第一話 転生したらそこは実力主義世界でした
「お主、本気か?!」
「本気さ。最高難易度に等しいこの世界に行くつもりだ」
俺の名前は──もうないか。
路地裏でくたばった学者としての人生、その後異世界に来て世界を救い、再び死んだ。
三度目の人生をどうするか悩んだ挙句、最高難易度5の次に高いLv4.5の世界に行くことを決めた。
「それじゃあバイバイ」
「ま、お主ーっ!」
死後の世界に居座ること一ヶ月。
早く決めろと神がうるさいので、転生先を決め、すぐさま魔法陣へと乗る。
「この世界は実力主────」
眩い光と轟音で神がなんと言っているのか全くもって分からなかった。
厄介者が消えて嬉しいのだろうか。
だとしたらいいことをした。
そんなことを思いつつ、オレは選んだ世界に転生した。
※※※
転生といえば赤子、という謎の認識があったがどうやら違うらしい。手足をみればもう作りがしっかりしている。
次に周囲を見れば黄土色の土が広がり、怠惰で負のオーラを放つ街の高台にいることがわかった。
家の中、じゃない。
なんだ? そう思いつつ近くにあった壁を支えに立ち上がった。
高台なこともあって見渡しが良い。
にしても、ここは……そう思っていると正面から一人の男が歩いてきていることに気がついた。
体格の大きい男だ。だが少し猫背で顔にシワがあるのをみると初老期に差し掛かっていることが分かる。
「……ッ!?」
近く、体の大きさがハッキリとした時オレは腰を抜かした。
何故なら目の前に来た男は血塗れだったからだ。
顔から足に至るまで誰かの、まだ暖かいであろう血を見に浴びた男が見下ろした。
「家にいろと言ったはずだ」
「……?」
まさか、この男が? 目を合わせられないほどに悍ましい目つきに負け、視線を落とすとまだ血の滴る右手に何かが握られていることに気がついた。
紫の、石? 違うな水晶の形をした綺麗なものだ。
「中々に手こずらせられた。気になるか、これが」
こちらの視線に気がついたのか、父と思しき男が握っていた水晶のようなものを見せてきた。
だが、まだ矮躯なオレには届かない高さだ。ちらりと見れば薄い警戒心のようなものが……。
「魔晶石だ。これでまた強くなれた。こたび手に入れたのは会計。使わないだろうがいずれ役に立つ」
「るーん?」
「他人から奪ったものだ」
当たり前のようにスラリと強盗したことを話す父。
俺は呼吸を忘れるように硬直してしまった。
え? という表情が顔に出ていたのか父も目を開いていた。
「何を不思議そうにしている。奪われる方が悪いのだ。貧民だからと容赦する必要はない。こちらにも生活があるからな」
貧民、そうか俺は、俺達は貧民なのか……。最悪のスタートだな。
にしてもコイツはさっきから何を言ってるんだ?
化け物を見るような念を心に抱き視線を泳がせた。
「お前もああはなりたくないだろう?」
今度は後ろを振り返って言う。遅れて俺も視線を同じ方へ合わせると赤い水溜まりの中に倒れる人間が。
おいおい、まさかあれは。
「利益を貪った高官を今しがた殺してきた。面白いものよ。貧民と侮った故にあの男は死んだ。身分が低いと必ず勝てると誤認したからだ。まぁ護衛の方が強かったがな」
自慢げに語る父と思しき人物の語りに理解がついていけない。
人を殺しておいてどうして平静でいられるんだ?
無論俺も前世では生物を殺してきたが全て魔物だ。人を殺すのとわけが違う。
「ムミョン」
男が俺を見ながらそう呼ぶ。
今世の名前はムミョン、らしい。
「お前、今すぐ丘を降りてルーンを奪って来い」
「……は?」
赤子ながら大人のような返事が出てしまった。
いや、それもそうだろう。
こいつはマジで何を言ってんだ?
俺はまだ力が無いし、何より未熟な赤子だぞ?
「グズグズするな、早く行け」
本気なのかわからないでいた俺を立ち上がらせると背中をポンと押す。
しかしその背中押しはこの体には強く応えたようで前のめりに倒れそうになった。
何するんだ、そんな思いを込めつつ振り返れば父が仁王立ちの構えで先程以上の圧力を掛けてきた。
「殺せるまで帰って来るな。ルーンも、クラスも範囲外のお前でも、強いと示してみろ」
家に入ると思いきや男はずっとこちらを高所から見下ろしている。
早く行け、と言わんばかりに。
マジで? 本気でやるの? 俺が?
「早くしろ」
これまでとは違う低く、竜の唸り声のようなトーンにヒヤッとした俺はフラフラとおぼつかない駆け足で丘を降りた。
※※※
やはり貧民街のようだ。廃れた匂いと治安が悪く整備がなされていない汚い通路。
ボロ布を一枚纏っただけの、やせ細った少年少女、大人が物乞いをしていた。
まさに魂の叫び。スラム街のような光景が広がっていた。
俺はあの男の言葉を思い出しながら語句を解析する。
ルーンとは恐らくジョブを指す言葉だ。前世には無かったがラノベではちょくちょく見られる職業ものに類するはず。
それを奪える、のか? あの水晶を取れば恐らくジョブを盗んだことになるはず。
「このまま逃げてもいいんじゃないか?」
そんなことを呟いた直後、背後からゾッとするような視線を感じた。
思わず振り返ったが誰もいない。曲がり角の壁から見られているような気がする。いや、狙われている?
一刻も早く逃げ──、
「おいガキ」
ようとしたが無理だった。正面から現れたのは俺よりも体格の大きい青年。男ほどではないが赤子の俺よりも二倍くらい大きい。歳は十くらいだろうか。
「ちょっとツラ貸せよ。腹減ってんだろ? いいモン食わせてやる」
明らかにまずい提案だ。新手の詐欺にしては陳腐だが、赤子を騙せるならこのレベルでも問題ないだろう。
いいモン。恐らくは食べ物だろう。貧民にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。
俺もお腹が空いている訳ではない。むしろ、先の会話と今の状況で空腹を忘れるほどに追い込まれている。
「欲しいだろ? これ」
ポケットからチラつかせたのは淡く紫に光る水晶。
加えて反対の手からは骨付き肉。香ばしい、ここでは滅多にお目にかかれないであろう高級食材だ。
何よりもこいつ、ガタイがやたらいい。と言ってもスリムな細マッチョではなく、太っているという意味での体格が良いだが。
「これは売れば金になるし、こっちは腹が膨れる。なぁ来いよ、お前は選ばれし者なんだ」
スタスタとなんの警戒心も無く近づいてくる。
こいつは俺の中身が精神年齢百歳くらいであること知らないかはだろう。
「さぁさぁ、来──」
瞬間、男のまるまる太った顔が緩やかなアーチを描き宙を舞った。
血は遅れて噴き出し、脳の神経と切り離された体はその場に膝をつく。
「ぇあ……?」
全身の脱力感に負け、俺も膝をつく。綺麗な首の断面からは真っ赤な血がドクドクと垂れてくる。そしてようやくドサッと生首が地面へ着地。
光を失った瞳と目が合った。
「わぁぁぁっ?!!」
悲鳴に近いような叫び声をあげながら身を翻した直後、腹部に鈍い痛みが走った。
蹴られた、と認識出来たのは飛ばされた場所で自分の尻に敷いているのが死体と気がついた時。
まだほんのりと体温が残るそれに触れた時、胃から何かが込み上げるのを感じた。
「お前もこうなりたいのか?」
吐き気に意識を支配されかけた時、この世界で最も聞きなれた声色が耳に入った。
重厚な声とともに現れたのは巨躯の体をもつ男、右手には何故か血が滴っていた。
「殺せと言ったはず。お前も死にたいのか?」
「い、いや僕には……ごぁっ!?」
再び腹部に刺されたような激痛が走った。目にいっぱいの涙を溜め込んだ俺はその場で小さく蹲り、小刻みに体を震わせる。
「相手が誰であろうと関係ない。死ぬほうが悪いからな」
「ごぁっ……」
「見ろ、ムミョン。これが力を持たざる者の末路だ」
そう言ってこちらの痛みを気にしない素振りで、地面に転がる死体を足で弄る。まるで汚物を触るような触れ方に俺はいいえない嫌悪感を抱いた。
「この男は捨て駒。加えてもっているルーンも偽物。この世界で最も価値の無い人間だ」
「……?」
「お前も駒だ」
実子を駒に、そんな非道が許されるはずが──、
「だが世間一般では正しい」
父の右手は手刀のような形になっていた。つまりは、男の首を刎ねたのは……。
「そんはずは……」
「いいや許される。実力こそが至上だからな」
実力、という言葉に俺はピンと反応する。
そういえば転生直前、あの神が何か言いかけていた。実力主、までは聞こえたが。そこまでだ。
まさか、まさかだ──。
「全ては己のために利用する。それが当然の世界。実力主義世界だ」
実力主義世界──。
全ての世界で当然のことになっていることだが、この世界ではその思想が貧民であっても根幹になっている。
「お前のランクは範囲外。実力数値はゼロだ」
そう言って父が見せてきたのはスマホのようなもの。前世ではこういうものを魔法道具と言った。
画面に映し出されていたのは俺の顔と名前、そして様々な統計。
実力、身体能力、思考力、信頼、努力、才能、などなどある。だが、その全てがゼロで数値を重んじるこの世界で爪弾きにされる人間だった。
「これが世界からの評価。つまり、生きる価値すらないゴミなわけだ」
トントンと人差し指の爪先で俺の頭を突く。
「……」
「だが世界はこれが正しいとなっている。力が欲しいかムミョン」
そう言われ、俺は死体となった男を見る。
恐らくこの男は実力という数値がほとんどゼロに等しいものだったのだろう。故に死んだ。弱肉強食、これが当然の世界──いや、間違ってるだろう。
数値で人は測れない。統計的なものを出せても、それは他人からの評価だ。
自分の力というのは他人には測れない。にも関わらず他人からの評価が実力とされている。
それが低ければ利用され、死んでも雑処理が成されるだけ。
こんなの……間違っている……!
「ほしい、です」
「ならば強くなれ。そうでなくば死に方も選べん」
そう、強くなければこの男のように誰にも知られず、孤独に利用されて死ぬ。
そうなることだけはごめんだ。何より、この世界を正したい。
だが、俺はこの父のように子供まで絶対に手にかけたくない。
綺麗事なのは分かってるが、それだけで成り上がり、全てを変えたい。
俺は力強く父の手を握り、立ち上がった。




