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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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通常の地養では

 外縁部の農夫が、朝一番で駆け込んできた。


「麗華様。畑の様子がおかしいんです。作物の育ちが——以前と違う」


 麗華は畑に向かった。暁風が護衛として同行した。二人で馬を並べ、外縁部を目指す。朝霧が地面を這い、馬の脚が白い霧を蹴散らしていく。霧の中に畑の緑がぼんやりと浮かび、近づくほどにその緑が薄いことがわかった。朝の空気は冷たく、馬の鼻から白い息が噴き出している。


 外縁部の畑に到着すると、確かに——作物が以前より小さかった。冬小麦の穂が、中央部に比べて一回り小さい。葉の色も薄い。中央部では力強い緑色をしていた葉が、ここでは黄緑がかっている。生気が足りない。穂が風に揺れるが、その揺れ方も弱々しい。中央部の穂はしなやかに風を受け流すのに、ここの穂は風に負けるように折れかかる。


「いつからですか」


「半月ほど前から気になっていました。地養をしていただいたのに——効きが悪いような。以前は地養の翌日には穂が膨らんだのに、今は三日経っても変わらない」


 麗華は膝をつき、土に手を当てた。膝の下の土は冷たく、中央部で感じた柔らかさがない。掌に触れる地面は乾いて粉っぽく、指の腹が土の表面を滑るような感触だった。土に顔を近づけると、かすかに砂の匂いがした。中央部の土が持つ、あの豊かな腐葉土の甘い匂いが——ここにはない。


 霊脈を探る。


 ——ある。だが、弱い。


 中央部では力強く脈打っていた霊脈が、ここでは細い糸のように頼りない。太い川が細流になったような——力が削がれている感覚。指先に伝わる脈動が、心臓の鼓動ではなく、遠い太鼓の残響のように頼りなかった。


「力を注いでみます」


 地養術を行使した。指先に光が宿り、土に力を流し込む。


 応答が返ってきた。だが——注いだ力の半分も土が受け取っていない感覚。力が素通りしていく。砂に水を注ぐように、染み込まず流れ去っていく。


(通常の地養では——もう、追いつかない)


 麗華は手を離した。指先が冷たい。力が返ってこなかった分、体が冷えている。手のひらを見ると、いつもは地養の後に残る薄緑の光の名残りがない。


「暁風殿」


「ああ」


「鳳凰領の霊脈が——衰え始めています」


 暁風の顔が引き締まった。


「どういうことだ」


「地養術は、霊脈の力を畑に注ぐ術です。だが霊脈そのものが弱まれば——注げる力が減る。いくら術を使っても、源が枯れれば意味がない」


「それは——荒地化か」


 麗華は答えなかった。すぐには答えられなかった。その言葉を口にすることの重さを、全身で感じていた。


「……わかりません。まだ確定的なことは言えません。ただ——」


 土を手に取った。指で擦ると、以前より乾いた感触がした。粒子が粗い。指の間からさらさらと零れ落ちる。生きた土はもっとしっとりとして、指に吸いつくような感触があるはずだ。


「この土は——養分が抜けかけている。作物の育ちが悪いのはそのためです」


 暁風が黙って麗華の表情を見ていた。麗華の顔から血の気が引いているのがわかった。唇が薄くなり、目の奥が暗い。戦場で死を前にした兵士が見せる顔と同じだ。ただし麗華の場合、恐れているのは自分の死ではなく——この土地の死だ。


 農夫が不安そうな顔をした。目に恐怖が浮かんでいる。先祖代々の畑だ。日に焼けた手が、畑の杭を握りしめている。


「麗華様。うちの畑は——もう駄目なのですか」


「駄目ではありません。中央部の霊脈はまだ健在です。外縁部も——手を打てば」


「暁風殿。翠微を呼んでください。外縁部の畑を、あの子の感覚で調べてもらいます」


「わかった」


 暁風が走っていった。


 一人になった麗華は、外縁部の畑の前に立った。


 風が吹いた。枯れかけた穂が揺れる。中央部では金色に輝くはずの穂が——ここでは茶色がかっている。


 帰路、暁風が馬上で言った。「あの蕪を食べた時の顔、見たぞ」と。麗華は眉を上げた。「どんな顔でしたか」「——食を武器にしてきた女が、味のない食に出会った時の顔だ。怒りでも悲しみでもない。もっと深い——」暁風は言葉を探した。「失望、か。いや——危機感だ。あんたは味がないことに、命の危機を感じている」。麗華は黙った。暁風の観察眼は鋭い。武人の目は、人の微細な表情の変化を戦場で読む訓練を積んでいる。敵の次の動きを読むように、麗華の感情を読んだのだ。この男の前では、仮面が役に立たない。それが——不思議と不快ではなかった。



 翠微が駆けつけた。膝をつき、土に手を当てた。翡翠色の光が指先に宿る。翠微の感覚は麗華とは異なるアプローチで霊脈を捉える。


「……師匠。ここ、すごく疲れてます。霊脈が——息切れしてるみたいな感じです」


「息切れ」


「はい。力はあるんです。でも、出せない。何かが詰まっているような——」


 翠微の表現は素朴だが、核心を突いている。霊脈の力が弱いのではなく、力が通らない。


 畑で採れた野菜を一つ持ち帰った。小さな蕪だ。掌に収まるほど小さい。本来なら拳ほどに育つはずなのに。


 厨房で切ってみた。断面が白っぽい。本来の蕪は断面が艶やかな象牙色で、切った瞬間に甘い汁が滴る。だがこの蕪は乾いている。包丁に水気がほとんどつかなかった。切り口から甘い香りがするはずなのに——土の匂いしかしない。


 味見する。


 薄い。


 いつもなら甘みと旨味が広がる鳳凰領の野菜が——水っぽく、味が薄い。噛んでも噛んでも、味がしない。繊維だけが歯に残り、舌の上を滑っていく。


(土が痩せている。養分が足りていない。霊脈の力が——弱まっている)


 野菜を皿に置き、麗華は窓の外を見た。


 鳳凰領の畑は、まだ緑だ。まだ——だが。


(通常の地養では、もう追いつかない。では何が必要なのか)


 答えはまだ見えなかった。

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