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直進  作者: pino


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11/13

十 居場所

 昼休み。


 購買から教室へ戻る途中、朝比奈のクラスの前を通りかかった。


 開いたドアの向こうから、聞き覚えのある声がする。


「朝比奈さんって、軽音部だっけ?」


「うん」


「へぇ。今度何やってるか教えてよ」


「うん。まだ全然弾けないけど」


「でも楽しそうじゃん」


「……楽しいよ」


 隣を歩いていた健治が足を止めた。


「千紘!」


 でかい声に、教室の中から朝比奈が顔を出す。


「健治君。神崎君」


「今、楽しいって言ってた!」


「え?」


「軽音部!」


「……言ったけど」


「そっか」


 健治が嬉しそうに笑う。


「何?」


「いや、俺なんか嬉しい」


「なんで健治君が?」


「知らん!」


「何それ」


「でも嬉しいもんは嬉しい!」


 朝比奈が吹き出した。


「健治君、変なの」


「……あ」


 健治が目を丸くした。


 朝比奈も、自分が言った言葉に気づいたらしい。


 一瞬だけ笑顔が止まる。


「今のは……いいの?」


 いつものふざけた声より、少しだけ慎重だった。


 朝比奈は健治を見る。


「……健治君には、いい」


「何で!?」


「だって本当に変だから」


「ひどくない!?」


 健治が俺を見る。


「修二!」


「知らねぇよ」


「味方いねぇ!」


 朝比奈がまた笑った。


 健治の顔は、全然悔しそうじゃなかった。


 俺も少しだけ安心した。






 放課後。


 部室では、それぞれが練習をしていた。


 俺はドラム。


 健治は大輝先輩にギターを教わっている。


 朝比奈は愛理沙先輩とキーボードの前にいた。


「千紘ちゃん、そこもう一回いけそう?」


「はい」


「じゃあ最初から」


「はい」


 鍵盤の音が聞こえる。


 昨日より、少し滑らかになっていた。


「健治、指」


「痛いです!」


「まだ何も言ってねぇよ」


「絶対また力入りすぎって言うと思って」


「分かってんなら直せ」


「はい……」


 大輝先輩に言われて、健治が左手を構え直す。


「神崎」


「はい」


 和也先輩がスティックで俺の右手を示した。


「そこ。力入りすぎ」


「こっちもですか」


「お前も山ノ井のこと笑えねぇな」


「笑ってないです」


「顔が笑ってたぞ」


「……すみません」


「ほら、もう一回」


「はい」


 叩く。


 一、二、三、四。


 健治のギターの音が、叩きながらでも聞こえた。


 昨日よりは、周りを見る余裕が出てきたらしい。


 練習が一区切りついたところで、健治が勢いよく立ち上がった。


「そうだ!」


「何だよ」


「店!」


 鞄から折りたたんだ紙を取り出して俺に見せてきた。


 この前、大輝先輩からもらった楽器店のメモだった。


「ずっと持ってたのか」


「当たり前だろ!」


「もうしわくちゃじゃん」


 朝比奈が覗き込む。


「何回見たの?」


「数えてない」


「絶対いっぱい見てる」


「だってギター買うんだぞ!」


 健治がメモを机に広げる。


「でさ」


 俺と朝比奈を見る。


「今度の日曜、行かない?」


「楽器屋?」


「そう!」


「大輝先輩が教えてくれたところ?」


「そこ!」


 朝比奈がメモを見る。


「大きいお店なんだね」


「品揃えは多いぞ」


 大輝先輩が言う。


「試奏もできるから、ちゃんと触って選べよ」


「はい!」


「勢いだけで買うなよ」


「大丈夫です!」


「一番信用できねぇ返事だな」


 俊也先輩がぼそっと言う。


 部室に笑いが起きた。


「修二は?」


「日曜?」


「うん」


「……勉強するつもりだったけど」


「それ予定って言わなくない?」


「俺には予定なんだよ」


「じゃあ午後から勉強すればいい!」


「勝手に決めんな」


「行かないの?」


「行かないとは言ってない」


「じゃあ決まり!」


「まだ朝比奈に聞いてないだろ」


「あ」


 健治が朝比奈を見る。


「千紘は?」


「行く」


 返事はすぐだった。


「よし!」


「何時にする?」


「そこはこれから!」


「そこ決めてなかったのかよ」


「今決めればいいだろ!」


 大輝先輩が呆れたように息を吐いた。


「店の前で揉めんなよ」


「大丈夫です!」


「だから、その返事が信用できねぇんだって」




 部活が終わり、三人で学校を出た。


 俺と健治は自転車を押し、朝比奈はその隣を歩く。


「日曜何時にする?」


 健治がまだその話をしている。


「お前が余計な話してたから決めらんなかったもんな」


「ははは、笑ってたら忘れた!」


「まったく。じゃあ……十時」


「駅前でいい?」


 朝比奈が言う。


「いいよ」


「決まり!」


 健治が満足そうに頷く。


「楽しみだなぁ」


「まだ買えるって決まったわけじゃないだろ」


「買う!」


「予算は?」


「ある!」


「いくら?」


「それは帰ってから確認する!」


「把握してないのかよ」


「だから俺、今日はここで帰る!」


 交差点で健治が自転車にまたがる。


「帰って貯金数える!」


「今から?」


「大事だろ!」


「まあ、大事だな」


「じゃあ日曜な!」


「おう」


「うん」


「絶対遅れんなよ!」


「お前は早く来すぎんなよ」


「十時ぴったりに行く!」


「それ普通だから」


「じゃーな!」


 健治が手を振って走っていった。


 朝比奈がその背中を見ながら笑う。


「ほんと元気だね」


「ずっとあんな感じ」


「でも、いいね」


「何が?」


「健治君」


「うるさいけど?」


「それはそう」


「そこは否定しないんだ」


「しない」


 また笑う。


 俺は自転車を押しながら、その横を歩いた。


 しばらくして、朝比奈が肩にかけた鞄の紐を握り直す。


「神崎君」


「ん?」


「私ね」


「うん」


「高校入る前、友達できるかすごく不安だった」


「……そうなんだ」


「うん」


「中学の時のこともあったし」


 校舎の裏で聞いた言葉を思い出す。


 嫌なことがあった。


 朝比奈が話したのは、それだけだった。


「高校でもまた一人だったらどうしようって、ずっと思ってた」


「……」


「でも」


 朝比奈が前を向く。


「今、楽しい」


「そっか」


「クラスでも話せる子ができたし」


「うん」


「部活も楽しい」


「昨日ぐちゃぐちゃだったけどな」


「神崎君もいっぱいずれてたよ」


「朝比奈も止まってたじゃん」


「最初だけ」


「俺も最初だけ」


「嘘」


「何で分かるんだよ」


「聞いてたから」


 言ってから、朝比奈がちらっと俺の顔を見る。


「……そうですか」


 俺がそう返すと、朝比奈はやっとくすっと笑った。


「だから」


「ん?」


「ありがとう」


「俺?」


「うん」


「何で?」


「……いろいろ」


「いろいろって」


 朝比奈はそれ以上言わなかった。


「神崎君と健治君に会えてよかった」


「……そっか」


「愛理沙先輩たちにも」


「うん」


「私、頑張って高校来てよかった」


 朝比奈は前を向いたまま言った。


 声は小さかった。


 でも、はっきり聞こえた。


 俺は何て返せばいいのか分からなくて、少し考える。


「……なら、よかった」


「うん」


 朝比奈が笑った。


 駅が見えてくる。


 まだすぐ謝るし、何か言ったあとにこっちの顔を見る時もある。


 急に全部が変わるわけじゃないんだと思う。


「神崎君」


「何?」


「日曜日、楽しみだね」


「そうだな」


 そう言われると、俺も日曜日が少し楽しみになった。

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