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第十九話 庭園前での出来事

「そういえばだ。お主に伝えそびれていたことがあった」


 王宮を目前にした父が突然切り出す。

 この後に及んで伝えていないこととはなんなのだろうか。

 

「努力一割、才能九割。この言葉を忘れるな」

「よくわかりませんが、ともかく胸には留めておきます」


 おそらくはこの世界の実力を努力と才能という二つの指標をわけた場合の割合ということだろう。


 努力が一割というのは実力として求められるものか、はたまた武人として完成している人間の内情か。

 どちらにせよ、この世界は才能の世界らしい。

 努力などでは頂へとは上り詰めることが出来ない、そう伝えたいのだろう。


「私はこの先より別の通路を辿る」


 凱旋門の下を通ることなく過ぎたオレたちは、二手に別れる。

 王宮を取り囲む大きな壁。

 鉄壁とも言えるであろうその強固さは一目見れば理解できる。


 だが、致命的な弱点があると、父より事前に教わった。


「約束を忘れてないですよね」

「無論だ。帰った時には、だろう」

「はい」


 念の為とオレは釘を刺しておく。

 わかっていると返事をくれた父は己の目的を達成せんと、歩いて行った。


「ありがとうございましたー」


 大きく手を振るライトの声が聞こえたのだろう。

 父も小さく手を振って答えた。

 さて、と我々も視線を切り替える。

 

「壁の弱点、というよりも仕組みを悪用する手立てだな」


 そっと手を壁の一部分に当てれば古風な回転隠し扉が出現。

 これは王宮に有事が発生した時の保険らしい。

 実際に数百年前に使われたことがあるらしく、多くの人がこれのお陰で命を拾ったとか。


「わぁ」

「ここが王宮の内部か。贅沢な匂いがプンプンするな」


 回転扉を潜って中へと侵入。

 真っ先に香ったのは花の香り。

 それだけでなく、花の香りに紛れ、高級品特有の匂いが鼻腔を刺激した。


「ライト。浮かれてる場合じゃない。ここからは戦場にいるのと同じだ。気を引き締めろ」

「戦場……」


 不安そうな声色でオレの言葉を準える。

 ライトは本戦を経験したことがない。

 それゆえ、怖気付くのも無理はない。

 ライトがビクついてもしかしたら、なんてことがあるかもしれないというのを考える必要がある。


「懐かしい」

「惚けてる場合じゃないぞ。王族たちは寝ているかもしれないが、兵士は起きているかもしれない」

「うるさい」

「もう少し可愛げというものを──」

「いらない」


 こっちはこっちで色々と面倒がありそうだ。

 ラナは故郷を懐かしむような眼差しで周囲を見つめていた。

 おそらく彼女の出自に関することだろう。

 やはり彼女は貧民などではなく……。


「いや、今はいいか。ともかくここからは気を引き締めろ。不用意な戦いは避けるぞ」


 配下二人の心構えについて今一度引き締めを利かせたところで、オレは端末を取り出す。

 これは決してスマートフォンなどという電子機器ではない。

 

 『チェッカー』という魔法道具だ。

 使い方として、人物の名前や持っているルーン。出自や現在のランクなどを確認できる。

 それが基本の使い方なのだが、父はこの道具に細工をしてくれた。


 マップ機能を搭載してくれたのだ。

 加えて、半径十メートル内の生物について分かるようにもしてある。

 要注意人物は赤く点滅し、危機が迫っていることを確認できる。


 このような細工ができる父の素性がますます気になるところだが、それは帰ってからのお楽しみということで。


「不用意な戦闘はやらないと言ってましたが、一人殺る相手がいるんですよね?」

「その通り。見つけたら必ず倒す人間がここにはいる」

「アタシやらないから」

「何を、兄上がやると決めたのなら」

「ライト。彼女のことについてはオレがお願いした。だから、何も言わないでくれ」


 非協力的なラナに対して不服なライトを戒めつつオレたちは歩みを進める。

 手にはたん──『チェッカー』を持ち、時折画面を確認する。


 ここからは父に代わり、オレが先導していく。

 二人は特に言うことなくオレの後に続く。

 庭園を抜け、いよいよ宮に入ろうとした時、ラナが待ったをかけた。


「こっち」

「何を言ってるんですか。兄上の父様はこちらに行くようにと言っていたのを忘れたんですか?」

「待つんだライト。ラナ、言葉が足りない。説明をして欲しい」


 水晶の瞳をこちらに向けるラナはすっと綺麗なまつ毛でその瞳を隠す。

 しばしの間、瞳を閉じた彼女はゆっくりと瞼を上げた。


「そっちは護衛の数が少ないけど遠回り」


 オレたちが進もうとしていたルートを指さす。


「こっちは護衛の数も少ないし、目的地にも近い」


 今度は自分が進もうと提案した方向を指さした。

 ライトは眉をひそめる。

 当然だろう。

 なぜそんなことを知っているのか。

 貧民で、一度も王宮に立ち入ったことのない彼女がどうしてそんなことを。


「ラナ。ひとついいか」

「やだ」

「どうして、そんなことを知っているんですか? 立ち入ったことはあるんですか?」

「ない。でも、何となくアタシの本能がこっちが良いって言ってる」


 曖昧な説得力に欠けている言葉にますます疑惑が深まる。

 いや、待て。サラリとオレが流されたんだが……。まぁ嫌われてるしな。


「兄上どうしますか?」


 ライトに意見を求められたオレはすぐさま脳内で考える。

 正直言ってこの意見は信用できない。

 理由は二つ。

 これまで通路を先導してきた父ならば説得力がある。

 知見があり、理由がハッキリしていた。

 理由はどうあれ、貧民街の外について詳しい人であった。

 これが一つ目。


 ラナは王宮に、ましてや貧民街の外に出たことがない。

 理由も不透明で、従うには危険が伴う。

 加えて彼女はオレを殺すと宣告した。

 最後と言ったが、気が変化し今この場で始末するという展開も考えられる。

 これが二つ目だ。


「正直信用出来ない──」


 オレがそう言うと、彼女が珍しくムスッとした顔に変化した。

 それは瞬き一つの間でありライトは気がついていなかった。

 オレは見逃すはずがない。

 主として配下の顔色から心を推察するのは当然。


「と思っていたが、行こう」

「え? 何故ですか兄上!」

「もしも、オレと彼女が本日出会って、行動しているのなら行かない。

 しかし、顔を知っているというのなら年を跨ぐ。顔色から推測はできる」

「気持ち悪い」

「……。そして、完全な憶測に過ぎないが。君はかつて、王宮にいた人間ではないか、オレはそう思っている」


 誤魔化す必要はない。

 本心を話す以外にライトを説得する方法が思いつかなかった。

 彼は青紫の瞳をパチパチとさせる。

 

「どういうことですか? 彼女の顔色、そして王宮にいたことがある? 僕には到底理解ができません」


 出来ないで当然なのだ。

 ライトは彼女の顔をじっくりと見たことがない。

 端正な顔立ちで見るものを魅了するというのは分かっているだろうが、それだけだ。


 オレは先程述べたように、顔だけなら数年前から知っている。

 ずっと会っていた訳では無いが、彼女が時折見せる表情の変化は全て見ていたつもりだ。

 加えて時折、ボソッと呟く独り言。

 これらのことを元に結果を出した。

 それが、先程のことだ。


「ともかく、オレはラナに賭けてみようと思う」


 賭け。そう、賭けだ。

 彼女があの場でオレを殺そうとしているならそれまでだ。

 だが、オレはそんな彼女の思惑を覆せるとも思っている。

 ルメアと死別したあの時からより一層成り上がりに強い執念を抱いた。

 故にあの時よりもレベルアップしている。

 それだけでは無い。

 アビリティを使いこなし、思考回転力も向上。以前とは違うのだ。


「……兄上がいくなら僕はついて行きます。ですが、もしもの時は彼女を」

「殿下ぁ!!」


 ライトの言葉を遮り、規格外の大きさの声が響いた。

 全員の体が跳ね上がり、すぐさま屈む。

 だが、無意味だった。


「殿下!! こちらにおいでだったんですねぇ!」


 額に歪な角を二本生やし、黒の戦闘服を纏っていた魔族と思しき人物が、こちらに迫ってきていた──。


 

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