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幻想異聞録ムーンデーヴァ  作者: 天槻悠奈
二章 週末ブレイク!
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31話 満ちる月、蒼天に映える巨人

 ――同時刻。

 白猫が自爆特攻もかくやの一撃を叩き込んでいたその頃、月成は濁流のような人垣を逆走していた。

 大地を揺らす爆音は未だ収まらず、悲鳴と怒号は鳴り止まない。

 大人も子供も関係なく押し合い、散り散りに逃げる様はまさに蜘蛛の子を散らすという表現がよく似合っている。

 月成は白猫の元へ戻ろうとしていたが、中々先に進めず、二歩進んでは一歩押し戻されを繰り返していた。

 道を空けてもらおうにも、この恐慌状態ではいくら声を張り上げても掻き消されてしまう。

 このままでは埒が明かないと感じた月成は、一旦人通りの少なそうな細い路地に逃げ込んだ。


「大通りからだとダメだ……どこか、近道はないのかな……」


 壁にもたれかかり、乱れた呼吸を整えながら、最短ルートを計算する。

 しかし月成はこの辺りの地形をよく知らないし、無作為に進んで迷子になってしまっては意味がない。


「せめて誰か、土地勘のある人の案内があれば……」


 魔術の世界に足を踏み入れたばかりの月成が頼れる人間は少ない。

 ぱっと頭に浮かんだのは、やはり煌びやかな白金髪を持った彼だった。


「そうだ、鬼灯さんに道を訊けば……!」


 スマホを取り出すが、無情に表示される『圏外』の二文字に、月成はチベットスナギツネを思わせる遠い目で天を仰いだ。


「さっきまで繋がってたじゃん……なんで? 通信障害? それとも妨害電波…………ちがう、今優先すべきはスマホでも電波でもない!」


 どう行動すれば最短で彼女の元に辿り着けるか、その一点だけに集中して思考を巡らせる。

 まずは現状を整理する。

 大通りからだと時間がかかりすぎるので、脇道を通ってショートカットがしたいが、道が複雑すぎて分からない。

 スマホは圏外で、連絡は不可能……いや、まだひとつだけ手は残されている。


『いいかい、月成君。契約者と従魔は繋がっているんだよ』


 少女のようにも青年のようにも聞こえる中性的な声が頭に響く。

 それはいつかの講義の記憶だ。

 契約者と従魔は互いに魔力の回線が繋がっていて、言葉にしなくても強く想うだけで意思の疎通ができる。

 つまり、念話(テレパシー)だ。

 こんな単純なことを忘れるほど自分は焦っていたのだと気付き、月成は微かに動揺したが、今はそんなことを気にしている場合ではないと白猫に回線を繋げる。


(仔猫ちゃん! 聞こえる!? 仔猫ちゃん!)


 必死で呼びかけるが、応答はない。

 契約自体は繋がっているので、まだ生きてはいるはずだ。

 なら、念話(テレパシー)できない理由があるということ。

 やはり、さっきの爆発に巻き込まれた可能性が高い。

 頭から血の気が引いてゆくのを感じる。

 スマホで時刻を確認すると、喫茶店を出てからまだ十分程度しか経っていなかった。

 ほんの十分前まで談笑していた相手の安否が分からないのが、こうも不安になるものなのかと、月成は歯噛みする。


 ――それに、私はおまえと違って強いですから、生存確率も高いですよ。


「……危なかったらすぐ念話(テレパシー)しろって言ったのに……」


 そんなにも、自分は頼りないのだろうか。

 続けようとした言葉は、音にならなかった。

 わざわざ口に出さずとも、そんなことは月成自身が一番よく理解している。


「……でも、それは今すべきことじゃない」


 後悔も反省も、後でいくらでもできる。

 でも、彼女を探すのは今しかできない。

 どちらの優先順位が上かなんて、自明の理だ。

 彼女と連絡が取れない以上、月成に残された選択肢はひとつ。


(バーン君! バーン君、聞こえる!?)

(うわっ、なんだよ大将。ビビったじゃねーか!)


 バーンに回線を繋げると、上ずった声が返ってくる。


(説明は後。今すぐこっちに来れる?)

(あ? オレ様は大将の従魔サーヴァントなんだから、召喚されればすぐにでも……)

(わかった!)

(は!? おい待て大将、勝手に話を――……)


 月成は一方的に念話テレパシーを打ち切ると、魔眼を介して短縮召喚術式を構築する。

 座標指定先は自分。

 足元に生まれた黄金の光が、魔法陣を描いてゆく。


「ぐ……っ」


 勢い任せの強引な構築に、両目が燃えるように熱くなり、魔力回路が悲鳴を上げて軋む。

 だが、ここでやめるわけにはいかない。


(一度。たった一度でいい……!)


 一人では不可能だとしても、二人なら可能になるかもしれない。

 彼の感知能力が、必要なのだ。


召喚サモン――カリバーン・ブレイズ!」


 完成した魔法陣が、一際強い光を放ち始める。

 あまりの眩しさに視界が真っ白に染まる。

 驚いて一歩下がった瞬間、足がもつれて後ろ向きに倒れかけた月成の腕を誰かが掴んだ。


『ったく……無茶してんじゃねーよ、バカ大将』


 粗野な口調とは裏腹に、優しさに満ちた声。

 閉じていた目蓋をそっと持ち上げると、夏の蒼天よりも鮮やかな髪と瞳を持つ少年が月成を見下ろしていた。


「どちら様ですか?」

『いや声で分かれよ! オレ様だよ!』


 突如現れた見知らぬ少年にジト目を向けていた月成だったが、少年が『オレ様』と口にした瞬間、瞠目する。


「そのふざけた一人称は……! まさかバーン君……!?」

『失礼にもほどがあるだろ!? そっちが喚んだんだからな!?』

「……そうか、そういえば仔猫ちゃんと一緒に変化の練習するって言ってたな」

『無視かよ!』


 もう人型に化ける術を覚えたのか、と感心する一方で、髪や瞳の色彩を除けば自分と瓜二つな容姿をした相手と対面している事実に奇妙な感覚を覚えながらも、本題を進める。


「それよりバーン君、お願いがあるんだけど」

『……んだよ』

「仔猫ちゃんの現在位置の特定、及び最短到着ルートを計算してくれる?」

『あ? あー……了解』


 口を尖らせながらも律儀に返事をする彼の頭を撫でながら頼み込むと、バーンは大方の状況を察した様子で応じる。

 彼はそっと目蓋を閉じ、黙り込む。

 しばらくそうしていたかと思うと、眉毛がぴくりと跳ね、小さく唸り出した。


『んん? こいつは……んー……』

「どうしたの?」

『いや、位置は分かった。大将をそこまで連れていけば良いんだな?』

「うん……」


 質問に答えなかったことに一抹の違和感を覚えながらも頷くと、バーンが背中を向けてしゃがみ込む。


『んじゃ、来い』

「……………………はい?」


 自分でも呆れるほど気の抜けた返事をしてしまう。

 その場から動かない月成に痺れを切らしたのか、バーンが目線で急かしてくる。

 早く乗れ、と。


「マジで言ってる?」


 一応、月成にも羞恥心はある。

 この歳にもなって、しかも外見上は自分とさほど歳が変わらなさそうに見える相手に背負われるのは、抵抗がある。


「俺、まだ元気だし。五十メートル走も八秒台だし……!」

『大将の足じゃ五分はかかる。オレ様なら一分もかからないぞ』

「む……」


 甘い囁きに心が揺れ動く。

 白猫と自分のちっぽけな羞恥心のどちらを取るかと問われれば、当然白猫だ。

 渋々背中に乗れば、バーンは姿勢を低く構え、勢いをつけて塀の上に飛び乗った。


『大将はオレ様の脚力強化を頼んだ』

「うん……」


 居た堪れなさから顔を上げられない月成をよそに、バーンは塀を器用に伝って屋根やパイプに飛び移り、猫のようにしなやかに、道なき道を駆けてゆく。

 目まぐるしく過ぎ去る景色を目線だけで追っていた月成は、密かに感嘆する。


(なるほど、確かに俺じゃこんな道は通れない。けど……!)


 理解はできても、納得できていないのが本音だ。

 道中、誰ともすれ違わなかったのが唯一の救いだろう。

 あっという間に路地を抜け、辿り着いたのは、瓦礫がうず高く積まれた廃墟のような場所だった。

 唯一、倒壊せず形を留めているビルの屋上からは現在進行形で激しい戦闘音と、魔力の痕跡が感じられる。


「あそこに仔猫ちゃんがいるんだね?」

『ああ。ただ、瓦礫でビルの入口は塞がってるし、非常階段もぶっ壊れてる。これ以上はどうしようもない』

「そんな……」


 せっかくここまで辿り着けたのに、もう手詰まりなのだろうか。

 目頭がツンと熱くなり、視界が滲む。

 こぼれ落ちそうな涙を見られないよう、俯いていると、突如視界が暗くなる。

 日が暮れるにはまだ早い。

 それに、暗くなっているのは自分の周辺だけだ。


「……なにしとんねん、お前?」


 ほのかに懐かしい声が頭上から降ってくる。

 顔を上げれば、まるで昭和の特撮やSFアニメの世界から飛び出してきたかのようなロボットが上空から月成を見下ろしていた。

 そして、鈍色に輝く巨人の肩には見知った七三眼鏡が乗っている。


「……リオ?」

「おう、月成。久しぶりやな」


 およそ二ヶ月ぶりに再会した友人は、白い歯を見せながら、実に軽い調子で手を振ってくるのだった。

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