表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/131

剣と策

 暁風が拠点の掃討を終えた報せが、昼前に鳳凰領に届いた。


 だが全てが終わったわけではなかった。


 手勢の一人が早馬で帰還し、報告した。汗に濡れた顔が上気し、息が白く凍っている。


「将軍が拠点を制圧しましたが——逃げた者が三名。南東の山道を抜けて、外に出ようとしています」


 麗華は即座に地図を広げた。卓の上に墨壺と筆が転がり、先ほどまで何か別の書類を書いていたことが分かる。全てを脇に寄せて地図を広げる手つきは速く、迷いがない。


「南東——春蘭が連絡路を塞いでいるはずですが」


「塞いだ三本の道とは別の、獣道を使っている模様です」


「別の道があった——」


 麗華は唇を噛んだ。春蘭の情報網は精密だが、獣道までは把握しきれなかったか。完璧な網を張ったつもりでも、必ず隙がある。知略は万能ではない。それを思い知らされる瞬間だった。


「その三名が蘇家本体に到達すれば——」


 工作員の排除が蘇家に伝わる。蘇家は警戒を強め、次の手を打ってくる。今ここで情報を遮断しなければ、暁風の戦いの意味が半減する。


「別動隊は使えますか」


「春蘭殿の別動隊は洞穴の制圧で手一杯です。追撃する余力が——」


「分かりました」


 麗華は立ち上がった。椅子が後ろに滑る音がした。


「暁風殿に伝令を。逃走した三名の追撃を——いえ」


 麗華は考え直した。暁風は拠点の制圧と捕虜の管理で動けない。追撃に向かえば拠点が手薄になる。二兎を追えば一兎も得ず。


「私が指示を出します。暁風殿はそのまま拠点を確保して」


 麗華は地図を読み込んだ。南東の獣道。山を越えて鳳凰領の外に出るルートだ。


(この道は——第六農区の裏山を通る。つまり——)


「翠微」


 農地から呼び戻した翠微が駆け込んできた。修行着の裾が泥で汚れ、頬に土がついている。


「先生、何ですか」


「あなたに頼みたいことがあります。第六農区の裏山の霊脈——覚えていますか」


「はい。あそこは霊脈の露頭が山道のすぐ横にあります。大きな岩の下に、細い霊脈が走っていて——」


「そう。逃走した工作員は、その山道を通るはずです。あなたの耳で——どこを通っているか、特定できますか」


 翠微が目を瞬いた。明るい茶色の瞳が、驚きで大きくなる。


「人の足音を——大地を通して聞く、ということですか」


「ええ。霊脈は振動を伝えます。人が地面を踏めば、その振動が霊脈に伝わる。あなたの耳なら——」


「やってみます」


 翠微は第六農区の端に走り、地面に手を当てた。目を閉じる。両手の指が土に沈み込み、瞳の奥に緑色の光が灯った。全身が静止する。呼吸すら浅くなり、翠微は大地と一体になろうとしていた。


 数十秒の沈黙。広場の風の音だけが聞こえる。


「——いる。三人。山道の中腹を走ってる。かなり急いでる」


「方向は」


「南東に向かっています。足音がどんどん遠くなって——あと半刻で山を越えそうです」


 麗華は残りの手勢二名に指示を出した。


「第六農区の裏山の、峠の手前で待ち伏せしてください。翠微が位置を伝えます」


 手勢が走り出した。翠微が地面に手を当てたまま叫ぶ。


「今、大きな岩の横を通った! あと三百歩で峠です! 右側の道を選んでる——左は崖だから右しかない!」


 麗華は翠微の声を手勢に中継した。翠微が「耳」で追い、麗華が「指揮」し、手勢が「足」で追う。知略と感知と武力の三位一体。


 結果は——半刻後に出た。


 峠の手前で待ち伏せた手勢が、逃走した三名を捕縛した。翠微の位置特定が正確だったため、完全な不意打ちになった。


「先生、捕まえました!」


 翠微が嬉しそうに報告した。全身で喜びを表している。両手を握りしめ、三つ編みの先が跳ねている。


「よくやりました」


 麗華は翠微の頭を撫でた。翠微が照れくさそうに笑った。「えへへ」と声が漏れる。十四歳の少女の笑顔が、戦の後の緊張を一瞬で和らげた。


     *


 暁風は拠点の廃屋で、制圧の後始末をしていた。


 壺に入った霊毒の原料を数えている。大壺十二。小壺十一。全ての蓋を確認し、中身を記録する。壺の表面には蘇家の紋が焼き込まれている。証拠だ。


 最後の大壺を確認した時、暁風は手を止めた。


 大壺の横のテーブルに——穀物が積まれていた。


 袋に入った米。鳳凰領の農区から盗まれたものだ。袋には印がない。だが米粒の質を見れば分かる。地養術で育てられた鳳凰領の米は、粒が大きく艶がある。一粒一粒がふっくらと丸く、光に透かすと半透明に輝く。他所の米とは一目で違う。


「うちの米だ」


 暁風が呟いた。


 蘇家の工作員は、鳳凰領の霊脈を毒で蝕みながら——その同じ領地の米を食って生きていた。


 矛盾だ。人の食を殺しながら、自分は食って生きる。


 暁風は米袋を見つめた。鳳凰領の地養術で育った米だ。粒が大きく、艶があり、他の米とは一目で違う。袋の口が緩く結ばれ、米粒が数粒こぼれてテーブルの上に散っている。


(こいつらも飯を食って生きている。なのに——他人の食を奪う)


 捕縛した工作員の一人が地面に座ったまま、暁風を睨んだ。縄で後ろ手に縛られ、唇が切れて血が滲んでいる。制圧時に抵抗した痕だ。


「貴様——皇帝の命なく我々を襲うとは。これは反逆だぞ」


 暁風は男を見下ろした。


「反逆? 鳳凰領の霊脈に毒を入れて、万民の食を殺そうとした奴が——反逆を語るか」


 男が口をつぐんだ。


「お前たちの親分に伝えろ」


 暁風が男の前にしゃがんだ。墨色の目が、冷たく光っている。武人の目だ。戦場で敵を前にした時の目。


「鳳凰領には手を出すな。次は——捕縛では済まさん」


 男の顔から血の気が引いた。


 暁風は立ち上がり、廃屋を出た。


 朝日が高くなり、森の空気が暖まり始めている。冬の森は葉を落とした木々が骨のように立ち並び、その隙間から陽光が差し込んでいた。


 手勢が報告に来た。


「将軍。麗華殿より伝令が。逃走した三名も捕縛した、と」


「全員か」


「はい。翠微殿が位置を特定し、待ち伏せで捕えた模様です」


 暁風は小さく笑った。口の端が持ち上がる。戦場帰りの疲れた顔に、穏やかな光が宿る。


「あの子は——本当に大した耳を持っている」


 霊毒の壺と盗まれた米袋を荷車に積み、暁風は鳳凰領への帰路についた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ