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直進  作者: pino


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2/13

一 出発

「受かったぁぁぁぁ!」


 卒業式を終えたばかりの教室に、山ノ井健治の声が響いた。


 友達と写真を撮るやつ。名残惜しそうに机を囲んでいるやつ。制服のボタンを欲しがられて騒いでいるやつ。


 そんな教室のざわめきを押しのけて、健治だけがやたらとうるさい。


「修二! 見ろ! 麗丸! 受かった!」


 スマホの画面を鼻先まで突きつけられて、俺は少しだけ身体を引いた。


「見なくても分かる。声で」


「反応薄っ! 俺が今日までどんだけソワソワしてたと思ってんだよ!」


「知らねぇよ」


「お前はいいよな。一か月も前に推薦で決まってたもんな!」


「まあな」


「くそー!」


 悔しそうな声を出しているくせに、顔はずっと笑っている。


 俺もつられて笑った。


「これで高校でも修二とバカできる!」


「バカやる前提なのやめろ」


「じゃあ高校デビューする!」


「好きにしろ」


「彼女百人作る!」


「一人にしろ」


「昨日、妹にも同じこと言われた」


「お前の妹、まともだな」


「なんでお前まで妹側なんだよ!」


 健治が大げさに肩を落とす。


 こいつとは、中学に入ってからずっと一緒だった。


 同じバスケ部に入り、気づけば学校でも部活でも隣にいるのが当たり前になっていた。


 喧嘩をしたことだってある。


 それでも次の日には、何事もなかったみたいにくだらない話をしていた。


「……修二」


「ん?」


 さっきまで騒いでいた健治が、不意に真面目な顔になった。


「俺さ、お前と同じ高校行きたかったんだよ」


 一瞬、返す言葉に困った。


「だから、すげぇ嬉しい」


「……バカ」


「なんだよ」


「俺も嬉しいって言ってんだよ」


「言ってねぇじゃん!」


「今言った」


「分かりづれぇ!」


 また笑い声が上がった。


 窓の外には、まだ少し冷たそうな三月の空が広がっている。


 今日で中学校は終わる。


 でも、健治とのくだらない毎日はまだ終わらない。


 そのことが、思っていたより嬉しかった。


 

 



 俺には、この先の人生もある程度決まっているつもりだった。


 中学では生徒会長を務め、バスケ部ではキャプテンだった。勉強も嫌いじゃない。


 高校でもやるべきことをやって、その先の大学へ進む。


 そして、医者になる。


 それが俺にとって、一番自然な未来だった。


 父は地域の中核を担う病院で総合内科医として働き、内科医長を務めている。母も同じ病院の外来で看護師をしている。


 父が当直でいない夜もあれば、三人で夕食を囲む日もある。


 病院や白衣の話が食卓にのぼることも、俺にとっては昔から珍しいことじゃなかった。


 けれど、医者になりたいと思った理由は、両親の仕事だけじゃない。


 小さい頃、祖父が病気で入院したことがある。


 いつも元気だった祖父が、病室のベッドで横になっている。


 それだけで、子どもの俺にはひどく怖かった。


 そんな俺たち家族に、一つずつ言葉を選びながら話してくれた医師がいた。


 何を説明されたのかまでは、もうほとんど覚えていない。


 それでも、その人がいるだけで少し安心したことは覚えている。


 ――俺も、こんな人になりたい。


 誰かを救える人になりたい。


 子どもの頃に抱いたその思いは、今も変わっていなかった。


 

 



 四月。


 満開の桜の向こうに、校舎が見えた。


 小桜麗丸高等学校(こざくられいがんこうとうがっこう)。


 地元では『麗丸(れいまる)』で通っている。


「うわ……やっぱでけぇな」


 隣で健治が校門を見上げた。


「今日からここ通うんだぜ、俺ら」


「そうだな」


「なんだよ、その落ち着き。もっと感動しろよ」


「お前が二人分騒いでるからいい」


「ひでぇ!」


 春風が吹き抜け、桜の花びらが制服の肩に落ちた。


 開いた校門の向こうへ、真新しい制服に身を包んだ生徒たちが次々と入っていく。


 俺もその流れに足を踏み入れた。


 三年間、ここで勉強して、大学へ行く。


 その先にあるものまで、俺にはもう見えていた。



 

 


「新入生代表、神崎修二」


 名前を呼ばれ、席を立った。


 静まり返った体育館を、壇上へ向かって歩く。


 人前に立つのは、中学の頃から慣れている。


 壇上に上がり、正面を向く。


 制服姿の新入生が、ずらりと並んでいた。


 どこかから小さなざわめきが聞こえた。


 それも、すぐに消えた。


 一度息を吸い、手元の紙に目を落とす。


「私たち新入生一同は、伝統ある小桜麗丸高等学校の生徒としての誇りを持ち、勉学、部活動、人との出会いを大切にし、それぞれの夢に向かって努力していくことを誓います」


 最後まで読み終え、深く頭を下げる。


 体育館いっぱいに拍手が広がった。


 夢に向かって努力する。


 自分で読み上げたその言葉に、迷いなんてなかった。


 俺の夢は、もう決まっている。


 高校生活は、その未来へ向かって進むための三年間になるはずだった。


 

 



 入学式を終え、校門を出ようとした時だった。


 春風が、急に強く吹いた。


「あっ……!」


 少し離れたところから、小さな声が聞こえた。


 一枚の白いプリントが風にあおられ、地面を滑ってくる。


 俺の足元まで来たところで止まった。


 拾い上げる。


 顔を上げると、一人の女子がこちらへ走ってきていた。


 長い髪が、風に揺れている。


 俺の前まで来ると、彼女は少し息を切らしながら立ち止まった。


「これ」


 紙を差し出す。


「あ……」


 彼女は紙を両手で受け取った。


 一瞬だけ、目が合う。


 すぐに視線を伏せられた。


「すみません……ありがとうございます」


 聞き取れるかどうかの、小さな声だった。


 彼女はぺこりと頭を下げると、そのまま足早に離れていった。


「修二」


「何だよ」


「今の子、かわいかったな」


「見てねぇよ」


「見てたじゃん」


「紙拾っただけだろ」


「それ、否定になってなくね?」


「うるせぇ」


 健治を置いて歩き出す。


「待てって!」


 後ろから声が追いかけてきた。


 俺は一度だけ、さっきの女子が歩いていった方を振り返った。


 もう、人混みの中に紛れて見えなかった。


 名前も知らない。


 話したのだって、ほんの数秒だけ。


 もう一度会うとも思っていなかった。


 春風に飛ばされた紙を、たまたま拾った。


 その時の俺にとっては、ただそれだけの出来事だった。

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