第二十一話 その者は剣神
ドアノブに手を掛けたオレは勢いをつけて開けようとしていた。
だが、それは背中越しに聞こえてくる声によって静止せざるを得なくなる。
「何をしているんですか兄上」
「そこは目的地ではありませんよ」
先程までオレへの忠誠心などで競い合っていた二人が各々意見を投げかける。
その声を聞きハッとしたのか、無意識に二人に向き直る。
「そんなところに用などは……え?」
「おやぁ、これはまた大胆な」
ライトとピサロが各々壁に掛けれている部屋の名札を見て驚愕した。
ラナはそれを遠巻きに無言を貫いている。
『王の間』と大々的に書かれたそこへ、憤怒の形相を併せながら入れば何をするか目に見るよりも明らかだろう。
「なぜそこに?」
ライトが「目的と違うじゃん」と言いたいのをグッと堪え、質問を投げる。
説明をと思ったが、ピサロは何か察したのかうんうんと首を縦に振っている。
「殿下、今はおやめを。いずれ目にものを見せてやると仰っていましたが、今はそのいずれ、ではございません」
「そうです。王を殺し、地位向上を狙う気持ちは分かりますが今ではないですよ兄上」
轡を並べて反論する二人に対してオレは意見をぶつけようとした。だが、ラナの一言で二人は目を丸くすることになる。
「いいんじゃない?」
「なっ……貴方はどういう意味かわかって口にして──」
「殺したいなら殺せばいいじゃない」
「だから、それは」
「それで恨みを買って死んでくれるなら本望よ。直接手は下せないけれど、アタシが生きて、あんたが死ぬなら目的は達成されたも同然」
ラナの意見理由に関しては十分に承知出来た。彼女はあくまでも死ぬなら、という条件付きで王を殺せば良いと口にているようだ。
あくまでもオレの死が条件ということに、どこまでもオレに対して恨みがあるというのが理解できる。
「ちょっとお待ちを。今の言葉、納得できませんね」
そんな彼女の意見に対して異議を唱えたのはムミョンではなく、まさかのピサロ。
彼は徐々に殺気を溢れさせ、彼女へとぶつけた。
ラナの方はその強烈な気に後退りする様子も見せることはない。
下がらないのは彼女の中にあるオレへの強い殺意だろう。
彼女はスっと目を細め、自身の体格よりも二回り大きいピサロと正面から向かい合う。
「なに?」
「ワタクシは自分のことは何を言われても構わないのですが、殿下のことは解せないのです」
「そう。アタシとは反りが合わないわね」
「今すぐ前言撤回をしてくれませんかね。ワタクシは無軌道に暴力を振るいたくはありません」
瞬間、より強い殺気が溢れ、周囲に緊張が張り詰める。
自らに当てられているわけでもないのに、ライトは狼狽し冷や汗をかき始めた。
少なくとも以前オレが対峙した『拳法家』とやらよりも、雰囲気で言えば数倍も強そうだ。
それでもラナは撤回しない。
一瞬の戸惑いをその艶やかな顔に見せたものの、下がるどころかむしろ一歩前に踏みでたのだ。
「謝罪を」
「やだ」
ラナが否定した直後、またしてもピサロの殺気が圧を増した。
一体どれだけの力を秘めているのか分からない。
機嫌を損ねる度に、ピサロの雰囲気は近寄り難いものへと変貌していく。
空気感に気取られただけなんだが、恐らく、オレといい勝負──いや、今のオレより強いだろう。
クラスで言えば上から二つ目の『マスター』クラスになるだろうか。
「ピサロ、やめるんだ」
「殿下、しかしこれは」
「それは容認していること。彼女が常日頃よりオレの死を願っていることは百も承知だ」
「かような危険人物をどうして配下などに? 何か弱みでも握られているのですか?」
「ピサロ」
ピサロには勝らないが出来る限りの圧力をみ掛ける。
彼なら容易にはじき返すことが出来る程度のものだが、ピサロは正面からそれを受け、殺気を中へと収めていく。
「今後、明記しておくが配下同士でいがみ合うことを禁止する。それが嫌なら立ち去ると良い」
無論そんなことを誰もしないことは計算済みだ。
ピサロはオレへの絶対的な忠誠心がある。自らの命よりも主を優先すると断言した者だ。魔族であるという部分による疑念は晴れないが、裏切るとは考えられない。
ラナに関しては、帰る場所が無い。家をオレに燃やされ、唯一の依代が失われた今頼れる人間はオレしかいない。
貧民街は自分が明日生き残るだけでも精一杯な場所。市井のように助け合うなどもってのほかだ。
「殿下すみません」
「……」
ラナは紅色の唇を尖らせたままツンとし、またしてもピサロがムッとしたが先の言葉を直ぐに思い出し視線を向けることをやめた。
二人の相性は最悪だ。
今後、配下が増えていくだろうに、三人でこれでは先が思いやられる。
「はぁ……」
自然とため息が漏れた。
これには二つ理由がある。
一つは、先程述べたように配下同士のわだかまりを考えたことについて。
今後も配下を増やしていくつもりだ。
数は多ければ多いほど良いし、やがては国を運営する規模まで行くかもしれない。
統率力を磨く必要があるという予定外のことにため息をこぼした。
二つ目、オレたちは今禁忌を犯した。
厳密に言えばオレとピサロ。
最も九割方の原因はピサロにあると言って良い。
父に言いつけられた約束事項を破ってしまった。
『面倒極まりない男が来る故、絶対にやってはいけない』と。
その男が来れば最悪、全員が生きて帰られないとのこと。
ピサロは上位クラスの者しか放てない殺気を放ってしまった。
近距離であれば、それに当てられた拍子に足が竦むだろうが遠距離であればどうか。
普通の人間であれば、特に問題は無い。
そう、普通の人間であれば──、
「王宮に侵入するとは大胆不敵極まりない。加えて、魔族が入るなどあってはならないこと。だが、僕の監視不足とも言えるね」
暗闇であってもよく目立つ海を投影したような青の髪と、特徴的な赤の三白眼。
ピサロ、もとい魔族という情報まで嗅ぎ分けるほどの卓越ぶりを持っている。
腰に帯びた七星があてがわれた剣。
その柄に手をかけるということは彼を持ってしても手に余るかもしれないということだ。
「『剣神』アレクサンダー・ヴァール・ジークハルトをご存知ではないか」
「『剣神』……あれ、名前が違いますね。殿下、彼が当代のこの王国の剣客ですか?」
ピサロは首を傾げる。
当代と口にした彼の様子から、先代、もしくは先々代の『剣神』を知っているかもしれない。
無論オレは知らないが……。
「この気配──大魔族に類するものだ。まさか貴殿は、『マオウ』から飛び出してきた魔王直下の大将軍、『五虎大魔将軍』では?」
「なんの事だかさっぱり。殿下ご存知ですか?」
「わざわざオレに話題を振るなよ。知るはずもないだろ」
「おや、君は──」
『剣神』がオレへと視線を動かした刹那、ピサロは音もなく踏み込んだ。
意表をつかれたこともあるが、ピサロの速度は人の領域を逸脱している。
普通ならば死を覚悟するが、相手も人の領域を踏み外している。
脳天をかち割らんとする一撃を腕で止めたのだ。
「おぉ、ワタクシが知る『剣神』とは違う。以前はこれで膝をついていたのですが」
「生憎と僕は君の知るその人ではない。その色はまさか、そこで見ているのはムミョンだろう」
「……ッ」
突如呼ばれた自分の名前に驚きながらも、オレは呼応する。
「そうだ、ムミョンだ!」
「また会えるとは言ったもののこんな所でとは。今すぐに立ち去るんだ。ここは子供の入って良い場所ではない」
「拒否する! オレはここに探し物をしに来たんだ」
「探し物、それは──」
こちらに意識をやるアレクサンダーに対して、ピサロは追撃を放つ。
空いた左手で空を切裂く一閃。
『剣神』の黒の剣士服に薄っらと赤が浮かんだ。そして、互いに距離を置く。
「コラコラ、ワタクシの許しなしに殿下と話してはダメですよ。殿下! ワタクシをここに置いて目的を果たしてください!」
「だが、相手は」
「構いません! あの時と同じように捨てていってください!」
置いていくのは死を意味するが、やむを得ない。
現状『剣神』という怪物を相手に出来るのはピサロ以外にいない。
オレは奥歯を噛み締めながらも先へと行く、のだが、
「悪いが、そうはさせられない」
疾風迅雷を体現するかのような早業に下腹部が氷気に当てられたように冷える。
『剣神』の手刀が当たる直前、ピサロが割って入る。
人間の肉体とは思えないほどの轟音が宮いっぱいに響いた。
「ご安心を。殿下に凶刃が届くことは決して有り得ませんので」
かくも頼もしい言葉と行動を見せたピサロに胸が熱くなる。
そんな配下を今後とも、傍に置いておきたい。いや、配下ではなく、友として。
「死ぬなよ!」
咄嗟に出た言葉をその場に置き、オレ達は王宮の内部、武兵館と呼ばれる場所目指して走り出す。
「子供とはいえ、僕の忠告を無視した以上は賊としなければならない。だが、今なら間に合う。どうかお願いだ。大将軍、僕を行かせてくれないか」
「おや、これまた奇妙な。ワタクシの知る『剣神』はそのような逃げ腰ではありませんでした。血気盛んで勇猛果敢。それが『剣神』では?」
その言葉にアレクサンダーの顔が歪む。
「……確かにその通りだ。だが、僕は過ちを犯してこの座についた。そのために、貴殿の知っているような猛将ではない。しかし、それでも務めは果たさなければいけない。
『剣神』のルーン所持者、アレクサンダー・ヴァール・ジークハルト」
「懐かしい……では、ルーンを奪い合うというこで宜しいのですね?
『■■■』のルーン所持者、魔族ピサロ・ロイヤッティル」
「なっ……そのルーンは!」
『剣神』の怯んだ隙をついて、魔族の男は自身の大きな右角に触れた。
刹那、黒曜石の如き黒い煙が『剣神』とピサロの両方を周囲を包んだ。




