32話 鋼鉄の巨人は空を飛ぶ
ビルの二階ほどの高さがあるロボットの肩に、身長百八十前後の男子中学生が乗っているというツッコミ所しかない光景に、さしもの月成も動揺する。
「ほ……ほんとに、リオなの? てかそのロボット何?」
「他の誰に見えんねん。あとコイツは俺の相棒のIROAS-TYPE3や」
「い、いろあす……たいぷすりー……?」
呆れたように肩を竦める仕草に、彼と旧校舎で初めて言葉を交わした日にも同じ仕草をしていたと、月成は思い出す。
たったの二ヶ月しか経っていない上に、殆ど眠っていたことも踏まえると体感時間的には数週間程度だというのに、随分と昔の出来事のように感じている自分に気が付き、月成は本当に随分遠くまで来てしまったのだと実感する。
だが、思い出に耽るよりも早く疑問が込み上げてくる。
「そもそも、どうしてリオが龍神市に?」
「マジで気付いとらんかったんか。お前それでも魔術師か?」
「…………まさか」
「そのまさかや。俺もお前と同じ、魔術師やで」
月成が目を瞠っていると、リオは『まぁ』と前置きして眉を下げる。
「俺もこうして顔を合わせるまでお前が魔術師かどうか確証持てなかったけどな。魔力もショボいし」
「…………最後の一言は余計だよ」
「事実やろ。ロクに隠蔽魔術もできひんくせに」
「むぅ……」
ぴしゃりと両断され、月成が拗ねたように背中に顔をうずめると、バーンが居心地悪そうに身じろいだ。
『大将、くすぐってーんだけど。オレ様を挟んで会話すんなよ』
「だって……」
二人のやりとりを見て、リオが初めてバーンに視線を向ける。
「そういや月成、その兄ちゃんは誰や? 顔そっくりやけど、兄弟……いや、月成には弟しかおらんかったはず……親戚か?」
「え? えーと……」
首を捻って真剣に考え込むあたり、どうやらバーンが精霊であることには気付かれていないらしい。
しかし、精霊は希少な存在だと鬼灯は言っていなかっただろうか。
安易に正体を教えていいものかと迷う月成の代わりに、バーンが口を開いた。
「オレ様は……月成の再従兄の盤上聖だ。バーンって呼んでくれ」
事前にマニュアルを用意していたのではないかと疑いたくなるほど、澱みなく嘘を並べ立てるバーンに、月成は内心で舌を巻く。
「ほー、やっぱ親戚か。顔だけ見れば兄弟やって言われても納得するレベルやけど」
「……やっぱりそう思うよね?」
「ん? おう」
それどころではないからと流してはいたが、バーンの容姿はどう考えても月成をモチーフにしている。
髪や瞳の色を変えているとはいっても、今のように、月成を知る人が見れば一目で分かってしまうだろう。
顔が似ているからこそ、リオも再従兄という嘘をあっさり信じたのだろうが、無断でモデルにされた月成としては複雑な気分だ。
リオの手前、糾弾するわけにもいかないので、背中に乗ったまま抗議の視線を投げかける。
「さて月成、お前に聞きたいことは山ほどあんねんけど――……」
リオの言葉は、一際大きな爆発音に掻き消される。
弾幕の如く張り巡らされた炎弾が上空で爆ぜ、地上に火の粉が舞う。
バーンが咄嗟に上方向に向けてシールドを張った為、三人に降りかかることはなかったが、話を遮られたリオは短く舌打ちし、ビルの屋上を睨み上げた。
「……まずはあの、無鉄砲なニャン公を助けるのが先やな」
「え? 仔猫ちゃんと知り合いなの?」
「知り合いっちゅーか、一方的に助けられたっちゅーか……そんなことはええねん。俺はもう行くからな」
「う、うん……?」
『オイ待て、入口塞がってるし、非常階段も使えないのに、屋上までどうやって行くつもりだ?』
「忘れたか? 俺にはコイツがついとるんやぞ」
慌てるバーンとは裏腹に、リオは白い歯を見せてにかっと笑うと、手にしたタブレットを操作する。
するとロボットの瞳に光が灯り、背中のジェットパックが火を噴き始めた。
「ほな、またな」
イロアスの首にしっかりと両腕を回して捕まると、リオはさっさと屋上まで飛んで行ってしまった。
その雄姿を見送りながら、月成は神妙に呟く。
「そ、そうか……ロボットと言えば飛ぶものだよね……!」
『納得の仕方が雑! つーか俺達も乗せてけよ! オォイ!』
遥か高く飛んで行ったロボットに向かってキャンキャン喚き立てるバーンを尻目に、月成は一人物思いに耽っていた。
「……ロボットは飛ぶもの……か」
偶然にも、ヒントとなったのは今しがた自分の発した言葉。
ロボットは飛ぶものだ。
アニメや漫画で植え付けられただけの、理屈も根拠もない、けれど当たり前のイメージ。
――だからこそ、相性が良い。
「……そっか。俺も飛んじゃえばよかったんだ」
『は? 何を――……』
主の呟きに不穏な響きを感じ取ったバーンが振り向くと、ふよふよと、まるで水中を揺蕩うように空に浮かぶ月成の姿があった。
『は、はぁぁああああああああぁぁあああぁあああぁっ!? 何やってんだよ大将!? つーかどうなってんのそれ!? 飛行はプロの魔術師でも難しいっていうのに!?』
「え? だって、魔法少女って飛ぶものでしょ?」
『な…………』
あっけらかんと言い放った月成に、バーンは顎が外れるのではないかというほど大口を開けて固まる。
「俺魔術師だし、似たようなものかなって……思ったんだけど……」
『………………はぁぁぁあああああ……』
呆気に取られるバーンの反応に自信を失ったのか、段々と尻すぼみになる声。
バーンは暫く処理落ちしていたが、やがて再起動すると、特大の溜息を吐きながらしゃがみ込んだ。
『そうだった……うちの大将、天才と書いてバカと読むタイプだった……』
「どういう意味!?」
飛行するだけなら、魔術でも可能だ。
ただし緻密な魔力操作が必要とされ、修練を積んだ魔術師でも習得は難しいとされる。
それを、よりにもよって論理とは程遠い創造主がいとも容易く成し遂げたという重大な事実に気付いていないのは、皮肉にも本人だけだった。
「もう、ふざけてないで行くよ。後ろに乗って」
『いや、どこに乗れと』
月成は箒の代わりにアーキソードに跨ると、バーンにも乗るよう促してくる。
しかし、月成のアーキソード・ムーンデーヴァは謎の出っ張りやら穴やらが付いた複雑な形状なので、下手に座れば尻が大変なことになってしまうだろう。
「なら、ついでに形も変えようか」
指先で軽く突くと、まるで粘土のように柄の部分が伸び、更にはサドルが二つ生えてくる。
『……確かにアーキソードは変幻自在とは言うけどよ。これはもう剣とは呼ばねーだろ』
箒とも剣とも呼べない、捻れた棒と化したアーキソードに同情の眼差しを向けながら、バーンは背後に乗り込む。
「行くよ。しっかり捕まってて」
バーンが乗ったのを確認すると、月成は剣の柄をしかと握り締め、爪先で地面を軽く蹴った。
一瞬、重力が数倍に跳ね上がり、臓器が地面に引っ張られる感覚を覚える。
空気が不可視の圧力となって押し潰そうとしてくるが、月成は咄嗟に風の膜を張ることで空気抵抗を軽減する。
一定の高さまで飛び上がった後、空中で静止すると、リオが眼鏡の奥の瞳を見開いて月成達を凝視していた。
「な、なんや? その剣なのかバイクなのかよう分からん棒切れは……新手の魔導具か?」
『あ……ありのまま今起こったことを話すぜ! コイツは自分が魔法少女だと思い込んだ結果、飛べるようになったらしい。何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も何が起きたのか分からなかった!』
「なんて?」
バーンが混乱も露わに説明を試みるが、当然伝わるはずもなく、リオは頭の上にハテナマークを浮かべている。
「話は後! 仔猫ちゃ〜ん、助けにきたよ〜!」
手を振って呼びかけると、大きな穴がぽっかりと空いた見るも無惨な廃墟の上で、ボロボロの白猫が飛び上がった。
『月成!? なんで飛んでるんですか!?』
「俺、魔法少女だから」
『意味がわかりません!』
「姐さん姐さん、俺もいるからな?」
月成の背中から青い頭がひょっこりと顔を出すと、白猫は警戒するように一歩後ずさった。
『……おまえは誰ですか?』
「うん、そうなるよな! さっきも同じ反応されたわクソが! オレ様だよ!」
『そのアホ丸出しの声……! まさかバーンなんですか!? なんで月成と同じ顔に!?』
『シンプルな悪口!』
「……ぶふっ」
噴き出す気配に振り返ると、リオが俯いて肩を震わせていた。
完全に面白がっている。
『そこのお前はさっきの……! なんで月成と一緒に? というかそのロボットはなんなんですか!?』
「気持ちええくらい綺麗に反応してくれるなぁ」
自称魔法少女、突然人型で現れたバーン、そして昭和のアニメ風のロボットに乗った少年が一同に会する様は、まさに混沌。
混乱が臨界点を越えたのか、白猫は額に青筋を立てて叫んだ。
『えぇい、おまえ達! 情報量が多すぎます! ツッコミきれません!』
全身煤まみれになって薄汚れてはいるが、ツッコミを入れられるだけの元気はあるようだと確認した月成は、改めて白猫が向いていた方向を睨みつける。
怒涛の展開に困惑して毒気を抜かれていた男女二人組は、鋭い視線を受けて我に返った。
「……もう増援が来たか。ユノ、退くぞ」
「はぁ!? なんでですの!? もう少しだったのに……!」
「五対二は無理だ。そもそもゴーレムと戦えるだけの装備を持ってきていない」
「嫌よ! 成果もなく逃げ帰るなんて……!」
彼らの出方を伺っていた月成だったが、どうやら少年の方は冷静に帰還を促しているものの、女の方は金切り声を上げて拒んでいるらしい。
最早月成達そっちのけで、二人の喧嘩が始まりそうな勢いだった。
『よくわかんねーけど、仲間割れしてるならチャンスだ。今の内に捕縛を――……』
『――ユノ、ティル。即座に撤退しろ』
バーンが拘束魔術を展開しかけたその時、聞いた者の背筋を凍りつかせるような冷え冷えとした声が辺りに響き渡った。
耳を介して聞こえてくるというよりは、頭の中に直接響くような不思議な音。
恐らくは広範囲に向けた念話のようなものだと推測はできるが、それよりもどこか聞いた覚えがある声に、月成は眉をひそめる。
「今の声……」
リオも違和感を覚えたらしく、神妙な面持ちで目配せをしてくる。
彼も反応しているということは、やはり気のせいではないではないのだろう。
この、何処か冷たさを孕んだ男の声を、彼らはよく知っていた。




