第三十話 今後の展望
ただ見上げていることしか出来なかった。
自らが過ごした思い出のある、全ての起源となった家が、黒の煙を立ち上らせ崩れ落ちていく様を。
やがて、全てが燃えきった時には数時間が経過していた。
「……兄上」
渋るように声を出したライト。
オレはゆっくりとその方へと向き直る。
「どうした、」
「立ちましょう」
「あぁ、そうだな」
だが一人で立たせるつもりは無いらしく、ライトは脇へと回り、立ち上がるのを支えてくれた。
「自分がしたことは返ってくるのよ」
こんな時でも平静を装っているラナが言う。まさしくその折通りだ。
人の家を燃やせば、自分の家が燃える──なんてことが予想出来るはずがない。
彼女の家も既に焦土のみが残るだけなんだが、こちらもそうなる運命らしい。
家屋は全焼。
内に入れば生き残ることすら困難だったろう。
何か家に残して来た訳では無い。
今宵オレは住処を失ってしまった。
疲れをとるために寝ることも出来ないだろう。
少し焦土から距離を取り、オレたちは車座になる。
「父さんが帰って来るのを待つ、それが上策だと思ったんだけど……」
「その様子はないですね」
間もなく夜が明ける。
家が燃えていくのを何も出来ずに数時間見守っていたオレたちは今後の展開について話し合う。
「はぁ……何でこうも上手くいかないかなぁ」
『聖剣』を手に入れると豪語していたが、結局得られず。
新仲間のピサロも行方不明。
父に至っては秘密を話す約束をして、結果を知ることなく行方不明。
加えて誰かに放火されたと来た。
「好機」
「……?」
「好機よ」
肩と気分を落としていたところ、ラナが声を掛ける。
「どういう事だよ。家が燃えたんだぞ?」
「バカね。家が燃えたなら、拠点を移す好機と言ってるのよ」
「……どこに?」
「知らない」
肝心なところは無関心を貫いているラナ。
だが、彼女の言う通りだろう。
遠からずこの貧民街を抜け出し、世界へと翔くつもりだった。
その意思を後押ししてくれた、という意味にも捉えられなくないが……。
家を燃やすまでは──いや、彼女を仲間にするのに燃やしたのはオレか。
「ですが、国外に出てどうするんですか?」
ここで口を開いたのがライト。
彼は国を出ても安住できる場所を確保出来る自信がないと言う。
「それこそ冒険者になるとか」
「むりね」
「いや、それをなんとか……」
「むり」
いつもの一言返事で答えられる。
理由添えがあると助かるんだが、それをしてくれる様子は皆無だ。
「戸籍が無いもの」
「なっ……!」
ここまでまたしても貧民というブランドがオレの道を阻んだ。
どこで何をするにも存在証明が必要とされる。
戸籍登録をしようにもどこですれば良いのか分からないし、そもそも追い返される可能性がある。
「じゃあ、魔物の肉を食らって湖を目指す旅をするしかないか」
前世では非公式の活動、いわばギルド登録をせずに活動するのが禁止されていた。
一度目は警告文で済むのだが、最悪の場合は捕縛され投獄されてしまう。
「ともかくだ、今日はもう寝よう。また明日、考えるとしよう」
二人の顔を見れば少し疲労が見られる。
子供が一晩中走り回ったのだ、当然だろう
安息の地は燃えたが……地面で寝るのは悪くない。
オレたちは貧民、だからな。
※※※
陽光が真上に来るより前、オレたちは目を覚ました。
父がいることを期待したが、結局どこにもいなかった。
ならばより、あの仮説が現実味を帯びてくる。
一連の騒動の犯人は父だ、と。
先の試験然り、信用するに値しない人だとオレは一人思っていた。
あの出来事がルメアを殺すきっかけになった。
ならば今回も良くない事の火種になっている可能性がある。
それが『聖剣』を得られず、家を燃やされるということであるならもう良い。
しかし、それ以上に何か最悪な出来事が忍び寄ってきているならば次会った時、父子の関係を絶たねばならない。
「兄上、街を出るんですか?」
「当然だ。オレはいずれの日か広い世界に出ると決めていた。亡き友との約束を果たすために」
「お供します」
ライトは一礼をして従属することを宣告。
「ここに残っていた方が、まだ幸せかもしれないんだが?」
「それでも行きます。兄上の行くところは僕の行くべきところ。どこまでも共に生きていきます」
「ライト……」
「力は無いかもですが、他の事はなんでも頑張ります。必要とあらば僕を盾に使ってください! 兄上のために死ねるなら本望です」
「その忠誠心は一体どこから来るやら……でも、心強いな。ありがとう」
一人で行こうとしていたがライトはオレに付き従うことを継続すると言ってくれた。
チラッと彼の隣を見れば、ジッとこちらを見ている少女が。
「お前も来るか?」
「やだ」
「ですよね」
まぁラナはオレのことを嫌ってるし、ここで別れを刻むのが妥当だろう。
やはりまだ、家族との思い出が残っていたか。
そう思って肩を落としていたところ、彼女は唇を尖らせ言う。
「でも、あんたを殺す役目が残ってるから行くわ。誰かに取られたくないし」
「まじか……」
「悪い?」
「全然、むしろそれが正解です」
では仲良しこよしの象徴であるシェイクハンドを、と思い手を差し出したがプイッと顔を逸らされた。
そして例のごとく「変態」と言葉を送られた。
下心は無いんだが、それを伝える方法って何か無いかなぁ。
「はいはい!」
少し残念な気持ちが顔に出ていたのか、気前の良い声が聞こえたと同時に手が引っ張られた。
「ちょっと!」
引かれたのはラナも同じらしく、拒絶反応を見せたがライトが無理やり握手させた。
オレよりも一回り小さく柔らかい手の感触がが広がった。
「……ッ」
これがラナの手か、そう思っているのはオレだけらしく、彼女は顔を背けてこちらを見ようとしていなかった。
何だよ、照れてんのかよと思い「照れんなよ」と言ったら突如下腹部に強烈な痛みが走った。
「ぐぁぁぁぁ!!」
「あ、兄上!」
おのれ……いつどこで男には急所蹴りが有効だと知った。
もんどりうって地面を這うオレに対してラナは軽蔑の視線を向けていた。
く、くそ……素直じゃないヤツめ。
オレはそのまま数分間地面に転がって、痛みと戦っていた。
つま先は、痛いよ。
ようやく立ち上がれるようになった時、珍しくラナが言った。
「わ、悪かったわね」
なお顔を背け正面を向いていなかったのは変わりないが。
ここで再び同じ言葉をかければオレは二度と男という性別を選べなくなるだろう。
「ま、まぁあんたが悪いんだからね。早く行くわよっ!」
何だそれと口ずさみながらオレたちは焦土と化したかつて家であった場所を後にする。
何はともあれ都を離れる決意になったし、少し、少しだが、結束力が出来たのも間違いないだろう。
しばらく街を出た後は食い物に困るが……皆自分で選んだことだ分かってるだろう。
目指すはドゥーム湖、そして『聖剣』の獲得だ。




