第二十二話 武兵館
時折背後に視線を送り、ピサロの身を案じるていたが曲がり角を言ったためにそれも出来なくなってしまった。
オレが最後に見たのは黒の瘴気が、『剣神』を包んでいたこと。
恐らくはピサロが放ったものだが、無事かどうか不明だ。
何せ相手はあの『剣神』だ。
カリスティア王国に名高い『剣神』。
ルメアの憧れであった人物で、彼が言うには世界に数人しかいない『ゴッド』クラスの人物。
つまりは、生物の領域を大きく逸脱した化け物ということ。
「兄上、良かったんですか?」
「悔しいが、今のオレは『剣神』の足元にも及ばない。唯一対抗出来るピサロを向けるのが最上の手だった」
今は無理だ。
だが、いつかは必ずあの『剣神』も超えていかねばならない。
全ては頂へと至り、この実力主義世界を変えるため──、
「……」
置いてきたピサロを心配するオレとライトとは異なり、ラナは別のことで目を細めていた。
※※※
武兵館とは名の通りで、兵士ら専用に作られた館であった。
だが、ここの造りは先程の宮と異なりややお粗末な感じだ。
レッドカーペットもなく、白色の壁はたまに亀裂が入っている場所もある。
「……ッ! 止まれ」
館内を走っていたところ、手を前に出し他二人を静止させる。
壁からチラリと顔を出せば、ぶつくさと鎧を纏う兵士と思しき人物たちが。
「こんな時間に起こすなよ……」
「ねみぃ……」
「侵入者が出た、らしい」
眠気がまだ残っているのか、フラフラとしながら鎧を身につけていく。
きっと彼らはまだ寝たいはず。
ともなれば、こちらにはその願いを叶える手段がある。
「ライト、あいつらいけるよな?」
「どれどれ……えぇはい。あれくらいなら」
ライトはオレと場所を代わり、指を器用に動かしながら何かを念じる。
すると、バタバタと音を立てその場に倒れる兵士ら。
近づいて恐る恐る確認してみれば、全員が大きないびきをかいて寝ていた。
「『操心家』のルーン所持者というのは伊達じゃないな」
ライトは『操心家』のルーンを持っている。
相手の気持ちを反映させる際には強い力を発揮する。
ともかく、この手段が通用するならばしばらくはこの力に頼ることになりそうだ。
「……」
「どうした? このやり方は不満か?」
少し離れた場所からこのやり口を見ていたラナは、何かを考え込むような眼差しを向けていた。
「違う」
「なんか、王宮に入ってから変じゃないか?」
「気のせい」
「……一言以外でなんとか」
「無理」
加えてこれ以上踏み込まないでくれる? と言いたげにこちらを見つめている。
ラナにとってプライベートゾーンに入りかけているらしい。
「先を行くぞ」
「待って」
「どうしたんだ」
「……こんなこと言うの嫌なんだけど。気をつけて」
「お、おう……」
彼女らしからなぬ、いつもの投げかけに思わず心拍数が上がる。
ラナも顔を背け、少し頬を赤くしている。なんだこれ、ラブかよ。
そう思えたのも一瞬で、彼女は数秒後にはいつも通りの調子に戻っておりジッと見惚れていたところ「変態」って言われた。
仲良くなれ……そう、なのか?
「兄上、武兵館には恐らく兵士全員分の部屋が用意されています」
「なわけない、って言いたいけどそうっぽいな」
ライトの意見にオレも同意する。
歩いている中で、異常とも言えるほどの部屋数があった。
気になって室内を見てみれば、二段ベットが二つ、風呂、トイレがあるだけだった。
つまりは四人部屋なんだが、四人で使うスペースではない。
「兄上、あそこを!」
「あれは、練兵場か」
部屋を出て、通路の窓を眺めてみれば大きな広場のようなものが。
そこには幾つもの武器が立てかけられている。加えて長台の上には魔法陣のようなものが見受けられる。
「武兵館、もしかしたら武器庫があるかもしれないな」
「どうしてそんなことを? ここにはないと兄上の父様が──」
「正直イメージでしか無い。武器庫は武兵館に隣接する準堂館にある。規模は『端末』で確認した限り、ここよりも小さい」
普通物を隠す時、人間というのは他人にバレることがないように幾つもの保険を掛ける。
その内の一つとして、隠し場所を広くするというものがある。
「ではまさか、この武兵館を片っ端から探していくと?」
「今からじゃないよ。準堂館にある武器庫を漁り、無かった場合はこの武兵館を漁る。もしかしたら地図には載っていない場所があるかもしれない」
ともかく今すべきことというのは、先を急ぐこと。
ピサロが『剣神』という最も厄介な人物を足止めしてくれている間に『聖剣』をこの手に──。
オレたちは白の床上を走った。
走っている中で、パチっという音が鳴ったことに誰も気が付かなかった。
※※※
「ねぇ」
静寂を破ったのはラナの一言。
まさか、口を開くとは思ってもいなかったライトとオレは振り返る。
そこには、いつも見せる能面のような顔ではなく、細い眉を顰め、怪訝さを美顔にのせたラナがいた。
「どうかしたんですか?」
「おかしいと思わない?」
質問を質問で返すその対応にオレは少し笑みがこぼれた。
だが、笑い事ではない。
三人とも気がついているのだ。
それでもライトが訊ね、オレが口角を上げたのは異変が起きているという現実から目を背けるためだ。
「今、思い出したことがあるの」
「この王宮はいくつも罠があるのを知ってるわよね」
「そうだね。僕は一度君から注意を受けたから」
王宮に入ってすぐのこと、ラナは絨毯を踏むなとライトへ言った。
何故ならそこには罠があるから。
絨毯を踏めば罠があるって聞いたことがないが、試す勇気も無かった。
「それはここも同じ」
「武兵館にも対策がある、と」
「だけど、罠は一つだけ。そのたった一つは他と比肩しても桁違いの効力がある」
「……今、オレたちはそれにハマってると」
そう、オレたちは最悪なことにその罠にハマった可能性がある。
疑いを持ったのは数十分前、練兵場を見た後に走ってから。
あれからずっと走っていたというのに、窓を見れば同じ練兵場があり続ける。
考えれば同じ練兵場が続いている、とも言えるのだが壁の亀裂、部屋番号なども一切変化していないとなればその考えは吹き飛ぶ。
「無限ループか……」
最悪な罠に汗が頬を伝った。
もちろん、オレたちは罠を発動しているであろうブツを探した。
魔法にばかり意識が取られることを想定し、魔法道具を使っている場合を考え、地面をよく探した。
だが、何も見つからなかった。
魔法の発動、次にそれを疑ったが目に見えないモノを探すことは不可能だった。
ならば、後に戻ってみようかそう思って歩いてみれば逆側に戻ってくる。
オレたちは進退極まったのだ。
「ここ、本当に王宮か?」
オレはふと気になったことを口にする。
その言葉に二人は頭を抱える。
思えばいくつもの不自然が重なっていた。
まず挙げるなら外せない絨毯の罠。
これはオレたちが王宮に入って初めての罠だった。
ラナのお陰で回避は出来たものの、発動すればどうなっていたことか。
その他にも、
特定の壁に触れたら発動。
特定の屋根を見れば発動。
特定の単語を話せば発動。
特定の床を踏み抜けば発動。
松明を触れば発動。
ドアノブを捻じれば発動。
ノック回数を間違えれば発動。
不規則なステップを見せれば発動。
これらの中には身をもって経験したものまである。
まぁ概ねオレがかかり、ピサロが守ってくれたが……。
ここは王宮ではなく、もはや罠を張り巡らせた何かに近い。
だとしたらまたしても父に嵌められたことになる。
「その可能性は低いでしょう」
「……『剣神』か?」
「はい。あれまで再現するのは不可能だと思います」
理由は一言で済む。
あれは化け物だ。
再現するとなれば相当の技量が必要となる。
「……脱出の手立てを考えよう」
手痛いことに、オレたちは足止めを食らうことになった。
考えてしまう。
もし、もしもだが『剣神』のような怪物が無限ループにハマったらどう対処するか──。
「最悪ね」
ラナがぽつりと呟く。
オレは訳を聞く。
「この罠にハマった人物は誰一人生還したことがないって言われていたのよ」
「だとしたらどうして遺体がない」
「制限時間があるからよ」
「まさか、その時間内に脱出できなければ死ぬとか?」
「そう。しかも遺体は食われるわよ」
「は……?」
遺体が食われるって何だよ。
まさか、この元凶は魔物か何か?
キョロキョロと周囲を観察するが何もいない。
悟ったようにラナが淡々と言葉を紡ぐ。
「ちなみに魔物じゃないわよ。よく分からない何かが、食い散らかすのよ」
「よく分からないって、何だよ」
「さぁなんでしょうね」
異様に落ち着いてるな。
もしや自分だけ助かる術があるのだろうか。
それは無いな。
彼女は共倒れはごめんと言っていた。
その可能性はないだろう。
「終わりね。あんたの意志も叶えられずにここで終わる」
「なわけないだろ。オレは人生で嘘をついたことがない。ここから一人でも何とかしてやる」
「そう」
ラナはつれない様子で視線を逸らした。
そう、一人でも。
一人でもなんとかしてやる……!
「生きてたんですね。こちらとしてはてっきり死んだと思ったんですが……まぁ紳士といのが裏目に出たんですかね。まとめて始末を、そうしておけば良かったとは後悔しませんよ」
自らを紳士と豪語する謎の男が、オレたちのことを監視しているとは知らず……。




