第三話 世界が俺を許すだろう
ルメアと名乗った少年のいい草について俺は当然のことなのに受容に時間が掛かった。
たかが一年風習に呑まれただけにもかかわらず、俺は当たり前のことも忘れてしまったらしい。
「ルメアか……分かったよ。この服は返す。でも、この二人はここに放置するよ」
「助けることはしないのかい?」
「ルメアのためだよ。だって、ここで助けたら図に乗ってまた君を虐めるだろ?」
俺がそう言うとルメアの瞳が大きく見開かれた。
しばらくした後、口角を上げると共に感謝の言葉を述べた。
これにて一件落着かと思いきや──、
「いた、いたわ! 私の坊や!」
背後から焦燥感を募らせた母親と思しき女性が走って来た。
加えて、数人の兵士らしき人物も引き連れて。
「て、ちょっと! どういう状況なの!?」
距離が縮まり目の前に来た途端、母親は声に焦りを乗せながらあたふたし出す。
図体のでかい方を心配してはいるが、細身の少年には目をやるだけで介抱などはしていない。
どうやら……そちらの母親らしい。
兵士数名はどうして良いか分からず目をパチパチさせるだけだった。
「あんたたちがやったわけ!? この貧民風情が! 一体誰を傷つけたと思ってんのよ!」
「貧民風情って……」
「その汚い身なりは人間以下のゴミでしょう? そんな人間でない生物が私の坊やを痛めつけるなんて……ちょっとあんたたち何突っ立ってんのよ!」
「いえ、その我々はお子さんが見つかったのでお暇しようかと……」
リーダー格らしき兵士が答えるが母親はその言葉に食ってかかる。
「何言ってんのよ! あんたたち兵隊でしょ?! 今すぐこのゴミくずを掃除しなさいよ!」
「で、ですが我々は基本的に民事介入は──」
「はぁ?! たかが貧民二人も殺れないってわけ!? 兵士のルーンを持っておきながらとんだ逃げ腰じゃないの!」
「ですが我々も上司には逆らえないので……」
なるほど、どうやら兵士も立場……いや力で抑えられているのか。
先程から逃げ腰で、足が震えているのは上司に逆らえば死でも待っているからだろう。
「ですって、お母様ここはおひとりで解決なさっては?」
「ガキが話しかけるんじゃないわよ! あんた達は私たち上級国民と喋る権利もないの!」
「兵士さんお帰りになっても──」
「お前みたいなやつが喋りかけるんじゃねぇ! 魔晶石も持たず、人間としての権利がない貴様が話しかけるな!」
「…………」
肩入れしてやろうと思ったら兵士にも罵声を浴びせられた。
ていうかこいつら貧民貧民うるさいな。
「もういいわよ! あんたたちなんて除名処分でも受ければ良いわ。帰りなさいよこの臆病者!」
「で、では……これにて」
と結局自ら兵士たちを一蹴してしまった。
身を翻す直後、兵士はギロっとこちらに鋭い眼光を浴びせてきた。
「で、覚悟しなさいよね。蟻以下のボロ雑巾で、まともに飯も食ったことのないような人権も無いガキ二匹。痛めつけてやるわ」
そう言って彼女は手のひらの上でクルクルとルーンを転がし始めた。
みるみると彼女の威圧感というものが強まるのを感じる──。
「あれが、ルーン……」
一方のルメアは彼女の持つ晶石を眩い瞳で見つめていた。
そうか、ルメアはルーンを見たことがないのか。
手に取って見てみたいはず。
そうなれば──、
「ひょい」
手のひらを彼女の方に向け、マナを圧縮。
さすればあら不思議、目の前で小爆発が起きた。
「ギャァァァ!!」
醜い断末魔が聞こえた刹那、カランと彼女が持っていたルーンが転がった。
粉塵が飛び交う中、俺はそれを拾い上げルメアに手渡しする。
「ほい、これ」
「え?」
「いや、触ってみたそうにしてたから」
「で、でも──」
「あのさぁ、もっと強欲になれって。僕たちのことを人間以下のゴミって呼んでたんだぞ?
これくらいしても、罰は当たらないって」
そのまま渡し、俺は地面でピクピクと痙攣している女の元へと近づいた。
「ぐ……ぁ……こ、の……蟻がぁ……!」
ピキピキと血管が隆起してくるのを感じる。
何故だろうか。
この人は世界観に沿えば何も間違ったことはしていない。
どちらかと異物、腫れ物扱いを受けるのは俺とルメアだ。
俺は正直、この世界のことについて知らないことが多い。
父親は無口で世情に疎いのか、はたまた多くを語ろうとはしないのかためか。
家にある本も時折、盗んで来ているのか不定期に増えるだけ。
どれもこれも世界説明のような、トリセツは無かった。
が、ここにいる。
この世界のことについて、貧民である俺たち以上に知る存在が──良い研究データになりそうな、生き物が。
「ひっ……!」
俺が人間として生きた年数を数値化した場合、合計で約百歳となる。
その中であらゆることを学んできた。
一度目は二十歳そこそこで死に、知らないこともあったものの、二度目は幸運なことに七十まで生きられた。
その中で、俺が最も必要であると理解し、時にそれが人を成長させ、時に絶望に落とすことを知っている。
時に愛の鞭を振るうと同じく──時には冷徹に感情を殺し、相手を呑み込む。
「良いモルモットだ…………色々とまた、学べるに違いない……」
鉛のように重く、吹雪のように冷たい声が漏れた。
妖艶と言い表すには少し違う気もするが、目の前にいる女の顔色を伺えば自分がどんな顔をしているか凡その見当はつく。
「……ぁ……あぁ……」
視線と表情を戻し、ルメアに向き直る。
「ルメア、また明日にでも会おうよ!」
「え、僕と会ってくれるの?」
「当たり前! 友達、だからさ!」
再びルメアに背を向ける形となる。
顎をガタガタと震わせ、目の端に涙を浮かべた女からは──最高の研究結果が出せそうだ。
※※※
「で、貧民の僕に、人間以下の僕に、人権のない僕に、こんなにされた気分はどうなのさ?」
「か……ぁ……」
「正直言って僕はルメアの思想を否定するつもりは毛頭無い。ずっと、見下されるつもりは無いし僕としてもそれは看過できないからね」
「きゃぁぁあ!!!?」
「でも、この世界の倫理観も少し良いかもしれない。弱者には権利が無いから、何をしても許される──。こうして、君をなぶっても世界が許してくれる」
「もう……話す、こと、な、ん、て…………」
「いやいやあるはず。それとも、まだ足りないのかな」
聞き出せることは全て聞き出す。
何をしようが世界が「当たり前」と片付けてくれるんだ。
力無きものには罰を──それがこの世界の認識で間違いないと確信した。
「あ、んた……まともじ、……ない……ゲフッ」
「血を吐くなよ。貧民みたいだよ? そうとも。俺はまともじゃない。だけど、それ以上にこの世界はまともじゃない」
「こ……の、貧民が……ぁ!」
「その選民思想も遠からず無くなる。ルメアと僕が塗り替えて見せるからさ」
それまではこの世界の倫理観を使わせてもらう。
弱者には何の権利もない。
世の中は勝者こそが正しく、実力こそが人を動かす。
実力と言ってもただ相手を嬲る力ばかりが必要でないことは分かった。
「クソ虫が調子乗るんじゃねぇぞ!!」
「ガキも同じ目に合わせるからな?」
「ひ……っ!」
こうして、精神をいたぶり、肉体が悲鳴を上げるまでゆっくりと、優しく、朗らかに、慎重に、絶え間なく、愛を持って、心の弱みにつけいることも実力の内に入るという結果が得られた。
そして、この世界に対する知見も広がった。
となれば──これは用済みだ。
「じゃあね。君は誰にも見つけられないよ」
「お前をのろ──がぁっ」




