束の間の休息
お待たせしました。なんとか間に合った。
ハチドアの門をくぐると、宿屋だみ声セイレーンへと直行する。
ピノは気を失ったままだし、太郎の疲労も限界に近いということで、ウェットや冒険者たちとは、門の前で別れた。日を改めてお礼をすることにしよう。真維は当然のようについてくる。
「おやまぁ、ピノちゃんはどうしたんだい?怪我したのかい?」
受付をしている女将さんが心配そうに声をかけてきた。
「ちょっと大変だったので疲れちゃったみたいです。怪我はないようなので部屋で休ませます」
太郎は、ピノをおぶったままピノと自分の部屋の鍵を受け取り二階に上がる。真維は女将さんに太郎の名前を確認しているようだったが、構う余裕はないのでほうっておいた。
ピノの部屋に入り、ベットに寝かせ毛布をかける。さて、下へ行って真維に事情を説明してから休もうと思った太郎だったが、緊張の糸が切れてそのままピノ部屋の床で眠り込んでしまうのだった。
大正ロマンの香りを残す銀座のカフェ。
窓際にたたずむえんじの袴が艶やかな女学生の澄江。小柄で丸顔だが、大きく美しい瞳が印象的で小動物のような愛らしさがある。
その隣に座る学ランにマント高下駄をはいた帝大生だった私。
「華々しい波乱に満ちた英雄よりも、地味で平凡な普通の人のほうがずっと幸せだとおもいますわ。だって英雄の妻って大変そうなんですもの」
コロコラと笑う澄江の笑顔がまばゆい。
私は、この人のために平凡であろうと誓ったのだ。
場面は変わって、灯りを落とした薄暗い部屋の中、もんぺすがたの澄江が目に涙をためながらいう。
「結婚したばかりの夫と死に別れるなんて、特別なこと私の人生にほしくないのです」
震える澄江をだきよせて耳元でささやく。
「あぁ全力で生きて帰るよ。平凡で幸せな家庭をつくろう」
このあと、北海道で塹壕堀りをしていた自分よりも、東京で空襲にあった澄江のほうが大変だったとは思いもよらなかった。
前世のそれもずいぶんと昔の夢を見て目をさます。
ベッドに入った記憶はないのに、柔らかいベッドで温かい毛布に包まれて寝ていた。
「あっタロウ起きた?よく寝てたね。夕べは、激しかったからよくねむれたんでしょ。ふふ」
下着すがたのピノが脇のあたりから顔をだす。
「その様子だと大丈夫だねピノ」
猫をよけるように、すりよってくるピノの襟首を捕まえてベッドから下ろす。
同然、太郎の着衣にはみだれがない、というより鎧をつけたままだ。
「う〜せっかく苦労してベッドまで運んだのに、もうちょっと優しくしてくれても」
ピノはふくれながら身支度をはじめる。
「どうせ運ぶなら、部屋まで運んでくれたならよかったのに」
太郎は、ピノをベッドに寝かせたあと、自分の部屋にたどり着く前に力尽きたことを思い出した。
どうやら、意識を取り戻したピノが床でねている太郎を発見して自分のベッドに運んだらしい。
「だって、タロウと一緒にねたかったんだもん」
好かれるのは嬉しいけど、私には澄江がいるしこまるな。
「とりあえず、下にいってめえちゃん説明しなきゃな。おこってるだろうなぁ〜」
太郎はそう言いながら起き上がり、対処にこまるピノの言葉には答えずごまかすことにする。
ピノと一緒に下へ降りると、目で見えそうなくらい殺気を放つ真維がいた。
「おんしゃ〜いったいどれだけ寝れば気がすむぜよ」
女の子が出しちゃいけないようなどすの聞いた声でいう。
「おまんが、田中 太郎ち名乗っちゅうことは、ねむっちょる間に調べはついたがよ。けど、あしのしっちょるたろ爺とは思えん」
身震いするほどの殺気を込めて、真維は太郎を睨み付ける。
「どうしたら、信じてもらえるかな?う〜ん、お母さんは入鹿 千鶴子、お父さんは真来、弟が真太、父方の祖父は真元で弱いのに酒が好きで、高知にいるのに鰹より鮭が好きな男。私の妻、君の母方の祖母は澄江。澄江の作った独活の酢味噌あえが昔から好きだったよね。使うのは、戦国時代から続く古流武術の入鹿流、めえちゃんの由来は子供のころ、真維と言えず自分の事をめえといってたから、あとおしりのひだり…」
「ストップ!わかったっち、やめぇ、おんしゃがタロ爺じゃとして、どないなっちょるん」
真維は顔を真っ赤にしながら太郎の言葉を遮る。太郎には、おしめを変えてもらったことやお風呂にも一緒に入ったこともあるのだ。
「私もよくわからないんだけどね」
太郎は、真維とピノに説明を始める。
前世で、充分長生きして年を取り大往生したこと。
神を名乗る者にあってこの世界に転生することになったこと。その時に色々ずるいほどの能力をさずかったこと。洗いざらい話したが、転生の目的とゲートについては、話さないほうがよい気がして話さなかった。
転生の理由は、平凡すぎた男が異世界でどう生きるか見たかったという神様の気紛れにしておく。
そして、気がついたら王都の外にいてピノに拾われていまにいたる冒険を話した。
「あしも、こっちゃにきてからびっくりすることだらけじゃったが、タロ爺がいるっちゃうがは、一番じゃき」
真維は目を丸くして驚いていた。
「あしは、タロ爺の一周忌も向こうでちゃんと出たんよ。法事ちゅうか宴会みたいな一周忌じゃったけど」
真維は、一周忌の帰り道、電車で居眠りしていて、気がついたらウィンディアに呼ばれていたらしい。
「そういや、その法事で澄江さんが変なこといってちょったぜよ」
澄江は、お母さんとかお婆ちゃんと呼ばれるのがいやで、孫や子供に名前で呼ばせていた。そのくせ、太郎のことは、お祖父さんとかお父さんとよんでいたからずるいと思ったものだ。
「あの人に平凡っていう首輪をはめたのは私なのよ。もし、あの人が選んだのが私じゃなかったら、あの人は歴史に名を残したのかもしれないのに」
そういって澄江は少し寂しげに笑った。
「だからね、真維ちゃん、あの人にあったら、今度は全力でド派手にやりなさい。ハーレム作っても怒らないから、波瀾万丈な武勇伝を期待してるとつたえてもらえるからしら」
ほわんと微笑んでふんわりという澄江の言葉に真維は驚いた。
「えっ、あしのほうが先にタロ爺にあうがか?死んじゃうちあ?」
驚く真維に澄江は、にんまりと微笑んでいう。
「あら、そんなことは無いわよね。何故かしら?あの人は今もどこかに出掛けているだけな気がしてね。世界のあちこちへ行く真維ちゃんとひょっこり旅先で会うような気がしたのよ。いやだは、ボケたのかしら。忘れてちょうだい」
真維も太郎に会うまではたしかに忘れていたのだが、いま、思い出してみると予言のようだ。
「澄江の家系はたどると神主の家だから神がかったのかもしれないな」
それにしても、全力でド派手に武勇伝か、なかなか難しいことを言ってくれる。
「へぇ〜タロウは一回死んでるんだ。そういうタイプの流れ人はたいてい赤ん坊からなんだけど、珍しいね」
ピノは太郎の話しにもさして驚くことはなかったようだ。
「しっかし、タロ爺があしが探してたアイテムボックスの冒険者じゃったとはなぁ〜奇遇じゃのう」
真維は、しみじみという。
真維がウィンディアに呼ばれたのは右翼地方の領主だったダオルエン公爵家を救うためだった。
帝国の侵略により国を奪われダンジョンに逃げ込んだ公爵一行をこの頭部地方に連れ出すために、老魔導師が命をかけた召喚を行ったのである。
結果、公爵家に伝わる宝剣を何本も折りながら包囲網を抜けて王都にたどりつくのに成功した。
充分以上の報酬をもらったのだが、あやうくまだ幼い公爵の側室にされそうになったので城を脱出、とりあえず冒険ギルドに駆け込み冒険者になったのである。
しかし、冒険者になったはいいが、市販の剣ではポキポキ折れるので、予備を持ち歩くのに苦労していたところ太郎の話を聞いて探していたという。
「じゃ〜これからは三人で冒険しようよ」
ピノの提案に誰も異存はなかった。
「パーティー名を考えなきゃね〜」
ピノがそう言った時、ハチドアの街にけたたましい鐘の音が響き渡った。
お読みいただきありがとうございました。
過去の表現と矛盾が生じているかもしれませんが、ご寛恕ねがいます。




