第二十九話 膝をつく
この場にいる全員が、風の鎌倉内で息を潜める二人も異常事態を察知していた。
『剣神』が所有する伝説の剣『星剣』は代々ジークハルト家で受け継がれてきたモノ。
『五大聖魔神竜星剣』の中でも規格外の神業が行使可能な一振で、特に当代の『剣神』アレクサンダーの手に渡ってから、ますます化け物になった。
それは災害と言い換えても良いほど。
なぜ、『星剣』と呼ばれているか。
かつて宇宙より飛翔してきた星を打ち砕き完成させられた一本の名剣。
切れ味は言うまでもなく、古代より存在している『星剣』は錆と刃こぼれを一度たりとも見せたことがない。
どんなモノを切ろうが『星剣』は刃が折れない。
どんな人を切ろうが『星剣』は朽ちることは無い。
『剣神』一家には特異な受け継ぎがもうひとつある。
それは、当代の『剣神』が変わる度に『星剣』の姿形を変えるという儀式。
この儀式によって剣は異質さを助長させる。
何故か、それは姿を変えるだけで『星剣』はその効力が上がることもあれば下がることもあるからだ。
アレクサンダーもその儀式に則り、剣の姿を変貌させた。
打ち終わり、早速素振りをした彼は、いや世界は驚愕した。
彼が一振する度に、宇宙より星が落下してきていたのだから。
※※※
「ムミョン、まだやるかい?」
「あ、当たり前だ。後に引き下がることはしない。ピサロの命を思いやれば当然のことだ」
手の震えが、止まらねぇ。
『星剣』とやらが引き抜かれてより、オレはその場に釘を打たれたように不動になってしまった。
分かるのだ。
動けば死ぬと──。
「心の意思とは裏腹に、体は正直だ。君の体はこの上ないはほど恐怖心を覚え、震えている」
「はっ。言ってろ」
「再度通告する。投降するんだムミョン。今ならまだ君を──」
「聞かん、聞かない。オレはここで終われない。死んだあいつの分まで、生きるって決めたんだ」
「死んだ……あの人の、分まで」
アレクサンダーが何かを感じ取ったのか構えていた剣を下ろし、同時に視線を自分の足元に移した。
「お前には分からないだろうがな、オレは死んだ友人の分まで生きて、語り合った夢を体現するその時まで死ねない」
「……分かる。分かるさムミョン。僕には君の気持ちが痛いほどに」
同情の念を紅の三白眼に浮かべたアレクサンダーはオレの言葉に頷く。
そしてなんと、手に持っていた剣を腰の鞘へと納刀。
「僕は……業を背負った人間だ。『剣神』として務めを果たさなければいけない、そう思っていた。だが、僕と同じ生き方をする人を、ましてや子供を切るのは不義だ」
アレクサンダーが背中を向けて両足を揃える。
「その君を否定し、切るのは僕を否定するのと同じ。それは僕が背負うかつて死した人の思いを否定するのとも同じ」
そのまま膝を折って地面に正座。
またしても良くわかない光景に罠を疑い臨戦態勢を維持する。
「僕はこの夜──何も見なかった。ムミョンという少年とも、ピサロという魔族とも、二人の将来性が高い少年少女とも、誰とも、出会わなかった」
「何を言って……」
「ムミョン。僕は今独り言の最中だ。この意味が、君なら分かるだろう」
先程まで溢れていた闘気はスっと消え去り、逞しい背中だけが残っていた。
背中で語るという言葉を体現するように、アレクサンダーは背を向けたまま何もしなかった。
固唾を呑みながら未だに鎌倉に籠る二人に声を掛ける。
すると、風の防御は解かれ二人の男女が出てくる。
何が何だか分からない二人に、事情を説明することを後回しにし立ち去ることを先決とした。
「ムミョン。また、会おう」
「……次会うときは、敵じゃないことを祈るばかりだ」
お互いに独り言をしたまで。
その場にいると、思っての会話ではない。
脳内で、互いに向けた言葉が現実に漏れただけだ。
そう、互いに……尊重し合っただけだ。
※※※
「兄上、まさかまさかですよ」
準堂館から外の庭園へと繋がる場所に出た途端、ライトの顔色が変貌する。
嫌な予感だ。
「あの『剣神』に膝を着かせるなんて、どういうことですか!?」
「いや、あれは……オレが勝ったんじゃなくて」
「ではどうしてあの人は手を出さなかったんですか!? 兄上の覇気に怯えたんですか?」
「……いわゆる大人の事情だよ」
「何を、兄上はまだ子供です。大人ではありません」
成人まであと十年、といったところか。
言葉と現実の辻褄を合わせに来るのは少しやめて欲しいのだが。
どうしたものかと、ラナに助けを求めれば相変わらず顔を逸らされた。
いかん、このままではまずい。
ライトは先程から顔をジワジワと近づけて来ている。
だが、咄嗟に思いついた話題がオレを救った。
「そういえば、ピサロは生きてるのだろうか」
「生きてる、と思いたいですね」
オレへの愛深さ勝負をする好敵手を失い喜ぶと思ったが意外にもそうでは無いらしい。
ライトは肩を落とし、トボトボと歩いた。
「まぁあいつなら生きてるだろ。死んでたとしても、オレにまた仕えてくれるはず」
「そうですよ兄上、それもどういうことですか?」
いかん、どうやら墓穴を掘ったらしい。
助けてーラナちゃん。
「……」
何見てんのよ、と言いそうな顔でこちらを見つめてくるラナ。
この子と生涯旅をするとなれば少しでも距離を縮めたいんだが……難しいか。
だが諦めるなと心の中のオレが言っている。
前世ではヘタレすぎてダメだったからな。
今世では絶対に結婚まで行きたいっ! という願望もある。
相手がラナが良いという訳では無いが……良縁に恵まれ無さそうなんだよな。
「ともかくドゥーム湖、だな」
「そうよまぬけ」
「だよ……はぁ? まぬけってなんだよ!」
「当然でしょう。自分の探し物の情報も無い以上、まぬけとしか言いようがないわ」
「ぐぬぬぬぬ、否定出来ないのが腹立つな!」
次の目標地点はドゥーム湖だ。
『聖剣』が沈められているという噂を持つ、伝説の湖まで出張だ。
その後は、王国を出ようか。
この歳で何とか食いつなぐには、やはり冒険者をするしかないだろう。
千里の道も一歩から。
成り上がりというのも楽じゃないな。
そう思いつつ帰路に着いた。
※※※
「……どうなってやがる」
行きと同じルートを辿り貧民街に到着。
今日はオレの家で宿泊しよう、と皆で話し合ったところで違和感に気がついた。
ほんのりといつもより、温度が高い気がした。
今の季節が夏に差し掛かっていることもあるが、夜でこんなに暑いことがあるのか、と不思議になった。
やがて、焚き火のようにパチパチと何かが燃える音が聞こえてきた。
同時に鼻を突き抜ける灰の匂いが嫌な予感を誘った。
まさか、そう思い飛び込んでみれば予想通りの現実となった。
「オレの……い、えが……」
燃えている。
大火事となって。
出火元は不明だが、時間はかなり経っているのだろう到着した頃にはほとんど何も残っていなかった。
オレはショックよりも先に犯人を特定し出す。言うまでもない。
誰もいないことを知っていることは絶対条件。
この場にいる三人では無い。
ピサロは死んでいる可能性がある。
となれば、ただ一人。
またしてもあの男が疑われるのだ。
「父上ぇぇぇぇええ!!」
咆哮に近い叫びが、メラメラと燃える炎柱と共に夜の街を駆け抜けた。




