凱旋の食卓
凱旋の宴が開かれた。
鳳凰領の広場に長卓が並び、領民が集った。松明の灯りが夜空に揺れ、炊き出しの湯気が立ち上る。秋虫の声が止み、代わりに人々のざわめきが広場を満たした。夜風が頬に冷たいが、炊き出しの熱気と人の温もりが広場を暖めている。松明の炎が領民の顔を橙色に照らし、笑い声と食器の音が交差していた。
「暁風殿。杯を」
領民の男が暁風に酒を差し出した。暁風は照れたように頭を掻きながら受け取った。耳の先が赤い。
「ありがたい。だが——俺一人の手柄じゃない」
「ご謙遜を。将軍殿が前線で戦ってくれなければ、この領地は——」
「食糧を届けてくれた者たちのおかげだ。補給隊の連中に、まず飲ませてやってくれ」
暁風は杯を掲げ、一口飲んだ。濁り酒だ。鳳凰領で醸した素朴な酒。米の甘みが残っていて飲みやすい。舌の上でわずかに泡立つ新鮮な口当たりが、戦場の緊張を解していく。発酵の酸味が喉を通り抜け、胃に落ちると全身がほどけるような温かさが広がった。
広場に料理が運ばれてきた。鳳凰領の名物——地鶏の蒸し焼きは皮目が金色に輝き、肉汁がじゅうと音を立てている。蓮根の煮物は醤油の艶やかな照りをまとい、翡翠粥は青菜を練り込んだ碧色が松明に映えた。季節の青菜の炒めは、鉄鍋から移したばかりで湯気が勢いよく立ち上っている。鶏の脂の芳ばしい匂いと青菜の鮮やかな緑の香りが交差し、広場に食の祝祭の匂いを満たした。地鶏の蒸し焼きは、皮目を炭火で炙ってから蒸籠にかけるという二段構えの調理だ。皮の脂が香ばしく焼き付けられた後、蒸気で肉の旨味が閉じ込められる。切り分けると断面が薄桃色に輝き、肉汁が滴った。
宴にしては品数が少ない。普段なら倍は並ぶはずだ。だが領民は不満を漏らさなかった。
「旨い。やっぱり鳳凰領の飯は旨い」
「将軍殿も食べてください。一番いい鶏を使いましたから」
暁風が鶏の蒸し焼きを頬張った。箸が止まる。いつものことだ。皮の香ばしさと肉の旨味が口の中で弾け、目を閉じた。地養術で育った鶏は旨味の厚みが違う。皮の下に溜まった脂が舌の上でとろりと溶け、噛むほどに肉の甘みが滲み出てくる。
「……旨い」
蓮根の煮物に箸を伸ばす者もいた。厚切りの蓮根は歯応えがしゃきりと小気味よく、醤油と味醂で煮詰めた甘辛い味が舌に絡む。噛むと蓮根の穴から煮汁が滲み出て、二度旨い。翡翠粥は青菜を擂り潰して米に混ぜ込んだもので、見た目の碧色が目に涼しく、味は菜の青い風味と米の甘みが調和している。
青菜の炒めは鉄鍋の熱がまだ残っていて、箸でつまむと油が指先に光った。青菜の茎はしゃきりと歯応えがよく、葉先はしんなりとして塩味が染みている。鳳凰領の畑で今朝摘んだ青菜だ。地養術で育った野菜の味の濃さに、知らぬ者は目を丸くする。
宴は穏やかだった。死者への黙祷があり、負傷者への労いがあり、そして——生き残った者たちの笑顔があった。
麗華は広場の端で、宴を見守っていた。杯は手に持っているが、ほとんど口をつけていない。
「お嬢様、お席につかないのですか」
春蘭が声をかけた。
「ええ。少しだけ、見ていたいの」
領民の笑顔。暁風が杯を交わす姿。食卓を囲む人々の温もり。広場に満ちた料理の匂いが、夜風に乗って鳳凰領の外まで届いている。鶏の脂と味噌と米の匂い。生きている匂いだ。この匂いの中にいられることが、どれほど幸いなことか。松明の灯りに照らされた領民の頬は、食と酒で赤く染まっている。
これを守るために戦った。これを守るために食糧を数え、補給線を組み、敵にまで食糧を送った。
(よかった。——この光景が見られて、よかった)
春蘭が小さく咳払いをした。
「お嬢様。あの——備蓄の件ですが」
「今ですか」
「はい。今です。申し訳ありませんが——先延ばしにできません」
春蘭が帳面を差し出した。麗華は受け取り、灯りに透かして読んだ。
顔色が変わった。笑みが消え、目が帳面の数字に釘付けになった。
「この宴の食材で——さらに備蓄が二日分減った」
宴の食材は、麗華が自ら選んだ。地鶏は一番脂の乗った時期のものを十五羽。蓮根は泥を落とした瞬間に象牙色の肌が光る上物だ。翡翠粥に使う青菜は朝一番に摘んだ新鮮なものを選び、色が飛ばぬよう手早く調理させた。品数は少ないが、一品一品の質を落とさない。それが麗華の宴の流儀だ。量より質。数より味。限られた備蓄の中で最大限の味を引き出す。鶏の脂が滴る音、蓮根が煮汁を吸う音、翡翠粥が釜の中で碧色に変わっていく様。厨房は食の戦場だ。この味を、いつまで守れるだろう。この鶏の旨味。この米の甘み。翡翠粥の碧色。全てが鳳凰領の大地から生まれたものだ。
「はい。宴の規模を小さくしたとはいえ、これだけの人数に食事を出せば。鶏だけでも十五羽。米は三俵使いました」
麗華は帳面を閉じた。指先が白くなるほど強く挟んだ。
宴に戻った。笑顔を保ったまま、暁風の隣に座った。後宮で鍛えた笑顔だ。
「暁風殿。おめでとうございます」
「おめでたいのはお互い様だ。——顔色が悪いぞ」
「そうですか? 光の加減でしょう」
麗華は鶏の蒸し焼きを一口食べた。旨い。本当に旨い。皮の脂が舌に溶け、肉の繊維がほろりとほどける。
(この味を、いつまで守れるだろう)
宴の喧噪の中で、麗華は一人だけ別の計算をしていた。残りの備蓄。来年の春までの日数。種籾を食べずに済む方法。
笑顔の裏で、帳面の数字が頭を駆け巡っている。
それでも——今夜だけは、笑顔でいよう。鶏の蒸し焼きの最後の一切れを口に運んだ。冷めてもなお旨い。脂が固まりかけた皮の下に、肉の甘みが閉じ込められている。噛むとじゅわりと旨味が広がり、鳳凰領の大地の味がした。
戦に勝った夜なのだから。




