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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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辺縁の地

 麗華と暁風は、鳳凰領の辺縁部を視察に向かった。


 馬を並べて、領地の東端を目指す。翠微が最も強い「きしみ」を感じたと報告した区域だ。朝霧が低く垂れ込め、馬の足元が見えにくい。霧の中を進む馬の息が白い。手綱を握る指先が冷たく、革越しに朝の冷気が沁みてきた。


 中央部を抜けると、景色が少しずつ変わった。


 中央部では冬小麦が青々と育っていた。穂が風に揺れ、露がきらめく豊かな畑だ。農夫がすでに畦に出て、水路の水位を確かめている。だが外縁部に近づくにつれて穂が小さくなり、色が薄くなる。緑が黄緑に変わり、やがて茶色が混じり始める。畑の色がじわじわと移ろっていく様は、まるで健康な肌から病んだ肌へのグラデーションのようだった。そして辺縁部に入ると——


「……これは」


 暁風が馬を止めた。


 畑の作物が明らかに弱っていた。冬小麦の穂が萎れ、茎が細い。葉の先端が茶色く変色し、中には完全に枯れて折れ曲がった穂もある。風が吹くと枯れた穂が地面に落ち、乾いた音を立てた。その音はまるで、薄い陶器が割れるような——命の抜けた軽さだった。


「前に来た時より、悪化しています」


 麗華が馬を降り、畑に入った。足元の土が、中央部より硬い。靴底に返ってくる感触が違う。中央部の土は踏めばわずかに沈み、弾力がある。ここの土は、石を踏んでいるようだ。


 土に手を当てた。地養術を行使する。


 指先に光が宿った——だが、弱い。いつもなら淡緑色に輝く光が、今日は薄い。蝋燭の炎が風に煽られるように、不安定に揺れている。


 霊脈を探る。


「……ほとんど感じない」


 力を込めた。もう一段深く、霊脈に語りかける。意識を大地の奥へ、さらに奥へ沈めていく。額に薄く汗が滲んだ。こめかみの奥で、微かな耳鳴りがする。


 かすかに——脈動が返ってきた。だが以前の十分の一ほどの力しかない。糸のように細く、今にも途切れそうな脈だ。


「暁風殿。ここの霊脈は——ほぼ枯渇しかけています」


「枯渇?」


「地養術は霊脈の力を畑に注ぐ術。だが源が枯れれば、注ぐものがない」


 麗華は立ち上がり、周囲を見渡した。


 畑の隅に、完全に枯れた区画があった。そこに向かった。足を踏み出すたびに、土がさくさくと音を立てる。生きた土の感触ではない。乾いた砂利の上を歩いているような、空虚な足音。


 枯れた区画の土は——乾いていた。水を撒いても浸透しないような、硬く白っぽい土。表面に細かいひび割れが走り、まるで陶器の釉薬が割れたようだ。ひび割れの一本一本が、大地の命が抜けていく傷跡に見えた。


「この土は——」


 麗華が手に取った。指で擦った。砂のようにさらさらとこぼれ落ちる。指に何も残らない。匂いもない。生命の気配が、完全に消えていた。中央部の土を手に取った時に感じた、あの微生物の息吹——腐葉土の温かい甘さが、ここには欠片もない。


「養分がない。有機物がない。——死んだ土です」


 暁風が息を呑んだ。


「荒地化か」


「……断定はできません。でも——」


 麗華は畑の先を見た。辺縁部から外を見ると、鳳凰領の外側に広がる荒地が見える。灰色の大地。百年前の霊脈震で枯れ果てた不毛の地。風が灰色の砂を巻き上げ、空が薄く霞んでいる。


 そして——辺縁部の畑の土が、その灰色に近づいている。


「外の荒地と——同じ色になりかけている」


 暁風が麗華の隣に立った。


「まさか——鳳凰領まで」


 麗華は答えなかった。答えられなかった。


 手のひらの砂をじっと見つめた。死んだ土。何も育たない土。


(鳳凰領は——地養術があるから安全だと思っていた。霊脈が生きているから、穀物が育つ。百年間、ずっとそうだった。だが——)


(霊脈が衰えれば、地養術は無力になる)


 辺縁部の畑で採れた米を、その場で炊いて味見してみた。携帯の火鉢で小さな鍋に水と米を入れ、炊く。火が米を煮る音が、静かな畑に響いた。炭火の匂いが立ちのぼる。小さな鍋の蓋がかたかたと震え、蒸気が漏れた。炊き上がるまでの時間が妙に長く感じられた。


 暁風は炊き上がった辺縁部の米を、もう一口食べた。噛み締めるように。味のない米を、それでも丁寧に噛んだ。米粒を舌の上で潰し、残された僅かな甘みを探す。——ない。中央部の米なら、三度噛めば蜜のような甘みが溢れるのに。この米は十度噛んでも味がしない。澱粉が水に溶けるような、素気ない味だ。暁風の顔が引き締まった。食の違いを知る男だからこそ、この味の喪失の重大さがわかる。麗華が何を恐れているのか、今ようやく実感した。



 鍋の蓋を取ると、薄い蒸気が立ち上った。米の香りがするはずだった。だがこの蒸気には——匂いがほとんどない。中央部の米を炊いた時に広がる、あの蜜のような甘い香りが欠片もない。


 炊き上がった米を口に入れた。


「……芯が残る。養分が足りていない」


 暁風が一口食べた。箸が一瞬止まった——だが今回は、感動の停止ではない。眉が微かに寄っている。


「味が……薄い。甘みがほとんどない」


「鳳凰領の米は甘いと言ったでしょう。この米には——甘みがほとんどない。ただの澱粉の塊です。噛んでも噛んでも、あの蜜のような甘みが出てこない」


 二人は畑の前に立った。


 夕日が辺縁部の枯れかけた穂を照らしている。金色ではなく、茶色の穂だ。光を受けても輝かない。


「暁風殿」


「ああ」


「鳳凰領の霊脈が衰え始めている。外縁部から——中央部に向かって」


 暁風は何も言わなかった。ただ隣にいた。肩が触れるか触れないかの距離で。


 風が吹いた。枯れた土が舞い上がった。灰色の粒子が二人の間を流れていく。


 麗華はその土埃の中に立ち、目を閉じた。


(鳳凰領は——もう安全ではない)


 その認識が、胸の中に石のように沈んだ。

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