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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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もう一人で抱え込むな

 三日目も、麗華は荒地に立っていた。


 朝から地養術を行使し、昼に戻り、午後にまた出る。翠微の「眠っている」という報告を受けて、術式を微調整しながら何度も試みた。力を注ぐのではなく、揺り起こすように。呼びかけるように。祖父から教わった術式の応用を、可能な限り試した。


 だが結果は変わらなかった。


 侵食を緩める程度の効果はある。灰色の土の一角に、ほんのわずかだけ黒みが戻る。だがその黒みは翌朝には消えている。一夜のうちに荒地化が進み、麗華の努力を塗り潰していく。ましてや回復など望むべくもない。術を終えるたびに膝が震え、視界が暗くなる。地養術の消耗が、確実に体を蝕んでいた。


 四日目。五日目。


 麗華は毎朝、荒地に向かった。戻るたびに顔色が悪くなり、食事の量が減り、目の下に隈が深まった。地養術の消耗が蓄積している。一日の術の行使で体力を大きく削り、翌日までに回復しきれないまま、また術を使う。自転車操業だった。


 春蘭しゅんらんが心配の色を隠さなくなった。毎朝、麗華の部屋になつめ枸杞くこの実を煮た滋養湯を運んでくるようになった。甘い棗の風味と、枸杞のほのかな苦みが溶け合った温かい汁だ。後宮時代、麗華が疲れたときに春蘭がいつも作ってくれたものだ。


「お嬢様。飲んでから出てください」


「ありがとう、春蘭」


 麗華は滋養湯を一口だけ飲んで、すぐに出かけようとした。春蘭が無言で麗華の袖を掴んだ。麗華は振り返り、春蘭の目を見て——全部飲み干した。


 翠微は麗華の帰りを待つたびに、師の手の震えが前日より大きくなっていることに気づいた。


 六日目の夕方。


 麗華が荒地から戻ると、暁風が執務室の前に立っていた。


 腕を組み、柱に背を預けている。待っていた——というより、覚悟を決めて立っている、という佇まいだった。鉄紺の軍袍ぐんほうの裾が夕風に揺れている。


「お帰りなさい、暁風殿。何か?」


「話がある」


「今日の報告なら、明日の朝に——」


「報告じゃない」


 暁風の声は平坦だったが、その奥に硬いものがあった。一瞬の沈黙の後、暁風は柱から背を離した。


「あんた、このまま続ける気か」


「このままとは?」


「毎日一人で荒地に出て、体を削って術をかけて——結果が変わらないのに、同じことを繰り返す気か」


 麗華の微笑みが、ほんの一瞬だけ揺れた。


「結果が変わらないとは限りません。術式を調整すれば——」


「三日間、同じ調整をして同じ結果だろう。俺は見ていた」


 見ていた。暁風は毎日、麗華が荒地に出るのを遠くから見守っていたのだ。護衛という名目ではあるが、それ以上の何かが暁風の目にはあった。


 暁風は麗華の正面に立った。暁風のほうが頭一つ分高い。見下ろす形になるが、暁風の目に見下しの色はない。真っ直ぐに、麗華を見ている。


「あんた一人の責任じゃない」


「私一人の責任です。地養術を使えるのは私だけ。この領地の食糧を守れるのは私だけ。——私がやらなければ、誰が」


「翠微がいる」


「翠微はまだ修行中です」


「なら二人でやればいい。一人で倒れるまで術を使って、領民がそれを見たらどう思う。『鳳様が倒れた』——それだけでまた市場が騒ぎになる。あんたが倒れることが、一番の危機だろう」


 麗華は反論しようとした。


 口を開き——言葉が出なかった。


 暁風の言うことは正しい。論理的に正しい。麗華自身、頭では分かっている。一人で無理を重ねても荒地化は止まらない。体を壊せば領地全体に影響が出る。翠微に任せられる部分は任せるべきだ。


 分かっている。


 だが——体が動いてしまうのだ。


 朝起きて、灰色の土を見て、「まだ試していない方法があるかもしれない」と思って、荒地に出る。その繰り返し。それを止められない。止めたら、大地が死んでいくのをただ見ているだけになるから。止めることは、諦めることだ。そしてあの灰色の大地の下で微かに眠っている霊脈を——見捨てることだ。


「……私がやらなければ」


 同じ言葉を繰り返す自分に、麗華は気づいていた。


 暁風は何も言わず、ただ麗華を見ていた。責めるでもなく、同情するでもなく。事実を伝えた。あとは麗華が判断する。暁風はいつもそうだ。言葉を尽くして説得しようとはしない。ただ事実を置いて、相手の判断を待つ。武人の流儀なのか、暁風の性分なのかは分からない。


 麗華は暁風を見上げた。反論しようとして——言葉が出ない。


 沈黙が落ちた。


 夕陽が回廊に差し込み、二人の影を長く伸ばしていた。暁風の影のほうが大きい。だがその影が、麗華の影のすぐ隣に落ちている。


 麗華は目を伏せた。


「……考えます」


「ああ」


 暁風はそれだけ言って、踵を返した。


 背中を見送りながら、麗華は思った。


(あの人は——正しいことを言っている。分かっている。分かっているのに、止められない)


 一人で抱え込む癖は、幼い頃からだ。祖父に鍛えられ、後宮で研がれ、廃妃の後も一人で全てを制御してきた。「一人でやれる」ことが、麗華の矜持であり、武器だった。


 だが今、その矜持が——足枷になりかけている。


 麗華は執務室に入り、椅子に座った。机の上に、翠微が整理した荒地化の進行データがある。数字は冷酷だ。侵食速度は日に日に上がっている。南部穀倉地帯の被害面積は五日前の三倍に達していた。この速度が続けば、秋の収穫に直接影響が出る。食糧備蓄の計算を組み直す必要がある。


 春蘭が置いていった滋養湯の残りが、執務室の隅にあった。もう冷めている。麗華はそれを手に取り、一口飲んだ。冷めた棗の甘みが、舌の上でぼんやりと溶けた。温かいうちに飲めば体が温まったはずだが、冷たい甘みはどこか寂しい味がした。


 目を閉じた。


 暁風の声が耳に残っていた。


「あんた一人の責任じゃない」


 その言葉が、胸の深いところに落ちて——まだ沈み続けている。底に着いたのかどうかも、分からないまま。


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