北からの傍証
翌朝、麗華は書庫に籠もった。
老太爺の告白を裏付ける証拠が必要だった。感情ではなく事実で判断する——それが麗華のやり方だ。どれほど衝撃を受けても、検証を怠らない。後宮で蘇玉蘭の陰謀を見破ったときも、趙文昌の密通を暴いたときも、最後に物を言ったのは証拠だった。感情に流されれば判断を誤る。特に、自分の足元を揺るがす情報であればなおさらだ。
机の上に三つの資料を並べた。
一つ目は、老太爺の告白の内容を書き起こしたもの。昨夜、眠れぬ夜を過ごしながら、一語一句を記憶から書き出した。百年前に鳳家の先代当主が霊脈の大規模操作を行い、失敗して霊脈ネットワークが断裂した。蘇家の先代が唆した。
二つ目は、以前の外交戦で手に入れた北の遊牧国家の伝承記録。暁風が軍事交渉の過程で入手したもので、春蘭が翻訳と整理を行っていた。当時は「百年前の歴史を知る外部資料」として保管していただけだった。
三つ目は、趙文昌から押収した密通文書の写し。
麗華は二つ目の資料を手に取った。
北の遊牧国家——月牙国の古老が語り継いだ伝承。文字ではなく口伝で百年間伝わってきたものを、春蘭が聞き取って記録した。丁寧に巻かれた紙を広げると、春蘭の端正な筆跡が並んでいる。
「百年前の冬、南の大国の土地が突然枯れた。草原の民は南から逃げてくる人の波を見た。『大地が灰色に死んだ』と彼らは言った」
ここまでは公式記録と矛盾しない。だが、その続き。
「南の民が言うには——『大地を枯らしたのは天ではなく、人の術だ』と。『霊脈を操る術師が大規模な術を使い、大地から力を引き抜いた』と」
麗華の指が止まった。
(「霊脈を操る術師が大規模な術を使った」——これは老太爺の告白と一致する。北の遊牧民が南からの難民の証言として伝えていた。口伝は時に文書より正確だ。改竄する動機がないから)
さらに続く。
「術師は一人ではなかった。複数の力が合わさって術は実行された、と難民たちは語った」
(「複数の力」——鳳家と蘇家。老太爺の告白と合致する)
麗華は資料を卓に戻し、窓の外を一瞬見た。朝の光が書庫の窓から差し込み、紙の上に白い四角を落としている。鳳凰領の朝だ。いつもと変わらぬ朝。だが麗華にとっては、全てが変わった後の朝だった。
三つ目の資料に移った。
趙文昌の押収文書。以前の戦いで暁風が帝都に赴いた際に押収した文書群の中にあった、霊脈操作に関する技術的記述。薄墨で書かれた走り書きが、紙の余白に残されていた。
麗華は以前にもこの文書を読んでいた。だがあの時は「百年前の霊脈震の原因を探る手がかり」として読んだ。今は違う。老太爺の告白を踏まえて読み直すと——文書の記述が、告白の内容と正確に対応していることが分かる。パズルの最後のピースが嵌まるように、三つの情報が一つの絵を結んでいく。
「大地の脈を特定の地点に集中させる術式。実行には複数の術者が必要。術の規模は施術地の面積に比例し、失敗した場合のリスクは——」
文書はそこで途切れていた。趙文昌が写し取ったのは部分的なものだ。だが十分だった。
三つの証拠。
老太爺の告白。北の遊牧国家の伝承。趙文昌の文書。
それぞれ独立した情報源——鳳家内部の口伝、外国の民間伝承、朝廷の古文書——が、同じ結論を指し示している。三つの線が一点で交わっている。これが偶然である確率は限りなく低い。
百年前の霊脈震は、人為的な霊脈操作の失敗によるものだった。
三つの証拠が一致した。偶然ではあり得ない。
麗華は筆を置いた。
(百年前の霊脈震は——人災だった)
事実として確定した。
感情を排して論理で検証した結果、老太爺の告白は真実だという結論に至った。祖父は嘘を言っていない。そもそもあの人が嘘をつけないことは、五十年間を共に過ごした孫娘が一番よく知っている。
だが事実の確定は、感情の処理とは別だ。
麗華は資料を丁寧に畳み、厳重に封をした。蝋を溶かし、鳳家の紋で封じる。この情報は——扱いを間違えれば、鳳家だけでなく瑛朝そのものを揺るがす。
封をした手が、微かに震えていた。だが震えを認識しても止めなかった。今は止める必要がない。一人の書庫の中だ。
(三つの情報源。三つの証拠。百年前の霊脈震は人災。——この事実を、どう使うか)
それはまだ決められない。
だが一つだけ確かなことがある。
真実を隠し続ける時代は——終わった。
書庫の窓から、昼の光が差し込んでいた。朝に入ったはずが、もう昼になっていた。時間の感覚が飛んでいる。春蘭が書庫の扉を叩いて「お嬢様、お昼のお食事は」と声をかけたが、麗華は「後で」と答えた。
食欲はなかった。
だが、食べなければならない。体力を保たなければ、これからの戦いに耐えられない。
麗華は書庫を出て、厨房に向かった。春蘭が用意してくれた白飯と漬物の膳に箸をつけた。白飯は鳳凰領の米だ。この米の味を——「被害者の末裔の正当な収穫」として食べるのと、「加害者の末裔が奪った力で育てた米」として食べるのでは、舌の上での重さが全く違った。
同じ米なのに。
白飯を半分だけ食べて、箸を置いた。漬物は手をつけなかった。胡瓜の漬物は、麗華が自分で漬けたものだ。鳳凰領の畑で採れた胡瓜を、塩と唐辛子で漬け込んだ素朴な品。歯触りの良い酸味が白飯に合う。いつもなら二切れ三切れと箸が進む。だが今日は——胡瓜を育てた畑の土のことを考えてしまう。あの土に宿る霊脈の力は、百年前に他の土地から奪ったものだ。
膳を下げに来た春蘭が、半分残った飯と手つかずの漬物を見て、何も言わずに下げた。
廊下を歩く麗華の背中を見送りながら、春蘭は唇を結んだ。十五年仕えてきて、お嬢様が漬物を残すのを見たのは——初めてだった。
書庫に戻り、封をした資料を書棚の奥にしまった。鍵をかけ、鍵を懐に入れた。
この情報をどう扱うか。誰に、いつ、どこまで開示するか。
それを決めるのは——麗華自身だ。老太爺でも、暁風でも、春蘭でもない。鳳家の現当主として、この判断は麗華が下す。
その責任の重さが、鍵の冷たい金属の感触と共に、掌の中にあった。




