の会議には欠かさず出される上等の茶菓子だ。だが誰も手をつけていない。甘い香りだけが、険悪な空気の中に漂っていた。
(この人たちは——何も変わっていない)
玉蘭は膝の上で拳を握った。
蜜漬けの棗の甘い匂いが鼻を掠めた。後宮に入る前、幼い頃はこの菓子が好きだった。蘇家の宴の度に、姉妹で争うように頬張ったものだ。あの頃は蘇家の名前が誇りだった。蘇家の娘であることが、世界で一番幸せなことだと信じていた。
棗の蜜の甘みは変わらないはずだ。だが今の玉蘭には、その甘さの裏にこびりついた百年の嘘の味が見える。知ってしまった以上、もう——あの無邪気な甘さには戻れない。
「私は何のために麗華を陥れた?」
声に出していた。自分でも驚くほど、はっきりと。
広間が静まった。菓子の甘い香りの中に、凍りつくような沈黙が落ちた。
「玉蘭。お前に発言は——」
「百年前の罪を隠すために? 蘇家の誇りを守るために? ——その誇りが、国を壊した罪の上に立っていたのなら」
「玉蘭!」
大叔父の声が鋭くなった。扇を卓に叩きつける音が広間に響いた。だが玉蘭は引かなかった。
「私は蘇家の命令で後宮に入り、蘇家の指示で鳳麗華を廃妃に追い込みました。全て蘇家のために。でも——何のための蘇家だったのですか。百年前の罪を隠し続けるための蘇家だったのですか」
広間の空気が凍りついた。
長老たちの目が、一斉に玉蘭に向いた。怒り。戸惑い。そして——恐怖。蘇家の内部から異を唱える者が出たことへの恐怖。卓上の茶杯を持ち上げた長老の手が、かちかちと陶器を鳴らしていた。
「黙れ、小娘。お前は蘇家の駒として——」
「駒。ええ、そうでしょうね」
玉蘭の声は震えていたが、目は真っ直ぐだった。
「でも——駒にも、ものを考える頭はあるのです」
大叔父が何か言いかけたが、玉蘭は踵を返して広間を出た。
背中に視線が突き刺さる。怒りと侮蔑と、それ以上に——動揺の視線。蘇家の磐石だったはずの秩序に、内側から亀裂が入った。
廊下を歩きながら、玉蘭は思った。
(この人たちは蘇家のために怒っている。私のためではない。百年前と同じだ。蘇家の利益のために人を動かし、失敗すれば切り捨てる。私も——そうやって使われてきたのだ)
居室に戻り、扉を閉めた。
扉に背中を預けて、しばし動けなかった。心臓が早鐘のように打っている。手のひらが汗で湿り、指が冷たい。全身が震えていた。足が地面に着いている感覚が薄く、自分がどこに立っているのか分からなくなりそうだった。
後宮では、こんなことはなかった。皇帝の前でも、麗華と対峙したときでも、玉蘭は演じることができた。笑顔を作り、涙を流し、相手が求める「蘇玉蘭」を完璧に演じた。それが蘇家の道具としての自分の務めだと、信じていたから。
だが今日、広間で発した言葉は——演技ではなかった。蘇玉蘭自身の言葉だった。自分の意志で、自分の声で、蘇家の百年を否定した。
その重さが、今になって体に落ちてきている。
やがて膝の力が戻り、鏡の前に座った。
鏡には儚げな美貌が映っている。蘇家が武器にしてきた顔。後宮で「蘇家の花」と呼ばれ、皇帝の寵愛を受けるために磨き上げられた顔。唇の色が悪い。頬にも血の気がない。——自分がこんなに蒼白な顔をしていたとは知らなかった。
鏡の中の自分を、玉蘭は見つめた。袖口で口元を隠す仕草が——今日はない。隠すべき表情を、隠す必要がなかった。ここには演じる相手がいない。蘇玉蘭が蘇玉蘭のままでいられる、唯一の場所。
卓の上に、侍女が用意した夕餉が置かれていた。蘇家の邸宅の料理は上等だ。蓮の葉で包んだ蒸し米に、鶏の清湯、青菜の塩炒め。だが玉蘭は匙に手を伸ばせなかった。蒸し米の穀物の香りが——鳳凰領の穀物で、蘇家の過ちが百年間隠されてきた事実を、否応なく思い出させる。
(私は何のために麗華を陥れた? 百年前の罪を隠すために? ——そんなことのために?)
答えは出ない。
蒸し米の湯気がゆっくりと消えていく。料理が冷めていく。蓮の葉の青い香りが薄れ、代わりに冷えた飯の乾いた匂いだけが残った。
ただ——蘇家の駒として生きることへの疑問が、初めて明確な形を取り始めていた。




