第十八話 内部潜入
ヒューっと冷たい風がオレたちの頬を撫でた。
数年前、ルメアと足を踏み入れて以来、全く訪れていなかった一般階級層が住まう場所。
貧民街の香りとは打って代わり、人間の生活臭がする。
空を見上げれば、曇天であった空とは一転し星が散りばめられている。
清廉な石畳が敷き詰められ、あの時のような賑やかさは夜の静けさに変わり、人っ子一人見えなかった。
「月光が当たる場所はなるべく通るな。影を踏め」
「おーなるほどです。影踏みですね!」
「そうだ」
父が先頭を行く。
その後にライト、オレ、ラナの順番で通路を行く。
宵闇の街といえども何があるのか全く不明。
兵士が見回りをしている可能性もあるし、普通に出歩いている者もいるかもしれない。
建物の影を上手く使いながら、オレたちは都市の中心部にある王宮を目指す。
中でもライトは市井に興味を持ったようで、赤子のように紫色の双眸を見開いている。
現在は坂を登っている。
普通なら疲れるところ、ライトは興味というバフによって疲れを感じていないのか感嘆の声を漏らしながら父の後に続く。
「何やってんだ。早く来い」
「わかってる」
一方で足を止めていたのはラナ。
彼女は街の景色を懐かしむような表情で、悦に浸っていた。
彼女についても謎が多い。
何せ、髪の手入れをしているかのように長髪は艶やかで、肌のキメが整っている。
服装はボロ布ではなく、町民服を着せ「一般市民です」と言われてもオレはきっと疑うことなく信じるだろう。
「主に迷惑かけるな」
「悪かったわね」
少しの冗談と共に言ったはずなのだが、彼女はすんなりと受け入れ謝罪一つ。
「む」
ため息をついていると父が足を止めた。
正面をジッと見据え続けたまま直立していたため、すぐ後ろを歩いていたライトはその背中に顔をぶつけた。
「ぐはっ、な、なんでしゅか」
ライトも同じくその先を眺めるがなんともない。
坂道の続きがあるだけだ。
オレにもそう見える。
よもや父にだけ何かが見えているのだろうか。
ならば見たい。
その何かとやらが何なのか特定したい。
ジッと目を細めて確認するが、やはり何ともない。
洋風建築特有の住宅街が続くのみ。
「曲がるぞ」
「え? しかし、こっちの方が近道では?」
「『貧民除け』がある。あそこを通れば大鈴が鳴るぞ」
「は、はぁ」
どんだけ嫌われてるんだ。
『貧民除け』って、オレたち虫じゃねぇからなぁ!
して、オレたちは建物どうしの僅かな隙間を通ることにした。
流石は平民街、オレたちの住処と違い狭い場所でも管理が行き届いている。
ネズミなんていないし、ゴミも散らばってない。
だが、新聞だけは落ちており、何気なく拾ったら『順位制度改導入決定』と書かれていた。
歩き読みをしていたら今度はオレがライトにぶつかった。
顔を上げれば二人の横顔は真面目になっていた。
「そこで、先代は刃を一閃! 『聖剣』を用いて悪辣なる魔族を切り伏せた!」
「……ッ!」
物陰から見てみれば木箱に足を乗せた詩人のような容姿をした男が大広間にて何かをしている。
身振り手振り、とにかく大きく振る舞い足元には帽子を逆さにしている。
その前には幾人かの大人子供が立ち止まり話を聞いている。
「勇者様は魔王と相見え、両者の緊張が高まった瞬間! 雌雄は決した。勇者の退魔の剣が白光で場を制し、魔王を跡形もなく消し炭にしたのだ」
「『吟遊詩人』のルーン持ちだ。気をつけよ。しばしの音も立てるな」
先導する父は警告を後ろへと促し抜き足差し足と影を踏む。
後ろにいたオレたちも続く。
「その後、勇者は王国にて凱旋した。だがその後の行方は誰にも分からない。
かの勇者と生を共にした『聖剣』はこの世界のどこかに、否、この国にある!」
「──ッ!」
ガタッ
オレは詩人の口から語られる内容に心臓が跳ね上がり近くにあった箱を蹴ってしまった。
「おや?」
詩人がこちらに視線を向ける。
だが、広場に集まる人間は誰もこちらを見ていない。
耳が悪いのか、はたまた話に夢中なのか。
いや違う。
『吟遊詩人』の耳が異様に発達している、と分かったのは間もないことだった。
「息遣いが三つ。誰かいますか?」
僅かな吐息すらも耳にいれるその異様さ。
人の所業ではない。
ともなればルーンの力。
『吟遊詩人』の力のひとつに耳に関するアビリティがあるに違いない。
今バレてしまえば計画がパァになる。
こんな黒衣を纏い、のそりと行動するなんて怪しすぎる。
詩人が降り、こちらへ来ようとする。
「どこにいくのー!」
「続きはー?」
子供たちが彼に掴まり、詩の続行を求めた。
一人がそうすると子供はその波に乗るようにして、後に続く。
やがて、その場にいた子供全員が詩人の服を掴んだ。
「ちょ、ちょちょ! 分かりました! 話します話します!」
ラッキーだ。
この間にオレたちは通路を突き抜け、その場を通り過ぎていく。
「兄上、何してるんですか」
「いや、すまん」
「バカね」
「おい!」
ライトとラナからはブーイング。
父は愚か者」という声が聞こえてきそうな顔をしている。
だって仕方ないじゃん。
『聖剣』がこの国にあるって言われてるんだから。
「ともかく行くぞ。恐らくここからは単調だ」
父の謎の勘を信じてオレたちは通路を渡り歩いた。
時には右に、時には左にのらりくらりと。
『貧民除け』を躱し、オレたちが歩くこと三十分。
突如として雰囲気が一変。
あちこちに、双剣が交わるのを描かれた旗が掲げられる通路へとたどり着いた。
加えて、正面には大きな凱旋門。
門から放射状に伸びる異様な場所へとたどり着いた。
「この門を潜るな」
「何故ですか? 潜れば僕たちはどうなるんですか」
「死ぬぞ。第一にこの門を潜れるのはクラスがビギナーであること。第二に武功を立てたもの。第三に貧民でないこと。一つでも破れば中に閉じ込められ、焼死する」
なんだよその怖いシステム。
ビギナーということは下から二つ目か。
「兄上はクラスいくつですか?」
「オレは多分ユークリッドじゃないかな」
「違う。ランク外だ」
「ですが父さん、オレはユークリッドの『拳法家』を過去に倒しています」
「昇格試験を受けていないからだ。ルーンによるクラス分けならまだしも、存在そのものの昇格試験は受けていないだろう」
存在そのもの。
この世界には身分、ルーンのランキングがあり、そこから現在いる国内でのランキングと世界総合ランクがあるのだ、と父は言った。
実力が数値化された世界。
何でもかんでも測りやがって……。
「ともかくこの門の先が王宮だ。この先からは──『剣神』一派による警備がある。先のような音を出せばしぬぞ」
父は必要以上の圧力をオレたち、特にオレへと向けた。
『剣神』一派、ということは『剣王』もいるはず。
タケル・タティス。
ルメアを殺した不倶戴天の敵。
あいつだけは、絶対に、必ずこの手でぶち殺してやる。




