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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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老太爺の食卓

 麗華は祖父のために食事を作った。


 心を込めて。


 白飯を炊いた。鳳凰領の米——中央部の、一番力のある圃場で採れた米を選んだ。一粒一粒が透き通るような白さを持つ、最上の米だ。水加減を慎重に計り、火加減を丁寧に見守り、蒸らしの時間も正確に取った。竈の前に座り、火の音を聞く。ぱちぱちと燃える薪の音。鍋の蓋がかたかたと鳴り始め、蒸気が漏れる。蓋を開けると、真っ白な湯気が立ち上り、甘い米の香りが厨房に満ちた。この香りが変わらない限り、鳳凰領の中心はまだ生きている。


 煮物を作った。大根と鶏の煮物。祖父が昔から好きな味付け——醤油を少し控えめにして、出汁を効かせる。鶏の骨から取った出汁に、昆布と干し椎茸の旨味を重ねる。三種の旨味が溶け合い、深みのある液が鍋の中で穏やかに揺れている。大根は柔らかく煮て、箸で崩れるくらいに。煮汁が大根の芯まで染み込み、断面が飴色に変わるまで。半刻ほどかけて弱火で煮含めると、大根が透き通るような琥珀色に変わった。鶏の骨からとろりと溶け出した膠質が煮汁にこくを加え、一口含めば舌の上に旨味が層をなして広がる。


 漬物を添えた。鳳凰領の蕪の糠漬け。糠床から取り出すと、発酵した酸味と蕪の甘みが混じった香りが鼻をくすぐった。薄く切ると、断面がみずみずしく光った。この糠床は鳳家に三代続くものだ。祖父が若い頃に仕込み、麗華の母が世話をし、今は春蘭が毎日かき混ぜている。


 膳を整えて、祖父の部屋に運んだ。


「お祖父様。食事を」


「おう」


 老太爺が椅子から卓に移った。動きがゆっくりだ。杖に頼る時間が長くなっている。膳を見て、わずかに目を細めた。皺の奥に、柔らかい光が宿った。


「白飯か。——わしに贅沢をさせるな」


「贅沢ではありません。お祖父様が食べなければ、私が心配します」


「心配性の孫を持つと、老いぼれは気が休まらんのう」


 老太爺が箸を取った。白飯を一口、口に運んだ。ゆっくりと噛む。歯の弱った老人の咀嚼だが、丁寧に、味を確かめるように。米粒を舌の上で転がし、甘みを探っている。


「……旨い」


「ありがとうございます」


「この飯が——いつまで食えるかのう」


 老太爺の呟きに、麗華の手が止まった。煮物を取り分けようとしていた箸が、宙で固まった。


「お祖父様」


「昔は——もっと旨かった。わしが若い頃の米は、もっと甘かった。噛むほどに蜜のような甘みが広がり、飲み込むのが惜しかった。あの頃の米は、白飯だけで三杯は食えた。おかずなど要らなかった。それでも十分旨いが——昔に比べれば、味が薄くなっている」


「霊脈の力が——」


「そうじゃ。百年かけて、少しずつ薄くなった。わしの代で止められると思ったが——止められなかった。お前の代で——」


 老太爺が煮物を口に入れた。ゆっくり噛んで、飲み込んだ。大根の柔らかさに、かすかに笑みが浮かんだ。出汁の味が染みた大根は、祖父の弱った歯でも噛める。噛むと大根の繊維から煮汁がじわりと滲み出し、鶏と昆布の旨味が口の中に広がった。


「お祖父様。教えてください。私に何ができるかを」


「麗華」


「お祖父様が語れないことがあるのは、わかっています。でも——何も知らないままでは、守りようがない」


 老太爺が箸を置いた。


「お前なら——大丈夫だ」


「それだけでは——」


「大丈夫だと言うておる」


 老太爺が麗華の手を握った。皺だらけの手。かつて地養術で大地に力を注ぎ続けた手。今は細く、力がない。だが温かい。指の節がごつごつと麗華の掌に当たる。この手に引かれて、初めて畑に出た幼い日のことを思い出した。祖父の手は大きくて温かくて、繋いでいるだけで世界が安全だった。


「お前の地養は、わしより強い。お前の知恵は、わしより鋭い。そして——翠微がおる。あの娘の力は、わしにもない」


「翠微の力——」


「あの娘は——治す力を持っておる。わしの地養は『育てる力』だ。お前の地養もそうだ。種に力を与え、成長を促す。だが翠微は——壊れたものを治す力がある。それが何を意味するか——」


 老太爺が目を伏せた。


「まだ全てを語る時ではない。だが——近いうちに。必ず話す」


「お祖父様……」


 食事を終え、膳を持って廊下に出た。板壁に手をつき、深い息を吐いた。祖父が半分しか食べなかった白飯が、膳の上で冷えている。鳳凰領の最上の米で炊いた飯だ。それを祖父は半分残した。食が細ること自体は、老いの証だ。だが祖父の食べ方が変わったのだ。以前は一口一口を味わい、「旨い」と呟いていた。今日は——味を確かめるように噛んでいた。旨いかどうかではなく、この味がまだあるかどうかを。



「今日は——この飯を食わせてくれ。旨い飯を食えるうちに、食っておきたい」


 二人で食事を続けた。白飯を食べ、煮物を食べ、漬物を齧った。静かな食卓だった。箸が器に触れる音と、老太爺の咀嚼の音だけが部屋に満ちている。窓の外から、夕暮れの虫の声が微かに聞こえる。


 老太爺が飯を半分食べたところで、箸を置いた。


「すまぬ。もう入らん」


「もう少しだけ」


「年寄りに無理をさせるな」


 膳を下げながら、麗華は祖父の食べ残しを見つめた。半分も食べられなくなっている。


(お祖父様が弱っている。身体も——心も)


 部屋を出る時、振り返った。老太爺が椅子に座り、窓の外を見ていた。夕日が老人の横顔を照らしている。


「お祖父様。——必ず、また一緒にご飯を食べましょう」


「ああ。——必ずな」


 廊下に出て、麗華は壁に背を預けた。板壁の冷たさが、背中に沁みた。


(お祖父様の言えないこと。鳳家の秘密。百年前の真実。——私はそれに、向き合えるだろうか)


 わからない。だが——向き合わなければならない。


 食卓の温もりを胸に、麗華は執務室に戻った。

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