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黄昏の華  作者: 奥村 葵
第一章 霧猫
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ep5.責任

 俺は凛さんに、公園の出来事から話し始めた。

 途中、一度も口を挟まず、ただ俺の目を見据えて相槌を打ちながら、静かに聞いてくれていた。


「……といった感じです」


 今に至るまでを話すと、ようやく凛さんは俺から目を離し、ぐぐっと腕を上に伸ばして息を整える。


「ありがとう、大体わかったわ」


 凛さんは、デスクの引き出しから何かファイルのようなものを取り出して、その中から一枚の紙をデスクの上に置いた。


「つまり霧猫くんは、体現型の……友好性怪異って結論付けても良さそうかな」

「体現……友好性?」

「霧猫くんを分類するなら、そうなると思うんだ。舞ちゃん、雪乃ちゃんはどう思う?」


 一緒に話を聞いていた二人に目をやると、静かに頷いていた。


「私が聞いた感じ、二人に悪意はないし嘘もついてない。本当に知らなかっただけって感じだし、何よりこう、素直すぎたから」

「私も雪乃ちゃんと同意見だよ。霧猫くんの処理は必要ないかも」


 まるでこう、何か違っていたら処理されていたような言い方だが……。


『始よ、私はつまり、体現型友好性怪異というらしいな。己のことを知るのは随分と楽しいものだな』

「ああ、そう…………、良かったね」


 僅かに口角を上げ、二又の尾を上にピンと立てている。さぞご機嫌なのだろう。


「さて、その上での対応なんだけど」


 凛さんは肘をデスクに置いたまま両手を組み、それで口元を隠すようにしてこちらを見据える。


「もう一度確認するよ。霧猫くんのこと、〝名前〟を含めて知ってるのは、本当に私たちだけなんだよね」


 俺は自信を持って「はい」と答える。そして凛さんは、雪乃さんが静かに頷いたのを見ると、一枚の紙を俺に差し出した。


「これは?」

「分かりやすく言えば、同意書だよ」


 内容に目を通すが、何を書いているのか一目ではとても分からない複雑さだった。


「残念だけど、霧猫くん、そしてそれに〝名前〟をつけた君も、野放しにはできないの」


 さっきまではなんとかなりそうな雰囲気だったが、雲行きが怪しい。考えすぎでないなら、俺はもう帰れないって事なんじゃないのか?

 

「いや、流石にちょっと急っていうか……」

「確実な監視下に置くため、今後は我々があなた達を保護するわ」

「そんな……」

「お気持ちは察するわ」


 大丈夫、安全は保障するから。と凛さんは付け加えるが、何も響かない。寧ろそんな補足があっては、一層自由の利かない暮らしが想像できてしまう。

 

『それは保護という名目の拘束、監禁ではないのか?』


 霧猫の言葉に、凛さんは間を開けた。

 舞さんや雪乃さんも、この時は口を噤んでいる。この時になって漸く、俺——いや、俺たちの味方は何処にもいないんじゃないかと悟った。


 絶望に片足を突っ込みかけた頃。凛さんは緊張した顔を和らげた。


「確かにそれなりの不自由は覚悟してもらうけど、君が思うほどじゃないと思うよ」

「……というと」

「同意書の下の方、読んだ?」


 渡された紙を改めて確認する。

 そして下の方には〝怪異監視庁統括局特別編成課に配属する〟と書かれていた。


「あの、〝特別編成課〟に配属ってありますけど」

「うん。これからよろしくね」

「え、何も決めてないです……」


 つい即答してしまう。凛さんは再び眼力を強めて「じゃあ霧猫くんは処理しないといけない」と、まるで突き放すようだった。


「つまり、死ぬって事……?」

「広義で言えばね」


 霧猫がこの姿になって間もないし、正直失う事で俺に何か起きるわけではない。仮にこいつが死んだとしても、俺はきっとすぐに元の生活に戻れるだろう。

 

『確かに、死には興味がある』


 霧猫は、スタスタと凛さんの方へと向かい、ひょいとデスクの上に飛び乗り、足を揃えて丁寧に座った。


『死は取り返しのつかない現象だと理解している。故に、今ここで死を体験すれば、知見を広げることは今後二度と叶わんということだろう』

「君は賢いね」

『しかし死を迎えれば、その叶わないという現実からも解放される筈だ』

「かもしれないね」

『それに、始はまだ幼い。彼の自由を奪うことの方が、今の私には堪えるものがある』

「霧猫、お前…………」


 振り返った霧猫と目が合う。そこには哀れみなんかの気持ちは全くなく、ただ純粋な、曇りのない真っ赤な目があるだけだった。


『処理が何を意味するかはわからん。だが、始が日常に戻れるのなら、それ以上はない』


 凛さんは何か納得したように、側に置かれている電話に手をかけた。


「——待て!」


 咄嗟にその手を止めるため、叫んでしまった。


「どうしたの?」

「霧猫に名前をつけたのは俺です。その責任が果たせるなら、その……」


 苦し紛れの言い分だ。なんの覚悟もない上っ面だけの薄い言葉だ。だけど、それ一つで俺の今後が全て決まってしまうかもしれない。そう思うと、次の一言が喉に詰まってしまった。


『始よ、無理をするな。十分楽しかったのだからな』

「…………」

『凛よ、私は構わん。始を元の生活に——』


 俺はそれ以上言わせないと、霧猫の側へと走り、乱暴に口を覆った。


「……こいつを生み出したのは俺です。俺が責任を取ります」

「つまり?」

「同意します。その特別編成課でもなんでも、やってやります」

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