第一話 転生先は実力主義世界でした
「やっべぇ決めかねるな」
「はよ決めんか!」
「いや、自分で選べって言われてもさ……」
「じゃあもうワシが選んだろか?」
「あー、それで頼む。レベルは4.5くらいのを頼む」
俺の名前は──もう無いか。
人生二度目を終えて早一ヶ月、俺は次の人生の転生先をどうするのか決めかねていた。
一度目は日本で犬死をして、二度目は勇者として世界を救い、寿命で死んだ。
まぁやり直しにしては上出来だった。
死んだら後は死後の世界を謳歌する、と思っていたのだが目の前にいるヨボヨボ神に転生先を選べと迫られた。
空の上は天国とよく言ったもので、本当に雲上に天国があった。
「一ヶ月って向こうだとどのくらい?」
「五百年くらいじゃないのか? ワシも詳しくは知らん。これで、いいか?」
「あー良き良き。とりあえず三度目の人生は難易度高めで頼む」
「おい、確認するのじゃ。これで本当にいいのかを──」
「いいよいいよ。簡単に成功を掴めるような人生じゃないなら何でもおーけー」
俺は見向きもせずに神の選んだ世界を選択した。
後ろで書類に何かを綴る音が聞こえる。
どうやらもうすぐ転生するらしい。
神々しい音と共に、俺の目前に魔法陣が出現した。
「ほれ、行け。全く一ヶ月も居座りおって」
「いや死んだ後くらいは休みたいじゃん?」
「あーそうじゃのう。ほらはよ行け。転生してすぐ死ぬんじゃないぞ。五年以内に戻ってきたらワシが怒られるからの」
「あいあい。じゃあ、行ってきマース」
軽い気持ちと共に俺は魔法陣を踏んだ。
直後、俺はその世界に転生した。
「よろしかったのですか? あの世界は、地獄よりも辛く、転生先として選ぶ人は一人も──」
「ワシは確認しろと言った。じゃがしなかったのはあやつだ」
「しかし、実力が追い求められる世界で最底辺生まれ、かつ最悪の力を持つことになるのは流石に──」
「ええてええて、そら厄介者を追いやったんだ。残りの仕事も片付けるぞ」
※※※
おかしいな。
転生といえば出産直後なはず。
二度目の人生はそれだったのだが、三度目はまさか本を読んでいる途中とは。
あの爺さん嵌めやがった。
キョロキョロと周囲を見てみるが何だこの家は。
壁の亀裂が半端なく、壁角には蜘蛛の巣があるぞ。
しかも家具は見受けられず、木材の色も経年劣化のそれを逸脱している。
体のむず痒さが気になって見てみれば、ボロボロの布出できた衣一枚を着ているだけ。
鏡は無いかと探した時、窓があることに気がついた。
俺は立ち上がり、とりあえず知恵を働かせ艱難辛苦しつつも窓辺に上がることに成功した。
「うぉ……」
赤子と思えない言葉が漏れた。
窓外に広がるのはドンヨリと重い雰囲気を放つみすぼらしい家屋。
華々しさの欠けらも無いそれらに俺は嫌な予感がした。
そして、真っ赤な何かが地面いっぱいに広がっている。
家と重なり、詳しくは分からないが何かが波打つ度にその液体も波紋を生み出し、地面を赤に染めていた。
「えぇ……待ってよ」
加えて通路を歩く人間たちはその隣を当たり前のように素通りしていく。
立ち上がり、ようやく影から現れた人間は何かスマートフォンのようなものを確認している。
確認が終わると、石のようなものを取り出し天高く掲げている。
儀式かなのか知らないが、とりあえずこの街は正常でないことは理解した。
通り魔が当たり前の世界に転生なんて……聞いてない。
「ムミョン」
やや重低音のきいた声が背後から聞こえた。
ゆっくりと振り返れば俺と同じようにボロを纏った初老の男がいた。
白髪が混じり、シワが出始めているのを見ると六十に差しかかろうとしているくらいだろう。
「窓は危険だ。降りなさい」
「あ……はい」
「ん、もう言葉を話せるようになったのか。早いな。流石は──、よしておこう」
どうやら俺の名前はムミョンと言うらしい。
安直さを感じる名前だが、あまり触れるのはやめておこう。
特徴の無い父親? だが、腰に杖のような剣を帯びている。
「買い物に行くゆえ、大人しくするのだぞ」
「あい」
とりあえず転生者であることをバレるのは避けたい。子供になりきらねば。
が、その心配は杞憂であった。
父親らしき人物はそう言うと本当に家を出た。
ちょっと、子供一人にするのは危険ですよ?
「さぁて、お馴染みの確認と」
ステータスとやらの存在があるか確認するため、呼び出してみたが反応なし。
なるほど、そういう世界ではないみたいだ。
日本で流行っていたライトノベル仕様でないことは確認できた。
となれば旧式の普通の剣と魔法の世界らしい。
「とりあえず特殊能力があるか気になるな」
手のひらを前に出して技名を叫んでみたが反応なし。
どうやら無双出来る世界でもないみたいだ。
「そうか、難易度が高いんだった」
ヌルゲー人生はやめろと自分で言ったはずなのに、忘れていた。
となれば成長して強くなるパターンか。
とりあえず、魔力的なものがあるかの存在確認。
同じく手のひらを向け、魔力探知を始める。
前世の経験をフルに活用しない手段は無い。
「……おっ、あるある」
大気の中に僅かだが、粒子のようなものが存在するのを確認できた。
良かった良かった。
とりあえず魔法はあるらしい。
「本を読んで知識を、と思ったけど読めん。これは読み聞かせを頼むしかないな」
生憎と前世と今世の文字体系が異なるために読むことは不可能だ。
となればやることは一つ、魔法研究のみ。
「さぁて、魔法を──なんだあれ」
手を広げ魔力を感知した直後、何かが反応するかのように音を放った。
気になって音のなるほうを見れば、棚の上に光る石がある。
「おぉすごい。あれはただの石じゃないと俺の経験が言ってるね」
あれは多分魔石とかそういうものだろう。
売れば高くつくやつ。
くすねてもバレなさそうだ、いや盗むつもりは毛頭無いし!?
「うんしょ、よいしょ!」
引き出しを開けてそれを足場になんとか上り、轟々と光を放つ魔石? を手に取ることが出来た。
手に触れた瞬間、自身の中に何かが潜り込んで来るような感覚が迸った。
自らが最高の魔術師となったような気がした。
手を前に出してみれば大気中の魔力が先程より探知できる。
より詳細に、より細かく、より鮮明に──。
「わぁ……」
魔法を放ちたいという衝動を抑えられず俺はそのまま魔力を体内に取り込んだ。
水を飲むようにゴクゴクと体が魔力を吸い上げていく。
広げた手のひらに集約させ、俺は水を生成した。
ポワッという優しい音とは裏腹に、放てば人の腹に穴が空きそうな予感がした。
「えぇい!」という掛け声と共に、俺は水弾を放った。
刹那、バギっという嫌な音と共に家の壁を突き抜けていき、水弾はどこかへ飛んでいってしまった。
「すっげぇ……」
魔石を持つ手を見つめる。
内側から力強く光るそれは素晴らしいものだった。
恐らく俺がこの魔石の力を借りることなく魔法を打っても家の壁に穴を開けることは出来ないだろう。
「ん……穴?」
いかん、穴だ。穴を開けてしまった。
俺は背筋に冷たいものが走ったような気がして、魔石を落としてしまった。
すると、それまで感じていた魔法使いとしての居丈高さというものがフッと消え失せてしまった。
これも隠さないと、さもないと怒られてしまう──、
「ムミョン」
「はいっ!?」
遅かった。
棚から降りて、最後の足場をの引き出しを閉めていた時、背後から声が聞こえた。
調子の悪い機械のように振り向けば、俺を見下ろす初老の男性が──。
「あ、えぇと、そのぉ……」
「全く。やはりそれは閉まって置くべきだったか」
「ご、ごめんなさい!」
「いや構わん。隠していなかったこちらの落ち度でもある」
そう言うと腰を下ろし、俺が落とした魔石のような水晶を拾い上げ引き出しの中にしまってしまった。
「そ、その石は……」
「ムミョン」
「は、はいっ!」
「触れてみてどう感じた」
「え、えぇと自分が……魔法使いになったような気がしました!」
「そう、その通り。あれは魔法使いの魔晶石だ」
「る、ルーン……?」
「人は誰しも五歳になると、あの石を授かる。だが、人によって効力が違う。ある者は剣士、魔法使い、戦士、騎士、僧侶、医師、旅芸人、薬師、鍛冶屋等など、適性に応じたものを授かる」
「ふ、ふーん……そうなんだぁ。じゃあパパの石は魔法使い、なんだね!」
「違うぞ」
「えぁ?」
「あれは人から奪取したものだ」
人から、奪ったもの……。
それを父が持っているということは、元の持ち主は──。
「なんでパパが、それを?」
「もちろん、相手が弱かったからだ。弱者が持つのは勿体ない故な」
「え……ど、ういう」
「そうか。お主には言ってなかったか。この世界は実力こそ全ての実力至上主義世界。
弱者にはルーンを持つ資格すらないのだ」
実力主義世界……よ、よくある世界じゃないか。
どんな世界もその思想が根幹に──、
「故に生きる権利も無い」
「ぁ……?」
「食べる権利もない、服を着る権利もない、学ぶ権利もない、夢を見る権利もない、話す権利もない。そして──死に方を選ぶ権利もない。それがこの世界だ」
「いきる……けんり、?」
「当然だろう? 弱者は淘汰されて当然故な」
「……っ」
な、んだ……その世界。
弱いとあらゆる権利が無い、のか?
「お主も、弱き者である場合──」
「……ッ!」
「ルーンはこちらが頂く」
悍ましい威圧感に押された俺は、黙って見上げることしか出来なかった。
これが、あの神が選択した高難易度の世界。
弱者には何の権利もなく、死に方を選ぶ権利も────無い。




