八 変わってる
放課後。
「修二、早くしろ!」
「待てって」
「部活遅れるぞ!」
「まだチャイム鳴ったばっかだろ」
教科書を鞄にしまいながら答える。
健治はもう荷物を持って、教室の前で待っていた。
「入部したんだから、やる気出せよ」
「言われなくても行く」
「その割に遅い!」
「お前が早すぎんだよ」
健治を先に廊下へ追い出して、鞄を肩にかける。
階段へ向かう途中、少し先に見覚えのある姿があった。
朝比奈だった。
同じクラスらしい女子二人と話している。
何を話しているのかまでは聞こえない。
でも、一人が何か言うと、朝比奈が口元を押さえて笑った。
「千紘ー!」
健治が手を振る。
朝比奈がこっちを見る。
「あ、健治君。神崎君」
「部活行こうぜ!」
「うん。今行く」
隣にいた女子二人に小さく手を振って、朝比奈がこちらへ来る。
「友達?」
健治が聞く。
「うん。同じクラスの子」
「やったじゃん」
「やったって……」
「友達増えた!」
「もう」
朝比奈が困ったように笑う。
三人で部室へ向かった。
部室へ入ると、大輝先輩が健治を呼んだ。
「健治」
「はい!」
「この前言ってた店、ここ」
小さなメモを渡す。
「マジっすか!」
「初心者向けのも結構あるから、見てくれば?」
「ありがとうございます!」
健治が嬉しそうにメモを覗き込む。
「千紘ちゃん」
「はい」
今度は愛理沙先輩が朝比奈を呼んだ。
「これ食べる?」
小さな袋に入った菓子を差し出す。
「いいんですか?」
「もちろん。何味がいい?」
「えっと……これ」
「いちご?」
「はい」
「千紘ちゃんっぽい」
「え?」
「なんとなく」
「そ、そうですか?」
朝比奈が照れくさそうに笑った。
「愛理沙先輩も食べます?」
「くれるの?」
「半分こしましょう」
「する!」
二人で菓子を分けている。
それを見ていると、ふと思った。
「朝比奈、ほんと変わったな」
「え?」
朝比奈がこっちを見る。
「何が?」
「前よりよく笑うようになった」
「……そうかな」
「クラスでも友達できたみたいだし」
「うん……少しだけ」
「最初なんか、ずっと緊張してたもんな」
「それは……」
朝比奈が少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「俺のおかげじゃん!」
少し離れたところから健治が口を挟んだ。
「何で健治なんだよ」
「俺めちゃくちゃ話しかけただろ!」
「それは認める」
「だろ?」
朝比奈が声を立てて笑った。
その笑顔を見ながら、俺は続けた。
「まあ、ちょっと変わってるけど」
朝比奈の笑顔が消えた。
「……え?」
ほんの一瞬だった。
さっきまで笑っていた顔から、全部が抜け落ちる。
「朝比奈?」
「……ごめん」
「何が?」
「ごめんなさい」
「おい、どうした?」
「私……」
朝比奈が一歩下がる。
「千紘ちゃん?」
愛理沙先輩が声をかける。
けれど、朝比奈は首を横に振った。
そのまま部室を飛び出していく。
「朝比奈!」
何が起きたのか分からなかった。
「修二」
健治も呆然とドアを見ている。
「お前、何言った?」
「いや……」
変わってる。
それしか言っていない。
怒らせるような言い方をしたつもりもなかった。
「神崎」
和也先輩が立ち上がる。
「はい」
「追いかけてこい」
「……はい」
俺は部室を飛び出した。
廊下にはいなかった。
階段を下り、昇降口を抜ける。
「朝比奈!」
返事はない。
校門の方にも姿は見えなかった。
どこへ行った。
少し迷って、校舎の裏へ回る。
そこで、小さくうずくまる姿を見つけた。
「朝比奈」
肩が揺れた。
近づくと、朝比奈は慌てて顔を伏せる。
「……ごめん」
「また謝ってる」
「……」
泣いていた。
俺は少し離れたところで足を止める。
「さっきの」
「……うん」
「言い方悪かった。ごめん」
朝比奈が首を横に振った。
「神崎君は悪くない」
「いや、俺が言ったんだから俺が悪いだろ」
「違うの」
掠れた声だった。
「悪い意味じゃないって、分かってるから」
「……」
「分かってるんだけど……」
朝比奈が制服の袖で目元を押さえる。
「変わってるって言われるの、苦手で」
「そうなの?」
「うん」
少し間が空いた。
「中学の時に……ちょっと、嫌なことがあって」
「嫌なこと?」
「……」
朝比奈は答えなかった。
それ以上、聞く気にはなれなかった。
「そっか」
「ごめん」
「だから、謝らなくていいって」
「でも、部室飛び出して……みんなにも迷惑かけたし」
「別に迷惑じゃないだろ」
「……」
「俺が変なこと言っただけだし」
朝比奈の肩が小さく揺れた。
「あ」
「……」
「ごめん。今のも違う」
朝比奈が顔を上げた。
泣いた目で、少しだけ俺を見る。
「……ふふっ」
「何だよ」
「神崎君も謝ってる」
「それは謝るだろ」
ほんの少しだけ、表情が緩んだ。
でも、朝比奈はすぐにまた俯いた。
「……私が、気にしすぎるだけだから」
「そんなことないだろ」
「でも……」
「嫌なもんは嫌なんだろ」
「……」
しばらく何も言わなかった。
「それに」
「うん?」
「変じゃねぇよ」
朝比奈が瞬きをする。
「すぐ謝るし、気にしすぎるところはあるけど」
「う……」
「でも、それで嫌いになったりしない」
言ってから、少しだけ気恥ずかしくなる。
何で俺はこんなことを言ってるんだ。
朝比奈は何も言わなかった。
ただ、また涙が一つ頬を伝った。
「……朝比奈?」
「……うん」
小さく頷いて、朝比奈は目元を拭いた。
「部室、戻る?」
「……」
「今日は帰ってもいいと思うけど」
朝比奈は校舎の方を見る。
少し迷ってから、首を横に振った。
「戻る」
「大丈夫?」
「分かんない」
「分かんないのかよ」
「……でも、戻りたい」
「そっか」
「うん」
二人で校舎へ戻った。
部室の前まで来ると、朝比奈の足が止まった。
「朝比奈?」
「……ちょっとだけ待って」
「おう」
朝比奈は深く息を吸った。
もう一度。
それから、ドアノブに手をかける。
俺は何も言わず、その隣に立っていた。
しばらくして、朝比奈は自分で、部室のドアを開けた。




