翠微の報告
翠微の顔は深刻だった。
「師匠。辺縁部の土が——以前と違うんです」
「どう違うの」
「音が……変わりました」
「音?」
翠微は言葉を探すように眉を寄せた。指先を揉み、唇を噛み、それでも的確な言葉が見つからないようだった。三つ編みの先を無意識にいじっている。修行中にいつもやる癖だ。考え事をするときの翠微は、全身で考える。
「あたし、土に手を当てると霊脈の脈動が聞こえるんです。前にも言いましたよね。土の鼓動みたいなもの」
「ええ。あなたの感知は聴覚に近い。私の感知が触覚で捉えるものを、あなたは音として感じる」
「その音が——外縁部だけ、変わってるんです。前は『どくん、どくん』って力強い音だったのが、今は——『……ど、くん……ど、くん……』って。弱くて、間が空いてて。まるで——」
翠微が両手で胸を押さえた。
「病気の人の心臓みたいな」
麗華は翠微の表現に耳を傾けた。感覚的な言葉だが、翠微の感知は麗華より鋭い面がある。特に「異変」を察知する力は、師を超えている。名門の理論教育では得られない、大地に根差した直感。農家の娘として土に触れ続けてきた年月が、翠微の耳を研ぎ澄ませたのだ。
「それと——もう一つ。音の中に、変な——ノイズみたいなものが混じってるんです。『ぎぎ』って。きしむような。木が折れる前に鳴る音に似てる」
「きしむ?」
「うまく言えないんですけど。霊脈が——苦しそうなんです。土が、痛がってるみたいな」
麗華は翠微を連れて外縁部に向かった。暁風も同行した。三人で馬を走らせ、外縁部の畑を目指す。朝靄の中を馬の蹄が地を蹴り、道の両脇の冬枯れの草が風に揺れた。冷たい朝の空気が頬を叩き、馬の息が白く噴き出している。
辺縁部の畑。前回来た時より、明らかに作物が小さくなっていた。冬小麦の穂が萎びかけている。葉先が茶色く変色し、茎が細い。風が吹くたびに、穂が力なく揺れた。穂に実が入りきっていない。本来なら重みで垂れ下がるはずの穂が、真っ直ぐ空を向いている——軽すぎるのだ。
「ここで感知してみて」
翠微が膝をつき、土に手を当てた。翡翠色の光が指先に宿る。深い緑と青が混じった光だ。麗華の淡緑色の光とは色味が違う。
「……やっぱり。弱い。そして——きしんでる。聞こえますか、師匠」
麗華も隣で手を当てた。淡緑色の光が指先に灯る。
霊脈を探った。
——ある。だが弱い。翠微の言う「きしみ」は——麗華には直接は聞こえない。だが、霊脈の流れに不規則な揺らぎがあることは感じた。脈動のリズムが乱れ、力の流れが時折途切れる。まるで細い糸が引っ張られて、今にも千切れそうになっているような——そんな感触だ。
「翠微。あなたにはこの揺らぎが音として聞こえるのね」
「はい。師匠には聞こえませんか」
「揺らぎは感じる。だがあなたほど明瞭ではない。あなたの耳は——私より鋭い」
翠微が少し驚いた顔をした。師匠に褒められたことよりも、師匠が自分の優位を認めたことに驚いているようだった。茶色の瞳が大きく開かれ、唇が微かに開いている。
麗華は手を離し、立ち上がった。膝に土がついている。灰色がかった土だ。中央部の黒く豊かな土とは違う。
「翠微。外縁部だけでなく、中央部との境界でも同じ音がするか確認してくれますか」
「はい」
翠微が走っていった。足袋の裾に土がつくのも構わず、畦道を駆けていく。三つ編みが背中で跳ね、翠微の小さな背中がどんどん遠ざかる。
暁風が黙って隣に立っている。風が二人の間を吹き抜け、枯れかけた穂が音を立てた。乾いた、軽い音だ。
「どういうことだ」
「翠微の感覚が捉えているのは——霊脈の異変です。力が弱まっているだけでなく、霊脈そのものに異常が起きている可能性がある」
「異常とは」
「まだわかりません。だが——翠微の感知力はこういう時に頼りになる。あの子の耳を信じます」
夕方、翠微が戻ってきた。息を切らし、頬を紅潮させている。走り通しだったのだろう。額に汗が浮き、三つ編みが乱れて頬に張り付いていた。
「師匠。中央部と外縁部の境界でも——同じ音が聞こえました。中央部に近いところでは弱いけど、外縁部に行くほど大きくなる」
「つまり——異変は外縁部から始まって、中央部に向かって進んでいる」
「多分。——師匠。これって」
翠微が不安そうな目で麗華を見た。
「荒地化……ですか」
麗華は答えなかった。すぐには答えられなかった。風が止み、畑が不気味なほどの静寂に沈んだ。
「……わかりません。まだ確定はできない。でも——翠微が感じた野菜を持ってきましたか」
翠微が袋から小さな蕪を取り出した。泥がついたままの、掌に収まるほどの小さな蕪だ。
「これ。外縁部で採れた蕪です。食べてみてください」
麗華が蕪を齧った。
薄い。水っぽい。本来あるはずの甘みと辛みがほとんどない。繊維だけが舌に残り、味わいが消えている。蕪の皮の下にあるはずのきめ細かな果肉が、ざらざらとした食感に変わっていた。噛むたびに水分が出るが、それは蕪の旨味を含んだ汁ではなく、ただの水だった。噛み進めても甘みが追いかけてこない。鳳凰領の蕪は、一口目に辛みが鼻に抜け、二口目に甘みが広がるのが持ち味だった。その味が、完全に消えている。
「……味が、ない」
「でしょう。前はもっと甘かったのに。噛んだ瞬間に汁が出て、辛みが鼻に抜けたのに」
麗華は蕪を見つめた。小さな蕪。味の薄い蕪。大地の力が失われていく証。
「翠微。引き続き外縁部の監視をお願いします。音の変化を、毎日報告して」
「はい」
翠微が去った後、麗華は暁風と二人で畑の前に立った。西の空が燃えるような朱色に染まり、枯れかけた穂の影が長く伸びている。
「確かめたら教えると言った」
「ええ。——鳳凰領の霊脈に、異変が起きています。荒地化かどうかはまだ断定できない。でも——楽観はできません」
暁風は何も言わなかった。ただ、麗華の隣に立っていた。
沈黙が——信頼の形だった。




