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直進  作者: pino


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7/13

六 三人

 それから数日たった放課後。


 健治が鞄を閉じるなり、勢いよく立ち上がった。


「よーし!」


「何だよ」


「楽器屋行くぞ!」


「は?」


「ギター見たい!」


「また?」


「またって何だよ。ちゃんと店で見るの初めてなんだって」


「大輝先輩の借りて散々触ってるじゃん」


「自分のが欲しいの!」


「まだ入部届も出してないくせに」


「気持ちはもうギタリストだからな」


「単純だな」


「修二も行くだろ?」


「何で俺が」


「暇じゃん」


「勉強する」


「毎日してるだろ」


「毎日するもんなんだよ」


「高校生らしく遊べ!」


「お前が勉強しろ」


 健治はまるで聞いていない。


「よし。じゃあ千紘も誘おう」


「何でそうなる」


「三人の方が楽しいじゃん」


「朝比奈、別のクラスだろ」


「だから誘いに行くんだよ」


 もう教室を出ようとしている。


「思い立ったら早いよな、お前」


「いいことだろ?」


「限度がある」


 仕方なく、俺も鞄を持って後を追った。


 




 朝比奈の教室へ向かう途中、廊下の向こうから鞄を肩に掛けた朝比奈が歩いてきた。


「あ、千紘!」


「健治君」


 朝比奈が足を止める。


 俺を見ると、小さく頭を下げた。


「神崎君」


「おう」


「今から駅前の楽器屋行くんだけど、千紘も行かない?」


「え?」


 朝比奈が目を丸くした。


「楽器屋……?」


「うん。ギター見たいんだ」


「私も……?」


「もちろん」


 朝比奈は一瞬、俺の方を見る。


 何で俺を見るんだ。


「嫌なら無理しなくていいけど」


 健治が言う。


「ち、違う!」


 朝比奈が慌てて首を振る。


「嫌じゃなくて……」


 少し迷ってから、俺たちを見る。


「……一緒に行っても、いい?」


「いいに決まってんじゃん」


「じゃ、決まり!」


 そのまま歩き出そうとする健治を、俺は呼び止めた。


「自転車」


「あ」


「忘れて帰る気か?」


「危なっ」


「健治君、本当に忘れそう」


 朝比奈がぽつりと言った。


「千紘までひどくない?」


「ご、ごめんなさい」


 朝比奈は反射みたいに謝って、少しだけ眉を下げた。


「……でも、本当に忘れそうだったから」


「そこは譲らないんだ」


「だって……本当にそう思ったし」


「言うようになったなぁ」


「健治が言わせてるんだろ」


「俺のおかげ?」


「違うと思う」


 朝比奈がさらっと返す。


「即答!?」


 思わず吹き出した。






 駐輪場で自転車を取って、三人で学校を出た。


 俺と健治は自転車を押し、朝比奈はその隣を歩く。


「で、どんなギター欲しいんだ?」


 俺が聞くと、健治が急に黙った。


「……分からん」


「そこからかよ」


「見た目かっこいいやつ!」


「一番ダメそうな選び方だな」


「最初は見た目でもいいんじゃない?」


 朝比奈が小さく言う。


「ほら! 千紘もこう言ってる!」


「でも、弾きやすい方がいいと思う」


「裏切られた」


「よく分からないけど……」


「だったら大輝先輩に聞けば?」


「それは聞く!」


「じゃあ今日は下見か」


「見るだけでも楽しいだろ」


「お前はな」


「修二もドラムあったら見てこいよ」


「何で俺が」


「気になるんだろ?」


「別に」


「この前、部室でずっと和也先輩の手元見てたくせに」


「見てない」


「見てた」


「……見てました」


 横から、小さな声がした。


「朝比奈?」


「神崎君、部室でずっとドラムの方見てたから」


「ほら!」


「うるさい」


 二人がこっちを見る。


 自転車のハンドルを握り直して、少しだけ歩く速さを上げた。




 


 駅前の商店街にある楽器店は、外から見るより奥行きがあった。


 扉を開けた途端、壁一面にギターが並んでいる。


「うわ……」


 健治が立ち止まる。


「すげぇ」


「さっきまでの勢いどこいったんだよ」


「だって見ろよ!」


 赤。


 黒。


 青。


 木目のもの。


 形も大きさも少しずつ違うギターが、何本も壁に掛けられている。


 健治は吸い寄せられるようにギターコーナーへ向かった。


「これかっけぇ!」


「高っ!」


「修二、これ見ろよ!」


「三十万?」


「無理!」


「当たり前だ」


「じゃあこっちは……」


 値札を見た健治が黙る。


「いくら」


「さっきより高い」


「何で高い方ばっか見るんだよ」


「かっこいいのが悪い」


「意味分かんねぇ」


 しばらくすると、店員に声をかけられ、健治は一本のギターを持たせてもらっていた。


 恐る恐るストラップを肩に掛ける。


「どう?」


「似合ってる似合ってる」


「適当だろ」


「まだまともに弾けないんだから、見た目しか分かんねぇだろ」


「千紘は?」


「えっ、私?」


 朝比奈が真剣に健治を見る。


「……ギターの方が、大きく見える」


「俺が小さいってこと!?」


「違っ……そうじゃなくて……」


 朝比奈が慌てて否定してから、自分でもおかしくなったのか笑い出した。


 健治もつられて笑う。


 少しして、健治は別のギターを見るため店員についていった。


「元気だね、健治君」


「昔からあんな感じ」


「神崎君とは、ずっと一緒なんだよね」


「中学から」


「いいなぁ」


「何が?」


「そういう友達」


 朝比奈の声が少しだけ小さくなった。


 俺が何か言う前に、朝比奈は店の奥へ目を向けた。


「あ……」


 鍵盤楽器が並んでいる。


「見る?」


「え?」


「ピアノやってたんだろ」


「……うん」


 朝比奈は少し迷ってから、キーボードの方へ歩いた。


 俺も後をついていく。


 朝比奈が鍵盤の前で立ち止まった。


「懐かしい……」


「弾かないの?」


「ここで?」


「誰も気にしないだろ」


「気にするよ」


「俺は歌まで聞いたけど」


「それは忘れて!」


 珍しく強い声が返ってきた。


「まだ恥ずかしいのかよ」


「恥ずかしいよ!」


「上手かったのに」


「……もう」


 朝比奈が頬を赤くして俺を見る。


 でも、前みたいに俯かなかった。


 やがて人差し指で、一つだけ鍵盤を押した。


 小さな音が鳴る。


 もう一つ。


 それから少しだけ、指が動いた。


 短いメロディー。


 ほんの数秒で、朝比奈は手を離した。


「やっぱり、忘れてる」


「普通に弾けてたじゃん」


「これくらいなら」


「じゃあ軽音入れば」


 朝比奈が俺を見る。


「……神崎君は?」


「俺?」


「入らないの?」


「俺は――」


「修二!」


 店の奥から健治の声が飛んできた。


「来て!」


「声でけぇよ」


「すげぇのある!」


「何が」


「来れば分かる!」


「今行く!」


 朝比奈が俺を見る。


「行ってあげたら?」


「朝比奈も来いよ」


「うん」


 健治のところへ向かおうとして、途中で足が止まった。


 棚に、何種類ものドラムスティックが並んでいる。


 太さも長さも違う。


 素材も違うらしい。


 何気なく一本手に取る。


「……」


 この前、部室で握ったものより少し軽い。


「修二ー!」


「分かったって!」


 スティックを棚へ戻す。


 振り返ると、朝比奈がこっちを見ていた。


「何」


「ううん」


 少しだけ口元が緩む。


「……ドラム、気になってるんだなって」


「別に」


「またそれ?」


「うるさい」


 棚に戻したはずのスティックの重さが、まだ右手に残っていた。


 健治のところへ行くと、壁に掛かった黒いギターを指差していた。


「これ!」


「さっきと何が違うんだよ」


「全然違うだろ!」


「俺には分からん」


「見ろよ、この形!」


 健治が値札を見る。


 動きが止まった。


「……無理だ」


「また?」


「さっきより高い」


「お前、ほんと高いの見つける才能あるな」


「いらねぇ、その才能」


 




 結局、健治はギターを買わなかった。


 店を出た途端、大きく息を吐く。


「決めらんねぇ!」


「知ってた」


「ありすぎだろ!」


「最初の五分で買おうとしてたやつが言うな」


「予算もあるしね」


 朝比奈が言う。


「そうなんだよなぁ……」


 健治は腕を組んだ。


 少し考えてから、顔を上げる。


「よし。大輝先輩におすすめの店聞こう」


「今日の店じゃダメなの?」


「もっとでかい店とか知ってそうじゃん」


「まあ、知ってそうだけど」


「そしたら休みの日に、ちゃんと見に行こうぜ!」


「また俺も?」


「もちろん! あと千紘も!」


「わ、私も?」


「三人で行こうぜ」


 朝比奈は少し驚いた顔をした。


「……うん」


 それから、はっきり言った。


「行きたい」


「決まり!」


「俺まだ何も言ってないけど」


「多数決!」


「……二対一、だね」


 朝比奈までそんなことを言う。


「朝比奈、健治に染まってない?」


「え?」


「いい傾向だ!」


「お前は黙ってろ」


 駅へ向かうあいだも、健治はさっき見たギターの話を延々としていた。


「赤もよかったけど、黒もかっこよかったよな」


「まだ言ってる」


「千紘はどっち?」


「えっと……黒かな」


「だよな!」


「じゃあ黒にすれば」


「いや、でも赤も――」


「知らねぇよ」


 朝比奈が小さく笑う。


 俺も少しだけ笑った。


 駅に着く。


 朝比奈は改札の前で足を止めた。


「じゃあ……また明日」


「おう」


「またな、千紘!」


「うん。また明日、健治君」


 朝比奈が改札を通る。


 少し進んでから振り返り、俺たちに小さく手を振った。


 健治が大きく振り返す。


 俺も片手を上げた。


 健治と二人なら、自転車で通り過ぎるだけの道だった。


 今日は、そこを三人で歩いた。

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