第二十五話 『剣王と呼ばれた男』
何が努力だ。何が努力は才能に勝るだ。
ふざけるな。
そんな考えが、そんな現実があってたまるものか。
徹底的にあの時挫いたはず。
奴にとっての唯一の友を耐え難いほど嬲り、殺した。
にも関わらずこの男は、まだ戯言を吐く。
何なのだ。
何故いつまでそんなことを言える。
今回だってかなりの実力差がある。
まともにやって勝てるはずがないのに、何故そうも闘志を滾らせ立ちはだかるのだ。
貴様は、何なのだ──。
※※※
私は名門貴族『タティス家』の長男として生を受けた。
母は他国貴族の令嬢で、父は世に名高き『剣神』の弟子『剣王』。
私の一族は代々剣を振るうという異色を放つ貴族であった。
そんなところの長男であったが故に、私も自我が芽生える頃より剣を握ってきた。
父に毎度指南をつけてもらい、身が擦り切れそうなほど毎度世界に存在するあらゆる型を身に刻んだ。
「タケル、もうそこまで出来るようになったのか」
「うん。だって、言われた通りにやるだけだもん」
私は才能に恵まれていた。
父が渋々といった感じで「まだ出来ないだろう」と呟きながら教えくれた型。
それをたった半日で完璧にマスターしたのだ。
父には幾人か弟子がいた。
道場を受け持たず、家の庭で指南稽古を行う。
私を含め、弟子は四人だった。
だが、誰も彼もが凡才すぎて欠伸がでるほど退屈な毎日。
父が型を一度見せ、軽くコツを教え、私たちにやってみせろと言う。
三人が苦戦する中、私は模倣したように技を行った。
三人の目が丸くなり、私に視線が注がれたのをピリピリと感じたのは今でも忘れていない。
「どうやってやるの?」
「父さんの言う通りにやればいいだけだよ」
そう言うと他の弟子はみな怪訝そうに眉を顰めていた。
私に指導を諦めた者は次に父へと助けを求めた。
父は丁寧に一つ一つの動きを解説するが、未だに首を傾げる。
「そんなことする必要ないよ。全部繋げてやればいいじゃん。非効率だよ」
「皆がみんなお前みたいに才能があるわけじゃないんだ」
この頃だろうか。
自分が周囲と違い、才能がありふれた天才側の人間であることを自覚したのは。
※※※
幾年か月日は流れていき私は十歳になった。
五歳に授かったルーンは『剣王』。
『剣神』を授かると思われたが、当代の者が存在する限り授かることはないらしい。
だが『剣王』は『剣神』の弟子に当たる。
私と同じルーンを持っているものは皆が『剣神』になれる資格を待っている。
「『剣王』とは、仁義のために刃を振るうのだ。決して下の人間を見下し、嘲笑ってはいけない。
お前は『剣神』を支える土台だ。絶対に反発してはならない。剣に生きるならば、剣に生き、『剣王』として生きるならば支える者として恥じない生き方をせよ」
耳にタコが出来るほど父に言われた。
幾つもの人間が、剣の頂を示す玉座を目指す。
では、どのようにして決めるか。
殺し合いだ。
結果だけがモノを言うこの世界で、終局的に求められるのは実力のみ。
だが、ただの殺し合いではない。
あらゆるカリキュラムを通して適性を判断する。
ただのカリキュラムではない。
最高点に到達した者の中からより優れたものを選りすぐる成績至上の場所。
こんなにも回りくどいことをするの強いという理由だけで採用した結果、国が滅びかけた経験を元に作成されたらしい。
そこでも私の才能は遺憾無く発揮された。
頭脳においても頭一つ、いや二つ抜きん出ていた。
瞬間的な判断力や、政治的介入、軍事的介入など経験したことのない試験もあったが私は難なく突破。
一日を過ぎると隣にいた人間が消えていたこともあったり、私に話しかけていた人間が精神を病んだこともあった。
「こんなに努力したのに……」
脱落していった人間は皆そう口にしていた。
密かに私はそんな人間を嘲笑った。
努力は所詮自己満足を得るための方法に過ぎないと。
努力したってどうにもならない。
何故か、産まれた時点で立ち位置が違うからだ。
才能で成り上がった人間と、努力で成り上がった人間は同じルートを辿っているように見えるがそうでは無い。
努力していた人間がようやくの思いでたどり着いた場所は、私が産まれた時から見飽きていた景色だ。
剣を振る才能の無かった三人が一週間かけて体得した型も、私は半日で出来るようになったのが良い例だ。
時間の無駄なのだ。
そんなことをしている暇があるなら、奴らは剣を振るよりも農奴として働き国に税を収めたほうがよっぽど為になる。
涙を流しながら不合格の烙印を押されたものをみて私は笑わずにはいられなかった。
身の程知らずもいい所だ、と。
だが試験内で、私と同じように異質さを放っていた男がいた。
蒼海のような髪と、炎のような真紅の三白眼。
アレクサンダー・ヴァール・ジークハルト。
当時の『剣神』ユルメル・ヴァール・ジークハルトの息子。
私と同じく才能で上がってきた天才、らしい。
あらゆる適性を判断され、私と奴のみが生き残った。
最後に二人が残ればやることはもう一つだけ。
殺し合いだ。
互いに剣を握り、相手を降参に追い込むか、殺すかの二択。
勝負は一瞬だった。
私がどんなものかと小手調べ程度に動いた瞬間には地面に転がっていたのだ。
恐らく、奴も小手調べ程度の一撃だったはず。にも関わらず私は人生で初めて人を見上げた。
私はアレクサンダーに負けたのだ。
※※※
『剣神』の名前を引き継いだのはそれから間もなくのこと。
突如としてユルメルが逝去し、アレクサンダーが着任。
私は以前と同じ場所に留まった。
才能で勝ってきていた私が才能に負けた。
納得の結果だ。
私よりも上の才能は存在する。
王国内でのランキングは二桁内でも上位に位置していた私と、二位の奴とはレベルが違う。
仕方がない。
そう思っていた矢先、私の考えは打ち砕かれた。
なんと奴が汗だくになりながら剣を振っていたのだ。
最初はありえないと思った。
だが、何度目を擦っても現実は変わらない。
あまりの威力に剣が耐えられなくなったのか、柄のみとなった剣が山のように出来上がっていた。
呆気に取られていた私に気がついた奴は、笑顔で剣を私に差し出してき、言う。
「君もやらないか?」
差し出してきた手のひらには無数のタコ。
上半身のあちこちには裂傷とアザでいっぱいだった。
こんな者に、こんな無駄なことを重ねていた人間に私が、負けた──。
言葉にできない焦燥感と憤慨で心身を蝕まれた私はその手を振り払い、その場を立ち去った。
これまで、私が努力する人間に遅れを取ったことはない。
努力することは無駄だ。
したとて結果を出す頃には才能ある私のような者とは埋めることができないほどの距離が出来ている。
にも関わらず何故努力する。
何故、身の丈に合わないことをするのだ。
『剣神』となったのならば、その座を目指す子供と同じように剣を振るうべきでは無い。
完成された人間であるというのに、何故それ以上を目指すのだ。
時間の無駄だろうが。
剣を振り、結果を出すのに時間がかかっているならその適性は無い。
自分に向いていることに時間を投資することの方が幸せになれるというのに、何故そうしない。
何故こうも人は愚かなのだ。
そんな人間を見ていると虫酸が走り、哀れまずにはいられない。
こいつも、目の前のガキも同じだ。
貧民のくせして成り上がろうとし、勇者の友を失った。
だが、貧民のくせに腕は少し立つ。
弛まぬ努力だろう。
無駄だと言っているのに、ここで才能のある私にくじかれて終わる、なのに──、
「グフッ……?!」
「届くぞ。努力は、才能に」
私が押されている。
無垢な子供に、貧民に、努力している人間に。
あってはならない。
異常事態だ。
負けるのか、私が。
努力している人間に、子供に、またしても年下に、人生のイロハを私よりも知らず、生きた年数も違う者に、何故だ。
どうして私は再び敗れるのだ。
「がァァっ!」
足払い、奴が空へと上がる。
すかさずそこへ刺突を放つ。
奴の眼が開かれ、それを凝視。
刹那、錯覚を彷彿とさせるように刺突が三つに分かれる。
「流派・龍心『爪割り』」
だが、奴はそれらを全て弾く。
いや正確には二つだけを。
残り一つはあの少女から貰った何かの力だ。それで風魔法を使い、軌道をズラした。
着地する、その刹那
「流派・光陰『矢風』」
矢のごとく風のごとく素早い足切りが炸裂。
肉を穿つ直前に奴は持っていた剣を逆さにし、地面へと叩きつける。
鋼同士の高音が響く。
ジリジリと私の剣が食いこんでいく。集中しろ、押し込めば可能性は──
「ぐぁっ!?」
「囚われたな」
剣を両断し、奴の足を通り抜けるかと思われた私の攻撃は届かず右頬に炎のように熱い一撃を貰った。
勢いが凄まじく地面を何度も転がり、立ち上がる。
「ありえない……こんなことが、こんなことがあってたまるか!」
「有り得るんだよ。努力は才能に勝てる。お前は才能に頼りすぎた。『操心家』のルーンを知らないな」
「なっ……」
「オレのように他人を理解しようとし、積み重ねをして成り上がったなら知っているはず。だが、お前は違う」
あの一撃にあれほど囚われたのはルーンの力。そんなものに、この私が。
知っていたら、私とて、知っていたのなら何とか出来た。
私の才能なら──、そうでなくても誰かが教えてくれていたら、
「……っ」
誰も、教えてくれなかった。
他人を見下し、理解しようとしなかった私の周りには常に誰もいなかった。
私がその生き方を選んだが故に。
才能というもので人を測り、努力を見限っていた。
知っていたのなら。
奴は知っている。
この『操心家』というものの対処法と、その恐ろしさを。
奴は何度も踏みにじられ、その度に立ち上がってきた不屈の精神を持っている。
だが、私は無い。
誰も教えてはくれなかったし、誰も踏みにじってくれなかった。
唯一私を踏んでくれたアレクサンダーをも、私は拒んでしまった。
私が淘汰してきた人間は全員、私自身が踏みにじってきた。
一度も折れたことのない私は、私が見下してきた人間よりも弱い……?
折られた時にはどうしたら良い……。
私は分からない。
才能に身を委ね、努力をしてこなかった故に知らない。
誰か、私に──
「ルメアの仇だ。お前は、才能でしか人を見れない誰よりも人間というものの丈に合っていない人間だった」
正義の鉄槌が私の胸を、臓器を切り裂いた。
血飛沫が舞い、地面が紅に染まっていく。
倒れゆく中、意識が薄れていく中、私は残り少ない力で思考を回す。
なぜ負けた。
才能で勝る、私が、天才な私が。
圧倒的な格下に何故、遅れを取った?
努力というものはかくも美しい、のか?
何故彼は友を切った時に折れなかったのだ。
何故彼はあの時、諦めなかったのだ。
何故彼は今でも信念を持っているのだ。
持っているはずのないものを、私には無いものをどうして彼は何故持っている。
どうやってそれを、手に入れたのだ。
誰か、私に教えてくれ。
努力とは何なのか。
努力はどうしたら努力なのか。
努力は──どうやればいいのか。
誰か、教えてくれ。
心の中でそう呟いたが最後、私の意識は闇へと落ちた。




