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廃妃にされた悪役令嬢、国の食糧を全て握っているので帝国が詰みました  作者: 蒼月よる


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見知らぬ旅人

 暁風は巡回中に、その男を見つけた。


 冬の朝は冷える。吐く息が白く、霜の降りた街道を踏みしめるたびに靴底が乾いた音を立てた。


 鳳凰領の外縁部——東の街道沿いの茶店。旅人が足を休める小さな店に、商人風の一団が座っていた。四人。荷車を引き、布の反物を積んでいる。


 暁風は街道を歩きながら、何気なく茶店に目をやった。


(商人——か)


 立ち止まりはしない。巡回の歩みを緩めることもしない。ただ視線だけを送る。


 一瞬で、違和感を掴んだ。


 荷物が軽い。


 反物を積んだ荷車にしては、車輪のわだちが浅い。本物の反物なら——あの量で二人がかりの荷車だ。だが轍は一人で引いた程度の深さしかない。中身が軽い。見せかけの荷物だ。


 それだけではない。


 四人の座り方。商人なら茶を飲みながら会話をする。だがこの四人は——一人が外を見張り、一人が周囲に視線を配り、残り二人だけが話している。監視の配置だ。軍の偵察班と同じ座り方。


 そして——歩き方。


 暁風は巡回を終えた後、少し離れた場所から彼らの出発を見た。荷車を引いて街道を北へ向かう四人。一人目の歩幅が均一すぎる。二人目の肩の位置が安定している。訓練を受けた者の体の使い方だ。


(こいつらは——商人ではない)


 暁風は距離を保って尾行した。


 四人は街道を北へ進み、途中で脇道に逸れた。農地の間を抜け、林を越え——鳳凰領の外縁部の丘陵地帯に向かっている。


 暁風は林の中から観察した。


 四人は丘の麓で荷車を停め、荷物を降ろした。反物ではない。布の下から出てきたのは——木箱と、革袋と、巻かれた紙。


 木箱を開けた一人が、中から何かを取り出した。金属製の器具だ。暁風の目には——杭のように見えた。先端が尖った金属の棒。


 四人は丘の上に登り、地面を観察し始めた。一人が紙——地図らしきものを広げ、地面と見比べている。もう一人が杭を手に、地面の特定の場所を探っている。


 暁風は木の幹に背を預け、呼吸を殺して一部始終を記憶に刻んだ。冷たい樹皮が背中に当たり、落ち葉の湿った匂いが鼻に染みる。


(何を探している。丘の上で——地面を調べて——杭を打ち込もうとしている)


 答えはまだ出ない。だが腹の底が冷える嫌な予感がした。軍人の勘だ。この勘が外れたことは、ほとんどない。


 四人は一刻ほど調査を行い、道具を片付けて荷車に戻した。再び反物を被せ、何食わぬ顔で街道に出ていった。


 暁風は彼らが去った後、丘に登った。


 四人が調べていた場所——そこの地面に、足跡と杭を刺した穴が残っていた。穴は浅い。試し掘り程度だ。


 だがその場所は——暁風にも覚えがあった。


 以前、麗華が翠微を連れて霊脈の感知訓練をしていた場所だ。霊脈が地表に近い場所——「霊脈の露頭」。


(霊脈を——調べている。この場所を特定し、何かをしようとしている)


 暁風は拳を握った。冬の冷気で強張った指が、ぎしりと音を立てた。


 鳳凰領に戻り、執務室に直行した。


「麗華殿。報告がある」


 麗華と春蘭が顔を上げた。暁風が巡回中に見たことを詳細に報告する。商人に偽装した四人組。荷物の軽さ。訓練された歩き方。丘での調査行動。地面に残された杭の穴。


「場所は——霊脈れいみゃくの露頭です。全て、例外なく」


 麗華の目が細くなった。右手の人差し指が、無意識に左手首の内側を撫でた。怒りを感じたときの癖だ。


「確かか」


「ああ。あんたが翠微と訓練していた場所だ。間違いない」


 春蘭が地図に新しい印を加えた。これで目撃情報は計八件。そのうち六件が——霊脈の露頭の近くだ。


「偶然ではない」


 麗華が言った。


「彼らは霊脈の位置を、組織的に調べている」


 暁風が頷いた。


「探しているのは——商売の種ではない。もっと根本的な何かだ」


 三人の視線が地図の上で交差した。


 鳳凰領の霊脈が——狙われている。


 夕方。暁風は巡回から戻り、自室で報告書をまとめていた。皇帝への密書ではない。鳳凰領内の記録用だ。巡回中に携行していた干し肉を一切れ噛みながら、工作員の行動パターンを書き留める。


 干し肉は硬く、味気ない。噛むほどに塩味が口に広がるが、それだけだ。甘みも香りもない。鳳凰領に来る前は——これが日常の食だった。軍の糧食。塩漬けの干し肉と乾パン。味なんて考えたこともなかった。


(鳳凰領に来る前は、こればかり食っていた)


 今は違う。麗華の白飯を知っている。翠微の澄んだ粟を知っている。四人で食卓を囲む温かさを知っている。


 干し肉を飲み込んだ。


(この味を——守らなければならない)


 暁風はそう思った。皇帝への忠義でも、将軍の任務でもなく——この味を守りたいと思った。


 その感情に名前はまだない。だが確実に——暁風を動かしている。


 窓の外に月が昇った。冬の月は白く、鋭い。


 暁風は報告書を書き終え、墨が乾くのを待ってから丁寧に巻いて封をした。帝都の皇帝への密書ではない。鳳凰領の記録だ。いつからか——暁風の記録は帝都向けではなく、鳳凰領のために書くものになっていた。


 皇帝への密書も書かなければならない。だが最近、筆が重い。何を書けばいい。「鳳凰領の外縁部に蘇家の工作員がいる。標的は霊脈だ」——書けば、朝廷が動く。だが朝廷が動いて助けになるとは限らない。趙文昌が情報を握れば、蘇家ではなく鳳凰領を攻める材料にしかねない。


(俺は——誰のために報告を書いている)


 答えが出ないまま、暁風は密書を白紙のまま閉じた。


 明日も朝から巡回だ。体を休めなければならない。だが目を閉じると——麗華の湯麺の温かさが蘇った。


「冷えたでしょう」


 あの言葉が——暁風の中で、干し肉の味を塗り替えていく。


 鳳凰領の冬の夜は静かだ。遠くの畑で虫が鳴き止み、霜が降りる音さえ聞こえそうなほどの静寂。その静寂の中で、暁風の胸の奥にある何かだけが——ゆっくりと、温かく脈打っていた。


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