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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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共犯者の名

 老太爺の告白は、まだ終わっていなかった。


「麗華。話の続きがある」


 麗華は顔を上げた。前話で聞いた真相——百年前の霊脈震が鳳家の先代当主による人為的な霊脈操作の失敗だったこと——がまだ胸の中で消化しきれていない。だが表情は制御している。目の奥に動揺の波が立っているのを自覚しながらも——聞く姿勢を崩さなかった。鳳麗華という女は、どれほど衝撃を受けても、情報を受け取ることだけは止めない。


「父が霊脈操作を試みたのは、父一人の判断ではなかった」


「……誰かに唆されたのですか」


蘇家そけの先代じゃ」


 その名が出た瞬間、麗華の目が鋭くなった。蘇家。蘇玉蘭を後宮に送り込み、麗華を廃妃に追い込んだ一族。百年前にもその名が出るとは——因縁は想像以上に根深い。


「百年前の蘇家当主が——わしの父に術の実行を持ちかけた。『このまま国土が枯れるのを見ているだけか。鳳家の地養術で霊脈を操作すれば、少なくとも鳳凰領だけは救える。国を食わせ続けることができる』と」


「蘇家が、なぜ」


「蘇家には蘇家の思惑があった。霊脈の力を特定の土地に集中させる術が成功すれば——その術を応用して、蘇家の領地にも力を引き込める。鳳家の術を利用して、自家の利益を図ろうとしたのじゃ。善意の衣を被った、利権の算盤そろばんじゃ」


 老太爺の声が低く沈んだ。語るほどに、顔色が白くなっていく。五十年間飲み込んできた言葉を吐き出すことは、老太爺の体力を奪っている。だがもう止まれない。


「父は——純粋に土地を守りたかった。蘇家の先代は、霊脈を利権として利用しようとした。動機は違った。だが結果は同じ——二家が手を組んで術を実行し、そして失敗した」


「失敗の後は」


「蘇家の先代は——手を引いた」


 老太爺の手が膝の上で握りしめられた。節くれ立った指が白くなるほどに。


「証拠を隠滅し、術の実行は鳳家の独断だったことにして、全ての責任を鳳家に押し付けた。公式記録では霊脈震は天災とされたが、もし真相が漏れたときの保険として——蘇家は鳳家だけが責められる構図を作った」


 麗華の右手が、左手首の内側を撫でた。無意識の癖。怒りのサイン。指先が皮膚を擦る感触が、意識の端で冷たく響いた。


「蘇家と鳳家が共犯。そして蘇家が裏切り、鳳家だけに罪を被せた」


「そういうことじゃ」


「それを——五十年間、祖父様は一人で」


「父から託された。『この秘密を墓まで持っていけ』と。鳳家の存続のためにはこの秘密は隠し通さねばならぬと、そう言い残して父は逝った」


 老太爺は両手を膝の上で組んだ。震えは止まらない。組んだ手が、書斎の静寂の中で小さく音を立てている。


「わしはそれを守った。五十年間、誰にも語らなかった。お前にも。お前の父にも」


「父は——知らなかったのですか」


「知らせなかった。お前の父は地養術の素質が弱かった。この秘密を背負わせるのは酷だと判断した。——結果的に、お前の父は若くして逝き、秘密はわし一人のものになった」


 麗華は沈黙した。


 頭の中で情報を整理している。百年前の霊脈操作。鳳家と蘇家の共犯。蘇家の裏切り。五十年間の秘密。情報が多い。だが麗華の頭は、どれほど感情が揺れていても情報処理を止めない。後宮で鍛えた能力だ。泣きながらでも、怒りながらでも、思考は回る。


 そして——現在の蘇家の行動が、新たな文脈を帯びた。


(蘇家が霊脈図を密かに集めていたのも——先代から受け継いだ「霊脈操作」への執着の延長線上にあったのか。百年前の術をもう一度使おうとしていた? あるいは、鳳家を脅すための材料として)


「祖父様。百年前の蘇家の先代が鳳家を唆し、鳳家が術を実行し、失敗した。蘇家は責任を逃れ、鳳家が罪を被った。——それが全てですか」


「全てじゃ」


「では——この百年間の、瑛朝の荒地化は」


「鳳家と蘇家が引き起こしたものじゃ。どちらの罪も同じ。蘇家は鳳家を唆し、鳳家は野心に負けた。——どちらも、同罪だ」


 その言葉が、書斎に重く落ちた。


 百年間。数千万の民が飢え、国土が枯れ、瑛朝が衰退した百年間。草の根を食べ、樹皮を粥に混ぜ、それすら尽きて故郷を捨てた人々がいた。その全てが——二つの名門貴族の過ちに端を発していた。


 麗華は立ち上がった。


「祖父様。今日は——ここまでにさせてください」


「麗華——」


「整理する時間が必要です」


 声は平静だった。だが老太爺には分かっていた。孫娘の平静さが、嵐の前の凪であることを。麗華が最も冷静に見えるときが、最も感情が荒れているときだ。それは後宮時代から変わらない。


 麗華は書斎を出た。


 廊下に出た瞬間、足が止まった。


(鳳家と蘇家が——同罪。百年間の荒地化は人災。私の食糧戦略は——加害者の末裔が、被害の上に築いた権力だった)


 壁に手をつき、目を閉じた。


 呼吸を整える。感情を制御する。今は——崩れるわけにはいかない。


 だが胸の奥で、何かが音を立てて崩れ始めていた。三年間かけて積み上げてきた「正義」の土台が、根底から揺らいでいる。


 廊下の突き当たりから、厨房の匂いが漂ってきた。翠微が夕餉の支度をしているらしい。野菜を炒める音と、胡麻油の香ばしい匂い。鳳凰領の穀物で炊いた飯の湯気。その全てが——今の麗華には、百年前の過ちの結果に思えた。


 この穀物は、他の土地から奪った霊脈の力で育ったものだ。この豊かさは、他の土地の犠牲の上に成り立っている。


 胡麻油の匂いが鼻をついた。いつもなら食欲をそそる香りだ。だが今は——胸が詰まるような匂いに変わっていた。


 麗華は自室に戻り、扉を閉めた。


 灯りもつけず、暗い部屋の中で椅子に座った。窓から差し込む夕陽が、部屋の壁に細い光の筋を落としている。


(百年間。何千万の民が飢えた百年間。荒地を逃れて鳳凰領に辿り着いた難民たちが、「鳳様のおかげで食べられます」と頭を下げた。あの感謝は——何だったのだろう。加害者の子孫が、自分が奪ったものの残滓で人を救っていたのだとしたら)


 壁に落ちた光の筋が、少しずつ角度を変えていく。夕陽が沈んでいくのだ。


 光が消えた後も、麗華は暗い部屋に座り続けた。


 廊下を翠微の足音が通り過ぎた。「先生、ご飯できましたよ」と呼ぶ声が聞こえたが、麗華は応えなかった。


 今夜は——食べられない。


 食を武器にしてきた女が、食卓に向かえなくなっていた。


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