ep5.責任
俺は凛さんに、公園の出来事から話し始めた。
途中、一度も口を挟まず、ただ俺の目を見据えて相槌を打ちながら、静かに聞いてくれていた。
「……といった感じです」
今に至るまでを話すと、ようやく凛さんは俺から目を離し、ぐぐっと腕を上に伸ばして息を整える。
「ありがとう、大体わかったわ」
凛さんは、デスクの引き出しから何かファイルのようなものを取り出して、その中から一枚の紙をデスクの上に置いた。
「つまり霧猫くんは、体現型の……友好性怪異って結論付けても良さそうかな」
「体現……友好性?」
「霧猫くんを分類するなら、そうなると思うんだ。舞ちゃん、雪乃ちゃんはどう思う?」
一緒に話を聞いていた二人に目をやると、静かに頷いていた。
「私が聞いた感じ、二人に悪意はないし嘘もついてない。本当に知らなかっただけって感じだし、何よりこう、素直すぎたから」
「私も雪乃ちゃんと同意見だよ。霧猫くんの処理は必要ないかも」
まるでこう、何か違っていたら処理されていたような言い方だが……。
『始よ、私はつまり、体現型友好性怪異というらしいな。己のことを知るのは随分と楽しいものだな』
「ああ、そう…………、良かったね」
僅かに口角を上げ、二又の尾を上にピンと立てている。さぞご機嫌なのだろう。
「さて、その上での対応なんだけど」
凛さんは肘をデスクに置いたまま両手を組み、それで口元を隠すようにしてこちらを見据える。
「もう一度確認するよ。霧猫くんのこと、〝名前〟を含めて知ってるのは、本当に私たちだけなんだよね」
俺は自信を持って「はい」と答える。そして凛さんは、雪乃さんが静かに頷いたのを見ると、一枚の紙を俺に差し出した。
「これは?」
「分かりやすく言えば、同意書だよ」
内容に目を通すが、何を書いているのか一目ではとても分からない複雑さだった。
「残念だけど、霧猫くん、そしてそれに〝名前〟をつけた君も、野放しにはできないの」
さっきまではなんとかなりそうな雰囲気だったが、雲行きが怪しい。考えすぎでないなら、俺はもう帰れないって事なんじゃないのか?
「いや、流石にちょっと急っていうか……」
「確実な監視下に置くため、今後は我々があなた達を保護するわ」
「そんな……」
「お気持ちは察するわ」
大丈夫、安全は保障するから。と凛さんは付け加えるが、何も響かない。寧ろそんな補足があっては、一層自由の利かない暮らしが想像できてしまう。
『それは保護という名目の拘束、監禁ではないのか?』
霧猫の言葉に、凛さんは間を開けた。
舞さんや雪乃さんも、この時は口を噤んでいる。この時になって漸く、俺——いや、俺たちの味方は何処にもいないんじゃないかと悟った。
絶望に片足を突っ込みかけた頃。凛さんは緊張した顔を和らげた。
「確かにそれなりの不自由は覚悟してもらうけど、君が思うほどじゃないと思うよ」
「……というと」
「同意書の下の方、読んだ?」
渡された紙を改めて確認する。
そして下の方には〝怪異監視庁統括局特別編成課に配属する〟と書かれていた。
「あの、〝特別編成課〟に配属ってありますけど」
「うん。これからよろしくね」
「え、何も決めてないです……」
つい即答してしまう。凛さんは再び眼力を強めて「じゃあ霧猫くんは処理しないといけない」と、まるで突き放すようだった。
「つまり、死ぬって事……?」
「広義で言えばね」
霧猫がこの姿になって間もないし、正直失う事で俺に何か起きるわけではない。仮にこいつが死んだとしても、俺はきっとすぐに元の生活に戻れるだろう。
『確かに、死には興味がある』
霧猫は、スタスタと凛さんの方へと向かい、ひょいとデスクの上に飛び乗り、足を揃えて丁寧に座った。
『死は取り返しのつかない現象だと理解している。故に、今ここで死を体験すれば、知見を広げることは今後二度と叶わんということだろう』
「君は賢いね」
『しかし死を迎えれば、その叶わないという現実からも解放される筈だ』
「かもしれないね」
『それに、始はまだ幼い。彼の自由を奪うことの方が、今の私には堪えるものがある』
「霧猫、お前…………」
振り返った霧猫と目が合う。そこには哀れみなんかの気持ちは全くなく、ただ純粋な、曇りのない真っ赤な目があるだけだった。
『処理が何を意味するかはわからん。だが、始が日常に戻れるのなら、それ以上はない』
凛さんは何か納得したように、側に置かれている電話に手をかけた。
「——待て!」
咄嗟にその手を止めるため、叫んでしまった。
「どうしたの?」
「霧猫に名前をつけたのは俺です。その責任が果たせるなら、その……」
苦し紛れの言い分だ。なんの覚悟もない上っ面だけの薄い言葉だ。だけど、それ一つで俺の今後が全て決まってしまうかもしれない。そう思うと、次の一言が喉に詰まってしまった。
『始よ、無理をするな。十分楽しかったのだからな』
「…………」
『凛よ、私は構わん。始を元の生活に——』
俺はそれ以上言わせないと、霧猫の側へと走り、乱暴に口を覆った。
「……こいつを生み出したのは俺です。俺が責任を取ります」
「つまり?」
「同意します。その特別編成課でもなんでも、やってやります」




