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第二話 希望を抱くもの

 二歳になった。

 父親から告げられたあの人権無し宣言以来、俺は子供ながらも強くならなければいけないという謎の責務を感じていた。


 この一年で変わったこと、まずは、


「カリスティア王国、それがこの国の名前ね」


 文字がある程度は読めるようになった。

 専門用語的なものは解読に時間が掛かるものの、読めないということはほとんど無くなった。


 まぁ人間語だけだが……。


「マナの研究はバレないようにしないとね」


 そして、マナの研究を行っている。

 魔力ではなくマナと呼ぶらしい。

 これといって違いはないものの、郷に入っては郷に従えだ。


 父の名前は以前として不明だが、マナについて聞いたら嫌そうな顔をされた。良くない思い出でもあるのだろうか。


 マナの研究いわば魔力研究なんだがそんなことをしている理由は──


「……また失敗か」


 俺は魔法不全者らしい。

 何故か魔法が扱えない。

 父の言葉を借りるとするなら適性が無い、ということなんだろうか。


 だとしたら俺は再び剣を振るう人間になるしかないようだ。


「ほいっと」


 軽い掛け声と共に、俺は体内に入れたマナを圧縮、そのまま体外に放出した。

 すると、マナは爆薬と化し周囲に轟音を響かせた。


「成功成功っと」


 マナの研究は面白い。

 魔法追求と同じではあるものの、何せマナだ。

 魔法の源になっていることもあり、色々と応用が利く。


 驚いたことに、マナで全身を覆い身体能力を底上げするのを父は知らなかった。この世界では存在しないのか、はたまた俺のようにマナを研究している人間がいないのか。


 これのお陰で拳で岩を殴ると軽くヒビが入るくらいになった。

 むしろ魔法を使うことができない体で良かったかもなぁー。


「ムミョン」

「はい」

「もう遅い、ここからは静かにやるのだ」

「はい」


 気が付けばもう夜中。

 周囲は暗くなり星が輝いている。

 結局今日も一日通して強さ研究ばかりだった。


「今日は大人しく寝るかな」


 明日は……変わったことをしよう。


※※※



「うーっ、痒いな」


 相変わらず俺の服装はこのボロ布一枚のみ。加えて貧民で生活が困窮しているために風呂にも入れない。

 虫が湧くからせめて体だけでも水で流したいと思ったのだがこの近辺、どうやら水道というものが存在していないようだ。


「はぁ……強くなる、か」


 強さを追い求めることに果ては無い。

 故に人生目標として一生を捧げることも出来るのだが、強さだけを追い求めることは果たして正しいのだろうか。


「自分で高難易度って言っておきながら、結局普通が良かったのかもなー」


 前世の勇者としての役割はイージーだった。

 聖剣を手に振るうだけで相手が死ぬ。

 勇者という名前を聞いただけで皆が膝をつく。

 魔王を倒してからなんて、暇以上の何者でもなかったな。


「……たまには、家の外にでも行ってみるか」


 一応父には外出を許可されている。

 ていうかあの人放任主義なんだよな。

 死なばそれまで、とでも思っているのか、はたまた愛が無いのか知らないが心配する素振りを見せないのだ。


 俺は皮一枚で出来た靴を履き、家の外に出て外見を一瞥する。


「牢屋みたいな家だな」


 好きなようにすれば良いと言われているため、進んで引きこもっていたのだが家が億劫になって来ていた。


 牢屋などという言葉とは裏腹に、家のあちこちは欠け、窓ガラスにはヒビが入っている。

 加えて大地には大きなひび割れが走り、今にも真っ二つになりそうだ。


「実戦経験は今世は無いけど、上手くいくといーな」


 父親は特に口出しはしない。

 傍観しているだけか、買い物と言いどこかに行っている。

 場所は分からない、が、時折それまで無かったものが置かれていることがある。


 向こうがこちらに口出しをしない以上、俺からも話すことは何も無いが──。


 俺の家は貧民街を一望出来る高所にあるらしい。

 窓から見える景色で一日に一度は殺人が見えるのだが、この一年で見慣れてしまった。


「ていうか、友達が欲しいな。いい加減一人でいるのは飽きたよー」


 この一年ろくに会話もしてない。

 唯一話している相手は精神世界の自分だけ。

 そんなことをボヤきつつも、俺は高丘を降り、貧民街の狭く廃れた臭いがする通路を歩いた。


 驚くことにカリスティア王国の貧民街は路地裏に入ればどこでも、通路の途中で蹲る少年少女に出会える。

 声を掛けて友達作り! とはいかず全員死んだ魚の目をしている。

 

 薬物に手をつけたのか、はたまた生まれた環境に打ちのめされているのか。


 いくら声を掛けても反応がない人間と話しても意味が無いため、俺はそれら全ての人間をスルーした。


 まだ精神が生きている子供はいないものかと、一人で彷徨っていた時──、


「おらぁ!」

「うぐっ!」


 人を殴る音が聞こえた。

 静寂にある貧民街の路地裏で、それは大きすぎる音であった。


 音のなるほうへ走ると、やたら図体の良い少年と、反対に痩せ細っている少年が立っていた。

 その二人が自らの足下にいる誰かを打ちのめしている。


「おらおら! 貧民が調子乗んなよ! お前らはそもそも人間じゃねぇんだからよ!」

「うぐっ、がぁっ!」

「ヒヒッ、兄貴ーこいつやっちゃいましょうよぉ」


 なるほど、どうやら虐めの現場らしい。

 後ろ姿を見るに二人の少年は平民だろう。俺と違って色の良い衣を持っている。そして何より右の少年は体格がぷっくりしている。左のやつは……金魚のフンだろうな。


「不意打ち、なん、て……卑怯だ、よ!」

「あぁん?! そんなもん避けれねぇ方が悪いんだろうが! そもそも俺様たちの玩具にしてやってんだから良いだろ?」

「そうそう。ヒヒッ、お前生きる権利すら無いんだよっ!」

「力も無い、ランク外の雑魚がイキがんなよ。大人しく遊び道具になれよっ!」

「がぁっ!」


 デカイ男が拳を振り上げた直後、俺は既にマナの研究結果を試そうと手のひらをそいつにロックオンしていた。


 マナを指先に纏わせ、ピッと斜めに切り上げるように動かした直後──


「ごがぁっ?!」


 デカイ方の頭部が弾かれた。

 出血してはいないものの、石で殴られたような衝撃は走ったようで男はフラつき、倒れた。


「え、あ、兄貴?」


 隣にいた金魚のフンは兄貴分がやられたことが信じられないらしく、必死に体を揺すり声を掛けている。


「やぁっ!」

「あぇっ!?」


 それを見逃す虐められっ子ではなかったらしく、細男の腹部に拳を叩き込んでいた。

 強力な後ろ盾を失った細男は虎の威を借る狐だったようで、少年に殴られるままだった。

 

 やがて、気を失ったのか彼はゆらりと立ち上がりこちらを向いた。

 金髪の優しそうな少年だった。


「あの、助けてくれて──」

「この服、着れば痒みなくなるかな」

「え、あの……」

「こっちのデカイのは無理だけどフンの方はまだ着れそうだなぁ」


 俺は友達作りなんて忘れて、新しい衣に目を奪われそれを盗まんと脱がせていた。

 そして、細男から服を剥ぎ取り俺はその場で着衣してみた。


「おお、すげぇや。ボロ布とは違うね」

「ちょっと、物を盗むのはどうかと思うよ」


 すると、顔のあちこちに怪我を負っている少年が俺の行動に苦言を呈した。

 ようやく俺はその金髪の少年を見た。

 貧民であるせいか、少しやせてはいるものの顔立ちはイケメンの面影があり、二重でマリンの瞳は光が宿っていた。


「え、盗むのは良くないの?」

「ダメだよ。僕はそんなことを許さない。例え、貧民という生い立ちであっても、人としての道理に反するのは如何なものかと」

「いや君、こいつらに殴られてた、よね?」

「うん。でもそういうことはダメだよ。服が欲しいなら自分で買わないと。そんな生き方は僕たちに似合わない」

「でも、この世界は弱き者に人権が無い世界だよね。服を盗まれるのも起きないのが悪いじゃん」

「この世界は確かに実力こそがものをいう世界。意地汚さが飛び交う、弱肉強食の世界。


 僕たち貧民には権利が無く、地面を這い、醜く生きるしかない。

 だから、僕はそんな世界を終わらせたい。君のように倫理観に欠ける人を減らして、みんなが強さに固執することが無いように」

「実力主義世界を終わらせる……?」


 この少年は本気で言っているのだろうか。

 そんなもの、出来るはずがない。

 貧民で、こんな二人にやられっぱなしの少年が世界思想に立ち向かい、終焉をもたらす。


 ──できるわけがない。


「僕はこんな不条理に満ちた世界を変えたいんだ。強さだけで個人の価値が決まるなんて間違ってる」

「……間違ってないよ。弱き者は淘汰されて当然。死に方も選べず、服を着る権利もない。夢を語る権利も無い。時代の波に揉まれるしかない。踏まれて当然なんだ」

「そんなことは無いよ。時代を変えてきたのはいつだって踏みにじられてきた人間だ。この社会に終止符を打つ。

 だけど、僕は道理に反したやり方で変えるのは望まない。

 服を彼に返して欲しい」


 何故こうも真っ直ぐなのか。

 産まれの環境に絶望することなく、こうも光を宿しているのか。

 間違っているのは俺、なのだろうか。

 弱者は淘汰されて当然──なのか?

 宝石のように輝く瞳を見て、人となり、いや、彼という存在が気になった。


「名前は、何ていうの?」

「僕の名前はルメア。今はただのルメアだ」

「ルメア……」


 この実力主義世界に終止符を打たんと名乗りを上げた少年こそ、後に俺の人生を大きく変える少年──ルメアだった。


 

 

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