第四話 実力測定
「どこへ行く」
「ん。この人を路地裏に片して来るんだ」
「お主がやったのか?」
「いや、なんか倒れてた」
「……そうか」
とりあえず誤魔化しは成功した。
父はどこか疑り深そうにシワのある顔を近づけてきたが……大人ってちょろいぜ!
「よいしょっと」
流石に殺すまではしていない。
貧民街の裏路地に適当に置いて帰る。
色々と世界について知ることができたいい機会だった。
『剣神が、お前を、殺す!!』
剣神。どうやらカリスティア王国には平民の絶対的信頼を貰っている人間がいるらしい。
名前からして強者であることに違いはないだろう。
現に、現代『剣神』は歴代最強の呼び声もあるというおまけ付き。
そんな人が貧民である俺をわざわざ討ち取るなんていう展開は想像しにくい。
「にしてもどうしたものか、マナの研究にもそろそろ飽きてきたな」
魔法不全者という俺の汚点は何故か拭うことができない。
やはり適性としか言いようがないのか。
父に相談したら「それまでということだ」と冷たくあしらわれた。
あれが父親の態度かよ、ってツッコミたくなった。
「剣が振れたらいいんだけどな」
「おーい! ムミョン!」
嘆きを一つ入れていると、ルメアがニコニコ笑いながら走って来た。
しかも、手を振っていない方には木の枝のようなものが二つ見受けられる。
軽く息を切らしながらルメアは近づいてきた。
「路地裏を一人で歩くと危ないよ?」
「大丈夫! 僕にはこれがあるから!」
何の自信か、彼は手に持っていた木の枝を自慢げに見せた。
この辺りは地割れが酷く、木が生えているところなんて無いはずなんだが……。
「ただの木の枝、じゃないな」
「そう! 木剣だよ」
木剣。
ルメアの言うように、確かに目の前にあるのは木剣だ。
尚更怪しい。一体どこで原材料を入手したのだろうか。
「ルメア、こんなのどこで見つけたの?」
「兄さんがくれたんだ。友達が出来たって言ったらこれで遊べって!」
兄貴の存在。彼には幾つか上の兄弟がいるようだ。
いいね。俺にも兄弟が欲しいよ。毎日ひとりでやるよりも、教えたりするほうが楽しいし。
「そうだ。これ、返すよ」
思い出したかのように彼は魔晶石を取り出す。
石は手のひらで重低音を響かせながら石は力強く点滅し続けている。
初めてこれに触れた際は、魔法使いの素質があると誤認するほど強く反応した。
しかし、どういう訳か現在は何の力も漲ってこない。
「うーん。これもまた研究かなぁ」
「ねぇムミョン。これで剣士ごっこしよ!」
「け、剣士ごっこ?」
「僕は強くなりたい! 実力主義っていう思想をひっくり返せるほど強くなりたいんだ!」
煌々と星のように輝く双眸が俺を捉える。
悪くない、かもしれない。
これまで一人でやっていたのを二人で、教えながら行う。
うん。悪くないな。
「分かった。でも僕の方が強いからね!」
「負けないよムミョン。じゃあ早速いくよ!」
サッとルメアは木剣を投げ渡す。
俺はこっそりとマナを使って能力を底上げした、のだが場所が悪いな。もう少し広々とした場所でやった方が良いだろう。
「父さんしばらく庭借りるね?」
「好きにしろ。だが、あの時のように家を壊すでないぞ」
「はーい」
ということで、俺の日課にルメアとの剣士ごっこが追加された。
※※※
「てやぁ!」
「っと!」
カンカンと木剣同士が強くぶつかり合う音が我が家の庭とも言えない庭で響く。
一年がまた過ぎ、季節は冬となった。
俺は元より冬が嫌いだったが、この世界に来てから冬がさらに嫌いになった。
何故か──俺の服装を見てみろ。
半袖短パン仕様のボロ一枚だけだぞッ!
にも関わらずルメアは季節関係なしの無敵の小学生のように、寒さを意に返さず木剣を振りまくっている。
手が悴んできて俺は限界が近い。
火魔法が使えたら良かったのに──。
「属性変更!」
宣言するとともにルメアは木剣を風で覆う。
爆風ともいえる追い風を味方につけた木剣が落とされる。
木剣を合わせて防ぐと、ガガガと小刻みに振動を感じる。
(なるほど。風の魔法は小さな刃がついているのか)
ならばと俺は木剣にマナを纏わせ、小さな刃をつけさせる。
感触こそ悪いものの、これで魔法の無効化には成功した。
直後前腕が隆起し、ルメアを木剣ごと弾き返す。
「うぉああわわ!?」
「おっと、やりすぎた」
軽く数メートルは吹き飛ばされたが、ルメアは余裕の表情でバク宙し、そのまま着地。
これでまだ三歳というのだから驚きだ。
そう、三歳。
地球での年齢換算三歳がこんなアスリート顔負けの技が出来るはずもない。
酒が飲めるようになるのが十五歳なこの世界、日本年齢に直すとしたらプラス五歳するのが適性と考えた。
それでも八歳という小学校低学年の子がバク宙などバカバカしいのだが。
もし、その説明を省くことができるとしたら「ファンタジー」という言葉だけだろう。
「やっぱ強いなぁ。全然勝てっこないや」
「僕としては魔法が使えるのが心底羨ましいんだけど……」
「毎日頑張ってるからね!」
冬の雪が積もる中、俺とルメアはひたすらにごっこ遊びという名のガチ勝負を行っていた。
ルメアの実力測定は、言うまでもないだろう。才能の塊と言うべきか吸収が早いのだ。ちょっとコツを教えただけでコピーしたかのように上手くやってしまう。
「えー、オレとしてはムミョンの筋肉が羨ましいよ」
「毎日鍛えてるからね!」
俺は時折自分の肉体について疑問を抱く。
毎日の食事はたったの二回。
それも、パンと具なしスープを飲んでいるだけ。
にも関わらず筋肉の発達が俺は早い。
反対にルメアは、貧民の子というイメージ通りで皮や肉が薄く、痩せている。
今度腕立て伏せなるものを教えてみようか──。
「各々適性がある。それが判明するのは二年後だ。さすれば自ずと魔法が使えない理由、骨格の問題について分かる」
「──そこまで分かるもんなんですか?」
「授かるのは魔晶石と職業
だけでは無い。これも貰うのだ」
そう言って父はスマートフォンのような小型端末を取り出した。
「魔道具の一つでな。これを使いあらゆる情報が手に入る」
俺とルメアは向けられた小型電子機器のようなものをまじまじと見つめる。
画面には父の顔写真と、適性やらジョブやらがダーッと並べられていた。
「「おぉー」」
「あと二年だ。そう遠くない。稀に、二、三歳児で授かる者もいるが……それは願うでないぞ」
俺たちは互いに顔を合わせると二ーっと口を横に伸ばした。
「オレは『剣神』のように剣にまつわる何かがいいな!」
「僕はなんでもいいけど、かっこいいやつがいいね! 勇者とか!」
「……どちらもロクなものではないな」
少し先の未来に目を輝かせる二人と違い、父はため息混じりにそう言った。
「ムミョン! 下に行こう! 今日も悪いやつが居ないか見にいくよ!」
「分かった分かった。父さん行ってきます」
「派手にやるでないぞ。お前たちは三歳児だが、三歳児ではないからな」
忠告をする父とは反対に俺たちは木剣を掲げて高丘を降りて行った。
「る、ルメアさん……とムミョン、さん」
「こ、こんにちは」
「パトロール、お疲れ様、です」
雪が降り積っているというのに、同い年くらいの子供たちは頭を下げた。
「みんな頭を下げる必要ないよ。オレたちは偉くもなんともないからね」
「控えろ控えろー!」
「ムミョン、やめるんだ」
「ぐぇ」
ルメアに木剣で脇を突つかれた。
何はともあれ今日も平和なようだ。
「あの……」
と思っていたところ、影から小さな子供が飛び出した。
その場にいる誰よりもやせ細り、骨が浮き出て血相が悪い。
今にも死にそうだ。
「食べる、ものが無くて……」
目尻に涙を溜め込んで少年が伝える。
家に食料はあったかなぁ。
パンくずくらいしか、と思っていたところルメアが手のひらサイズのパンを取り出した。
「ごめん。これしかないんだ。我慢できるかな」
「わぁ、ありがとう」
花のような笑顔を見せ、少年はパンを貪り出した。
その光景を見たルメアが口角を上げる。
「いいの? ルメアの分じゃ?」
「大丈夫。まだ持つ。この笑顔を見ると幸せになるんだ」
「……」
一瞬顔が引きつったような気がしたが、気のせいだろうか。
よもや我慢しているのはルメアなんじゃ……。
「じゃあ、何かあったらすぐに呼んでね」
ルメアの言葉一つで、子供たちはそそくさと場を後にしていく。
どこの通路に行こうが、子供に限らず大人であってもぺこりと軽い会釈はしてくれるようになった。
以前までは顔すら覚えられていなかったが、こうなったことにはルメアの行動が起因している。
半月ほど前、王国兵士が日々の鬱憤を晴らさんと貧民に当たっていた。
女子供問わずボコボコにしていたところを俺たちが現れ兵士をボコボコにし返した。
兵士だから何かまずいのではと思ったのだが、数日後貧民街にこんな情報が流れてきた。
「王国兵士ともあろう人間が、貧民街の小汚い少年二人に負けた。これは不名誉極まりないことである。このような弱者を置いておく理由がないため解雇した」
と普段は日の元の情報が来ることなんてないのにこちらに入ってきた。
余程噂になっているのだろう。
その上、助けられた人達が俺たち二人のことを流布したのだ。
結果、出会う度に頭を下げられるようになった。
その後はこうして悪い奴が手を出していないかパトロールをするようになった、ということだ。
「にしても徐々にだけど、成り上がってる感じあるねルメア」
「そうだね。ルーンを授かったらオレはひとり立ちするよ」
「え、家族はいいの?」
「最近は兄さん、ほとんど家に帰って来なくなったんだ。父母も栄養失調で亡くなってしまったからね」
「そっか…………」
ルメアの家庭事情は芳しくないらしい。
唯一の身内も後は兄貴だけ、か。
だからルメアの体は細いのだろうか。
心身の疲労と、満足いく食事が食べられていないがために。
路地裏を二人で、とぼとぼとゆっくりと進む。
「僕も……ついて行くよ」
「それは頼もしいな。君がいれば百人力だよ!」
「だろ? すぐさまテッペンを取って、この社会に終止符を打ってやるよ!」
「でも危ない時は僕が助けてあげるよ」
「いらないよ。僕はルメアより強いからね」
「……だね、君は本当に強い。羨ましいよ」
「だろだろ? あ、悪いルメア。今日父さんに早く帰ってこいって言われてたんだった。また、明日な」
「うん、また明日!」
身を翻してルメアに手を振りながら場を去る。
去っていく背中に向けてルメアは呟く。
「それでも、いざとなったら命に変えても君を守るよ……ゲホッ」
※※※
「ただいま。帰ったよ」
「では、座るが良い」
「お帰り」の代わりに返された言葉がそれだった。
家の扉をゆっくりと閉め、俺はその場に座る。
「珍しいですね父さんが早く帰ってこいなんて」
「そうだな。色々と面倒になったからな」
「……?」
地面に両手を組みながら、表情が芳しくない父を初めて見た。
その珍妙な光景に俺は固唾を飲まずにはいられない。
「ムミョン、明日世界中で試験が開始される」
「試験……? 筆記試験ですか?」
「違う。実力試験だ」
仰天した。聞いたことがないぞ実力試験なんて……。
「明日、世界中で──」
空気感が代わり、重々しいものになった気がした。
自然と汗が吹き出し、足が痺れ出す。
「殺し合いが行われる」




