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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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問い詰める孫

 二日後、麗華は再び祖父の書斎を訪ねた。


 今度は穏やかに——ではなかった。


「祖父様。もう一度、お伺いします」


 麗華は書斎の椅子に座り、老太爺の正面に向き合った。前回は遠慮があった。祖父の動揺を見て、一歩引いてしまった。だが二日の間に荒地化はさらに進行している。南部穀倉地帯の被害面積は二日で倍に広がった。待てる時間はない。


「荒地化は日に日に進行しています。南部穀倉地帯の被害範囲はこの二日で倍に広がりました。このまま行けば、年内に鳳凰領の収穫量に深刻な影響が出ます」


「……ああ。承知しておる」


「承知しているのなら——教えてください。祖父様は何を知っているのですか」


 老太爺は目を伏せた。書斎の机の上に、古い霊脈図が広げたまま残っていた。二日前に麗華が来たとき、この霊脈図は書棚にしまわれていたはずだ。つまり祖父は麗華が去った後、自分で霊脈図を引っ張り出して見ていたのだ。


「麗華よ——」


「先日の祖父様の目を、私は見ました。罪悪感でした。何に対する罪悪感なのか、私には分からない。ですが祖父様が何かを隠していることは分かります」


 後宮で三年間、嘘と策謀の中を生き延びた女だ。人の感情を読み間違えることは少ない。ましてや最も親しい祖父の表情を。蘇玉蘭そぎょくらんの演技を見破れなかったことは一度もない。後宮のどのひんよりも深く感情を隠す皇帝ですら、麗華の目は読んだ。その目が、祖父の罪悪感を見逃すはずがなかった。


 老太爺の手が震えた。先日よりも大きく。膝の上に置いた手が、布を握りしめている。


「祖父様。鳳凰領の民が不安に怯えています。私の地養術では荒地化を止められない。何か手がかりがあるなら——」


「やめてくれ、麗華」


 老太爺の声が、初めて鋭くなった。


 麗華は息を呑んだ。祖父が声を荒らげるのは、記憶にある限り数えるほどしかない。最後に聞いたのは、麗華が十三歳のとき、地養術の修行中に無理をして倒れたときだ。あのときの祖父は怒りではなく心配で声を荒らげた。だが今の声には——もっと深い感情がある。苦痛だ。


「祖父様……」


「お前に——話すべきではないのかもしれぬ。いや、話さねばならぬのかもしれぬ。だがわしは……」


 老太爺は両手で顔を覆った。


 節くれ立った指の間から、苦しげな息が漏れた。その手は、地養術を使うときに翡翠色に光る手だ。鳳凰領の大地を五十年以上守り続けてきた手だ。その手が今、顔を覆い、震えている。


「わしは百年——いや、わしが知ってからは五十年。五十年間、この秘密を守ってきた。父から託されて、墓まで持っていくつもりだった」


「秘密?」


 その一言で、書斎の空気が変わった。秘密。鳳家の地養術の継承者として、麗華は祖父から全てを教わったと思っていた。術式の理論、霊脈の構造、鳳家の歴史。全てを。だが「秘密」という言葉は、まだ教わっていないことがあると示している。


「麗華」


 老太爺が顔を上げた。その目は赤く充血し、瞳の奥に深い痛みがあった。七十八年を生きた老人の目に、五十年分の重荷が滲んでいる。


「知らなければよかったと——お前も思う真実がある」


 麗華の胸が冷たくなった。


 祖父の言葉の重さが、空気を変えた。この書斎で何度も地養術の教えを受けた。霊脈の理を学び、鳳家の秘伝を継承した。その全ての記憶の上に——祖父の苦悩が覆いかぶさっている。あの穏やかな教えの裏に、五十年間隠し続けた秘密があったのだ。


「祖父様。知らなければよかったかどうかは、聞いてから判断します」


 麗華の声は静かだった。震えてはいない。だが膝の上に置いた手は、握りしめられていた。爪が掌に食い込むほどに。


 老太爺はしばらく黙っていた。窓の外で、風が柿の木の枝を揺らした。色づき始めた柿の実が、風に揺れて枝に当たる小さな音がした。


 やがて、老太爺は震える声で言った。


「麗華……お前に話さねばならぬことがある」


 一つ、深く息を吸い込んだ。長い、長い息だった。五十年分の息を吸い込むかのような。


「鳳家の——罪を」


 その言葉が落ちた瞬間、書斎の空気が凍りついた。


 麗華は動けなかった。


 鳳家の、罪。


 百年間守られてきた秘密。祖父が墓まで持っていこうとした真実。


 それが——告白されようとしている。


 老太爺の目から、一筋の涙が落ちた。皺だらけの頬を伝い、顎から滴って、膝の上の布に染みを作った。


「明日……明日、全てを話す。今日はもう——声が出なくなりそうでな」


 麗華は頷いた。


 何も言えなかった。


 書斎を出た麗華は、廊下で足を止めた。背中を壁に預け、天井を見上げた。


(鳳家の罪。——祖父様が罪と呼ぶほどのもの。それは、荒地化に関わっている。百年前の霊脈震に関わっている。そして五十年間、祖父様が一人で抱え続けてきた)


 廊下の向こうから、厨房の匂いが漂ってきた。春蘭が夕餉ゆうげの支度をしているのだろう。蓮根を煮る甘い匂い。鳳凰領の日常の匂い。その匂いの中に立ちながら、麗華の胸の奥で予感が冷たく渦巻いていた。


 明日。全てが変わる。


 麗華にはそれが分かっていた。


 夕餉の席に着いたが、蓮根の煮物を一切れ口に入れただけで箸を置いた。いつもなら春蘭の煮物を三膳はお代わりする。だが今夜は、味が分からなかった。


 春蘭が何も言わずに膳を下げた。


 翠微が「先生、大丈夫ですか」と心配そうに覗き込んだが、麗華は「大丈夫よ」と微笑んだ。いつもの微笑み。だがその奥に、明日という日の重さが、鉛のように沈んでいた。


 暁風は食堂の隅で黙って粥を食べていた。麗華の異変に気づいている目だったが、何も聞かなかった。暁風はいつもそうだ。聞くべきときと待つべきときを、この男は知っている。


 夜。寝台に横たわっても目が冴えていた。天井を見つめながら、祖父の言葉を反芻する。


 鳳家の罪。


 その四文字が、暗い部屋の中で何度も何度も反響していた。


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