二十四話 実力差
「いやー生きてると思ってなかったよ、刀傷で死なないにしても感染症とかで死ぬと思ってたよ。だってほら、あそこ汚いじゃん? この世のものとは思えないほどさ」
「……否定はしないが、故郷を悪く言われる筋合いはない」
余裕ぶっているのかタケルはお喋りを始める。だが、生憎とオレはそんなつもりはない。
ルメアを殺したこいつを、一秒でも生かしておく理由はない。
「やめときなって、君一人じゃ無理だよ。あ、三人でも無理だよ?
だって、私は『剣王』だからさ。身分もルーンの格も違うからさ」
「だったら見せてやる。下克上ってやつを──!」
オレは地面に突っ立ててある剣を引き抜くと低く構える。
「兄上、お待ちを!」
「何だ今は──」
「これを!」
ライトはラナとオレのやり取りを見ていたのか、自らのルーンを差し出した。
ギュッと受け取ると、ポケットへとしまう。
二人の加護がオレにはある。
先は一人で戦おうとしてしくじった。
ならば同じ轍は踏まない。
「ルーンの橋渡しも意味ないよ。それを何回繰り返してるのか知らないけど、他人に譲渡し続けると成長阻害になるよ」
「うるさいんだよ、さっさと死ね」
マナでいつも以上に身体を強化。
そのまま地面を蹴り抜く。
凄まじい威力で地面が凹んだ。
その分の突進力を得て、『剣王』と距離を縮める。
「おっと」
「かぁぁ!」
振り上げた刃をそのまま振り下ろす。
その速度は二年前、不甲斐無かったオレとは別格。
恨みと意志を胸に磨き続けた一刀だ。
銀閃は空を迸り、『剣王』は瞬時に後ろへ。
「逃がすか」
追撃したオレは背筋に冷たいものを感じ取る。
浅い、そう聞こえた直後、目を大きく見開いた。
カァン! という金属音が幾度も響く。
目に見えなかったあの連撃、オレは心眼を見開く勢いで視野を広げ、全てを防ぎきった。
「なんと」
「浅いんだよ!」
再び『剣王』が下がる。
お得意のセリフを返しながら、深く懐まで踏み込む。
底から死の刃が上がる。
当たると思われた一撃は無情にも届かなかった。
そればかりか、俺の胸に熱のようなものが走っていた。
「くっ……!」
「まさか、流派を使わなければいけないなんて」
驚愕したのはオレだけではなく、タケル・タティスも目を見開いていた。
オレはすぐに距離を取る。
切るはずだったのに、逆にこっちが切られた。
どういう理屈だ。
「影刺しを使わなかったら私も斬られてた。うーん、血のにじむ努力だ。でも虚しいね、努力って結局才能に食われるんだ」
「なに?」
「事実だよ事実。ほら、君と……えぇと誰だっけあぁ、勇者勇者! あれがいい例だよ」
『剣王』の言葉に全身の血が沸騰したような怒りを覚えた。
すぐにでもぶち殺す、と思ったが会話をするなら好都合だ。
その内にマナを使って回復を促しておこう。
「私という才能に恵まれた人間と才能なく努力という何の価値も無いものの戦い。君も見ていたろ?」
「子供でも容赦なく無軌道に切りつけて、普段晴らせない怒りを貧民でしか晴らせないゴミクズだろ」
「いやー褒められると困るね! 私も有名になったものだ。
それで、結局ね努力をしても才能に勝てないんだよ分かる?」
「知るかよ。オレとお前は世界が違う」
「そうだね、私が上で君は圧倒的に格下だ。
で、悲しいかな努力した君たちがたどり着いた場所っていうのは私達、才能の塊は生まれた時から持っていたものだ」
だからどうしたとオレは切り捨てた。
努力が才能に食われるなんて百も承知。
オレだって別世界の人生では何度もそう思っていた。
研究員になる前なんか、みんな才能ばかりでそれを持っていないオレは同じ場所にいていいわけが無いと。
だが、それでもオレは折れなかった。
単純に負け嫌いというのもあるが、そんなスゲェ人達といる自分が誇らしいだろうなと思ったからだ。
「それを採用したのがこの実力主義制度の世界。強者が優遇され、弱者は淘汰される素晴らしい世界、それを知った時私は感動で涙を流した」
「グフッ」
「努力をして何になるのさ。結局は食われて落ちていく人間が積み上げても崩されるのが落ち。身の程を弁えろよ」
「がぁぁっ!」
「っ! 兄上!」
繰り出される剣戟にオレは為す術なく血まみれになっていく。
ライトの呼ぶ声に反応する余裕も無いまま、地面に鮮血を散らす。
強い、『剣王』。
これが、才能だというのか。
認めない。
断じて、認めない。
オレはここでルーンの力を借りる。
距離を置いたこの状況で、剣を持たない左手で空を殴る。
すると、空気は揺らぎほぼ不可視の打突が『剣王』タケル・タティスに迫った。
「これも見えるんだよね」
もはや憐れむようは眼差しを向けた奴は、飄々と避ける。それも、最小限の動きで。
これでは終わらない。
かの『拳法家』のように優雅に、そして自由に打突を送る。
「虚しいね。身の丈に合った人生を送ることが良いと私は思うよ」
そのように言いながら『剣王』は全て弾くことなく躱していく。
一、二、三、と呼吸を合わせながらやっているというのに憎き敵にはかすり傷一つ付けられない。
目前に迫った瞬間、『剣王』の袖を掴んだ。
ようやく触れた奴の身体。
「触らないでよ。気持ち悪い」
奴が剥がしにかかる。
それよりも早くオレはマナの助力を得て、奴をぶん回そうと力を込めた。
転がす、そう思った時には逆にオレが宙を舞っていた。
「ぐうぅぅ!」
強烈に地面を数度転がり、見守る二人の元まで飛ばされた。
「残酷なことを言うようだけど、今の技私は初見だったよ。後は言わなくてもわかるよね?」
初見であっても、才能があれば何とかなる。だが、努力では到底無理だ。そう言いたいのだろう。
「悲しいけど君の群青劇はここまで。まぁ身の丈に合わない人生を選んだ割には頑張ったほうでしょ」
「うる、せぇ……」
「矮躯な体でしょ? もう寝ときなって。良い子はママのお乳でも吸ってればいいんだ」
「……あ?」
「あ、そうか君もしかして母親いないの? あぁーごめんね? 片親だった? いや君なんかが親いるわけないから父親、もいないか! てことは親無し子かっ! あははは!」
「なに……?」
「くはっ! 親無し子ってどうやったらそうなるのかなって思っただけだよ。だってさ、男女が愛し合ってたらそうはならない。てことさは、君たち三人の親って、性欲に弄ばれた馬鹿な人間のなり損ないってことじゃん?」
口元を手で覆いながらオレたちをチラチラと見てくる『剣王』、これが『剣神』の弟子なのかよ。
それに対して怒りをあらわにしていたのはラナだった。
玉石のように輝く瞳に怒りをのせ、『剣王』に向けていた。
グッと拳を握りしめ今にも殴りかからんとしているが、オレは彼女に視線を送る。
気がついた彼女はより、飛び掛ろうとする意志を強めたのだがさらに強い圧を掛けた。
「もう見てられない。アンタには任せられないわ」
ラナは腰を上げようとしていた。
静止すると、ギロッと鋭い目つきをこちらに向ける。
「頼む、信じてくれ」
カスカスになりつつある声を絞り出してオレは彼女に見上げる。
珍しく彼女は戸惑いを目に見せていた。
隣のライトに視線を移す。
彼は青紫の瞳で真っ直ぐ見つめていた。
「自分の欲も制御できずに子供を作る、そして生まれた子供の世話もしない。で、出来上がったのが君たち不良品だよ!
正直さ、君たち何かが生きてても誰の役にも立たないし、死んだらどうなの?」
「……」
「才能があったらまだマシだったんだろうけど、それも無い。オマケに自害せずに身の丈に合わない人生を歩こうとしてる。バカの一つ覚え、じゃなくてバカの二つ覚えってところだね」
身振り手振り、とにかく大袈裟にタケルは淡々と話していく。
もはやその話を誰も真剣に聞いていないことにも、独り言であることに気が付かず、それでも話す。
「正直ね、仕方ないとも思うよ。そんな始まりだから、夢見るのも同然なんだけどさ。
奴隷以下には夢は不要だろ? そのまま朽ちて死ねばいいんだ。にも関わらずこんなところまで飛び込んできた、異常者だよ。
どうしてか? それは単純明快、明々白々。ゴミとゴミから生まれたゴミクズだからだよ」
「そんなゴミクズが勇者なんていう馬鹿げたルーンを授かった結果、あのザマだ。
友達と思しき人間を庇ってやりきった感を出していたとしてあれは実に滑稽で、無駄死にだったね。
死には当然涙や慟哭が伴うものだったんだけど、笑いが込み上げてきてさ。
努力する生物たちが結果がついてこずに泣きわめくのが面白くて面白くて」
「その度に思うんだ。結果が伴うはずがないのに、どうして努力するんだろうって。気になって気になってしかたないんだ。
身の丈に合った生き方を探して努力するなら私も拍手を送ろう。だけど、それ以外のことに努力するのは価値がない。
だって、生まれた時から生き方や才能っていうのは決まっているんだからさ。
夢や理想だなんて掲げて、成り上がろうとする君たちの夢は叶わないと私は思う、いや断言する」
「弱者ほど一発逆転を狙う。でもさ、そんなのは叶わない。何故か? そこに至るためには実力が必要だから。そして、実力を見せるためには努力ではなく才能が必要だから。
人生というのは生まれた時点で決まってる。だから君のような半端者が、成り上がろうとしたって無理なわけ。
君はあの貧民街で、明日生きるのに精一杯な生活を送っていれば良かった。
友達を失っても私を狙って敵討ちを果たさなければなんて考えず、ゴミ箱を漁って生活してれば良かった。
地面を這いずって、成功者の輝きを黙って見あげていれば良かった。
そうした生き方が出来なかった君は死ぬべき以外の正解が見えない。
現時点で、私は一撃も貰っていない。
これが才能と努力の結果。
生まれた時点で天才だった私に、君が勝てるはずがないってわけ。
君からしたら私は悪で、殺したいだろう? 一撃でも入れたいだろう?
でも叶わない。
何故なら君は弱いから。
あの頃と変わったのは体の大きさだけ、心は、まぁ知らないけど。
後は理想と現実を履き違えたあの馬鹿なガキと同じように惨めに泣いて死ねばいい。
そこにはなんの価値も宿らないけれど、私の優越感を満たすという役割がある。
分かったかな?」
ようやく語り終えたのか『剣王』タケル・タティスはこちらを見る。
オレの姿に驚いたのだろう。
全身にあった無数の裂傷は完璧に治癒している。
「まさか、話を聞かずに治してたってわけ? 失礼なガキだ。紳士な私にも限界ってものがある。それより、先程からどうやって治癒を」
「そんなもん一瞬で分かるだろ。あんたは才能の持ち主なんだろ? 早く教えてみろよ」
「はっ、ガキが驕るなよ。少し結果が出たからって調子に」
「お前、努力する人間に負けたことあんのか?」
「あるわけないだろ。私は才能があるからな。加えて『剣王』、本来であれば『剣神』なんだが」
オレはその言葉に水をさす。
こんな男が『剣神』などという大層ご立派なものに成れる未来があるはずが無い。
「なわけないだろ。お前は『剣王』になれたことが奇跡の存在。そんな偶然にも気が付かずに『剣神』になれたなんて、お前こそ身の丈にあってねぇだろ」
「……」
再戦の口火を切ったのはオレだ。
風を身に浴びながら、『剣王』との距離を潰す。
「流派・天心『月名落下』」
剣がブレて見えるほどの速度で、落ちてくる。
オレは正面からそれを受け切る。
繋がるように、胸ぐらを掴みにいく。
「フンッ!」
だが、奴は掴みかかるオレの腕を掴みやがった。
「流派・水流『流麗』」
刹那視界が逆さになる。天地がひっくり返ったのだ。
掴みかかった力を逆に利用された。
このまま地面に転がる、なんてことは無い。
二度同じ手は喰らうはずがない。
初見は無理だが、二度目は無い!
剣を持たぬ左手で『拳法家』のルーンを発動。
ノーモーションで渾身の打突を放った。
予想外、『剣王』の右頬で鈍い音が響く。
口端から血を垂らしながら『剣王』タケル・タティスは後退。
「お前に見せてやるよ。努力が才能を凌駕し、やがて、努力するということが才能になることを」
「……ガキが。半端者の異端児が。貴様ごときが、この私と対面していることすら無礼というのが分からないか!」
刹那、『剣王』タケル・タティスの雰囲気が変わった。
それは先程までこちらが纏っていたもの。
ワナワナと手を震わせ、血管が浮き出る。
「いい加減にしろ、下賎な輩が。理不尽な世界に喘ぎ、苦しみ、死ぬがいい……」
目を真っ赤に血走らせ、剣を水平に構えた『剣王』と向き合う。
どちらが間違っているか、それは語り合うまでもない。
それが出来ないから、戦って優劣をつける。
どこの世界でも変わらない。
数十分後、オレか『剣王』か、はたまたほか二人の遺体か。
両陣営どちらかの人間が死なない限り、終わらないだろう。




